第5話:学校と強襲と幸福

 吾良千輝の後ろを歩きながら気づいたのは、この学校はもしかしたら吾良千輝が通っていた学校なのかもしれないということ。


 校舎内を歩く吾良千輝の足取りに迷いがない。


 よく考えりゃ、徒歩五分の小学校なんて十分通学圏内じゃん。

 絶対吾良千輝の通ってた学校だ。


 私さえてるぅ。


 吾良千輝に確かめたいけど、下手に話しかけてまた怒らせたらヤダなあ。

 どうやって話しかけようか考えながら、何気なく窓の方へ目を向ける。


「――――?」


 あれ、今何か……。


 立ち止まって、窓越しに向かいの校舎を眺める。


 んー、見えないなあ。

 やっぱり気のせい?


「何してる?」


「あ、すみません」


 窓から離れ、数歩先にいる吾良千輝のもとへ駆け寄る。


「今、向こう側に同じ年くらいの女の子が見えたんですけど、妖怪でしょうか」


「生徒だろ」


「春休みの学校にですか?」


「午前中の間なら自習用に図書室が解放されてる」


「詳しいですね。吾良様はここの生徒なんですか?」


「ああ」


 やっぱり!

 聞きたいことがきけてちょっと満足。 


「――一応探っておくか」


 吾良千輝はぽつりとつぶやき、左腕に付けていた紐の腕輪に触れる。


 んお?


「シン術――」


 おおっ。


「『隠し明かし』」


 おおお‼


 吾良千輝の足元が藍色に光り、術が発動する。

 よその退治屋の術って初めて見た。

 どんな効果があるんだろ。

 ワクワクしながら吾良千輝を見守る。


 短冊のような細長い紙が一、二、三、四、五枚。吾良千輝の頭上に現れひらひらと落ちてくる。


 それと最後にもう一枚、私の胸元が光り、ポンと紙が現れた。


 合計六枚の紙を手にした吾良千輝は眉根を寄せ鋭い目つきで私を見た。


「それ何なんですか?」


 私が一歩踏み出せば、


「っ!」


 吾良千輝はまるで敵でも見るかのような目で私を避けた。


 え、何、何なの。


 初対面時より警戒レベルが上がってるじゃん。


「どうかしましたか」


 刺激しないよう、その場にとどまり慎重に声をかける

「私から出てきたその紙が原因ですか?」


「……」


「その紙は何なんでしょうか?」


「……」


「私は吾良様の味方です。怖くないですよ」


 野良犬や野良猫に話しかけるように安全アピールをする。

 私にとって今の吾良千輝は警戒心の強い野生動物みたいなものだ。逃げるか襲い掛かってくるかする前に、穏便にことを運ばねば。


「吾良様~、おちついてくださーい。怖くないですよぉ。それと何か言っていただけると助かりまーす……」


「――『使命』だ」


「え?」


「この紙には『使命』が書いてある」


 指令ってさっき言ってた退治屋『シン』の当主になるための『使命』?


「『隠し明かし』は他人から指令を抜き取るための術。なんでお前から指令が出てきた?」


「さ、さあ? 何かの間違いではないでしょうか」


「……お前、俺の寝首をかきにきた『シン』の一員か?」


「いやいやいやいや、私が退治屋『タナベ』なのは依頼した吾良様が一番わかってるじゃないですか! 『使命』なんて知りませんよ」


「……」


 吾良千輝も本気で私が『シン』の人間だと思っているわけではないようで、半信半疑といったふうだ。


 ただ依然として警戒心を解く気はなさそう。


 吾良千輝は左腕の紐輪に触れ、いつでも戦えるという姿勢をとっている。あの紐の腕輪はおそらく特殊なもので、『シン』は腕輪に触れながら戦う呪具使いタイプみたい。


 困った、非常に困った。


「どうしたら信用してもらえるでしょうか」


 とりあえず両手を上げて戦闘意思がないことを示す。


 ……まあぶっちゃけこの体勢からでも戦闘はしかけられるので単なるパフォーマンスなんだけれども。

 退治屋『タナベ』は『シン』と違って道具を用いないタイプだから。


 私の発言から数十秒。


 吾良千輝は腕輪から手を放した。


「……いい。手をおろせ。なんで『使命』が出たか一緒に考えるぞ」


 良かった。

 疑いが晴れたみたい。


 私も手をおろし一息つ――――。




「危ないっ!」




 突如背後から感じた殺気に体が反応し、吾良千輝にタックルをかまして攻撃をかわす。

 そのままぐるりと体を回転させ、飛んできた針を左手の甲で受ける。


「っ!」


 左手の甲には氷柱のようなものが刺さっていた。


「お、おい……」


「敵襲です。吾良様はこのまましゃがんでいてください」


 氷柱を引っこ抜いて立ち上がり、攻撃が飛んできた方を向く。

 気配は感じるのに人の姿は見えない。多分廊下の角に隠れているんだ。


「何者だ。出て来い」


 口調を強め、襲撃者に命令する。


「――そっちこそ何者なのかしら、見かけない術者だけど」


 同じ年くらいの美少女が威風堂々とっした態度で姿を現した。


 あ、さっき向かい側の校舎で見かけた人。

 妖怪でも生徒でもなかったらしい。


 姿を現したのに攻撃してこないってことは少しは話し合いの余地があるのかも。さっきの行動も私が下手うたなきゃ単なる威嚇で終わってたんだろうし。


 手の甲から流れてる血を指で拭いながら美少女に問いかける。


「なんで急に攻撃してきた?」


「決まってるじゃない。あなたの後ろで無様にしゃがみ込んでる男が指令達成するのを防ぐためよ。それに――――」


「?」


「私じゃなくてもどのみち攻撃されてたと思うけど」


「!」


 気がつけば教室の中から、窓の外から、廊下の天井から、四人の少年少女が現れていた。


 ギョエエ。いつからそんなに‼


 って仰天してる場合じゃないっ。

 皆さん敵意むき出しだ、応戦しなきゃ。


 血のついた指を体の前に突き出し、呪文を唱える。


「『九仙、八耀、七がす――』」


「させるかっ、シン術『紅刃』!」


 私が唱え終わるよりも早く、敵が攻撃してきた。


 迫りくる炎の刃。


 視界が赤一色で染まるほど近づいた刃を見て、私は覚る。


 これ。

 ダメだ。

 もう間に合わな――――。




「シン術『絶封』」




 背後から聞こえた声とともに青い光が足元を覆い、炎の刃を打ち消した。

 青い光は波のように廊下の端まで広がっていく。


「シン術『絶封』。効果は光の範囲内において敵意ある術全ての無効化だ。お前らに勝ち目はない」


 吾良千輝が集めた指令の紙を握ったまま一歩前に出て、私の前に立つ。


「指令を破棄されたくなければ降参しろ」


「っ」


 敵さんたちは苦々しげに、だけど大人しく紐の腕輪を床に置く。


 これはもうアレだね。

 コレしかないよね。

 せーのっ。


 すっごー!


 四方八方かこまれた状態から、あっという間の形勢逆転。

 けが人ほぼゼロ。


「もしかして吾良様って私の護衛などなくてもお強いのでは?」


「最初からそう言っている。――――それより、その……」


 吾良千輝がもごもごと口ごもる。


「?」


 なんだろう。

 続きを待ってみるけど、なかなか言い出さない。

 それどころか吾良千輝より早く別の人が口を開いた。


「あのー、『使命』を返してもらいたいんですけどいいでしょうか」


 降参した敵さんたちの一人がおずおずと吾良千輝に尋ねる。


 術で抜き取った『使命』って返せるんだ。


 吾良千輝は私との会話を打ち切り、敵さんに答えた。


「返すわけないだろう。当然燃やす」


「ええっ!」


 吾良千輝の返答に驚きの声が上がる。

 敵さんではなく私が驚きの声を上げる。


「そんな、さっき返すって」


「返すとは言ってない。第一、なんでお前が気にする?」


「だって、脅して要求聞かせたうえで絶望させるって完璧悪役じゃないですか。良くないですって、正々堂々生きましょう」


「取った『使命』を処分するのは普通のことだ。正々堂々している」


「そ、それなら仕方な……、いえ、今回はやめときましょう。どうしても燃やしたいなら私のを燃やしていいですから」


 敵さんたちすごい悲しそうな顔してる。

 ここで本当に燃やしちゃったら吾良千輝への恨みが半端ないことになってしまうよ。


 吾良千輝の手をギュッと両手で握り、目で訴える。


「っ」


 吾良千輝はわずかにたじろぎ、私の手をちらりと見た後、小さくため息をついた。


「今回だけだ」


「ありがとうございます!」


「その代わりお前のは燃やすぞ」


「どうぞどうぞご自由に」


 にこにこと笑って吾良千輝から手を放す。

 私の『使命』なんて返されても困るもん。吾良千輝は『使命』を処分できるし、私は『使命』を処分してもらえるしいいことづくめだ。


 吾良千輝は敵さんたちの方を向き『使命』の書かれた紙を手放す。

 紙は床に落ちることなくふわふわと宙を舞って、元の持ち主の元へと戻っていった。


 『使命』を受け取った敵さんたちは、一人また一人と去っていく。


 一番最初に去っていったのは氷の攻撃をしかけてきた美少女で、


「フ、フンッ。今回の勝負、負けないんだから!」


 とつんけんしながらその場を離れた。

 最後に去っていったのは『使命』を返してほしいと申し出た男の子。


「ありがとな。君のおかげで助かった。勝負だから手は抜けないけどなんか困ったことがあったらできる限り協力するから。じゃ、また」


 爽やかで友好的な態度だった。

 私も笑顔で手を振って爽やか少年を見送る。


「良かったですね、吾良様。『使命』を燃やさなかったおかげで味方ができましたよ」


「俺の味方じゃなくお前の味方だろ」


 やけに冷たい言い方。もしかして、爽やか少年が終始吾良千輝の目を見なかったこと気にしてるのかな。


 敵だから気まずいだけだって。


「大丈夫ですよ。私の味方ということは吾良様の味方ですので」


「――――フン。それより指令を破棄されると一時的に体調不良になる。気をつけておけ」


「わかりました!」


「……」


 本当にわかってるか、みたいな顔してる。

 体調不良になるんでしょ。ちゃんとわかってるって。


 吾良千輝は呆れながら『使命』の処分を始める。


「『当たりか外れか 気まぐれ 偶然 思し召し 一時の幸福を我に』」


 吾良千輝が呪文を唱えると『使命』の書かれた紙がひとりでに宙に浮き、ボッと火がついて燃え出した。


チロチロ

チロチロ


「……割とゆっくりなんですね」


 もっと一瞬で燃え尽きるのかと思いきや、ゆっくりゆっくり灰になっていく。

 ちょっと暇だな。

 吾良千輝とお話しよう。


「お聞きしたかったんですけど、『使命』ってなんで処分するんですか」


 気分は焚火を囲みながらの談笑。

 もう春だから焚火って季節じゃないけど。


「処分すれば確実に相手の負けだからだ。それとごくごくまれにあたりが出る」


「あたり?」


「『使命』が赤色に光り幸福をもたらす、らしい」


「へー、すごいですね」


 らしい、ってことは吾良千輝も実際に見たことはないのかな。

 珍しい現象なんだね。


 それはそうと、真っ赤な火で燃やされているからでしょうか。私の『使命』が赤くなっていっているような気がするんですけど。


 二人してジッと『使命』を見守る。


「……」


「……」


「……」


「……あの、私の『使命』赤くないですか?」


 耐えられずついに聞いてしまった。


「赤いな……」


 吾良千輝もうすうすおかしいと思っていたようで怪訝な顔で燃え行く『使命』を見ている。


「良かったですね。私の『使命』のおかげで吾良様に幸福が訪れますよ」


「思考停止するな。なんで『シン』と無関係のお前に特殊な『使命』が出ているのか考えるほうが先だ」


 怒られた。

 考えたってわからんし。


「誰か上の人、ご当主様とかに尋ねてみるのが早いと思います」


「俺ごときが話しかけられる相手か」


 ごとき、って時期当主候補筆頭なのに。

 私の家は家族が継いでいく世襲制ってやつだけど、吾良千輝のところの退治屋『シン』はゲームで当主決めてるみたいだし血縁関係はないのかも。

 他所の家の大人にいきなり質問しに行くのは確かにちょっと気まずい。


 でも、これ、もう幸福の『使命』確定でしょ。


 赤通り越して金色に光りだしてるもん。

 火が赤いからとかでごまかしきくレベルじゃない。


「……大丈夫です、吾良様。『シン』のご当主様には私が聞きますから」


「人を無能みたいに言うな」


「えっ、そんなつもりでは」


「俺が聞く」


 いかんな。

 よくわからんが、プライドを傷つけてしまったようだ。


 吾良様、扱い難しい~。


 とりあえずおだてておこう。


「ありがとうございます。助かります。頼りになりますね」


「ゴマすってないで構えろ、来るぞ」


 え、来る?

 幸福が?


「構えるってどうすれば――――うぎゃっ!」


 思わず目を閉じてしまうほどのまばゆい光がかわいげのない声が出た。


 こんな強い光が出るなら早く言ってよ、ね……、あれ、なんかふらふら、す、る――――。

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