第9話 本音と建て前
化け物に襲われ、よくわからない連中に命を狙われ、幼馴染の属性であった時東桂にさえ刃物を向けられた。
この数日で俺の人生は怒涛の転換期というよりも、地獄に叩き落されたような心地しかしない。
叔父の静は消息不明。
当然のことながら父兄とも連絡を絶つように時生に告げられた。
この地下にあって、連絡を取るなど不可能だといくら俺でもわかったし、巻き込む人間は少ないに限る。だから、連絡を絶つということに抵抗感はなかった。
俺のそばにいるのは現状、真規一人だけだ。
ついさっきまで別室で治療を受けていただけあって、真規の身体からはまだ消毒薬の匂いがしている。
宗像の治療班みたいなものだと話してくれた女性はとても優しげだった。
30代、いや、もっと若いかもしれないが、柔らかく微笑むのが当然のような人で、真規の傷口をあっという間に縫いあげて、鎮痛剤がわりだとハッカの香りのする白湯を真規に飲ませてくれた。それを口にするや否や、真規は昏倒、もう三日も寝たままだ。
毎日同じ時刻あたりにその人はこの部屋を訪れては真規の傷をみて、俺に問題ないから君も休めと言って去っていく。
ちゃんと感謝したくて、名前を聞こうと思って呼び止めようとするが、風のように消えてしまうから聞けずじまいだ。
俺自身の身体もここに来てから何かがおかしい。言葉にするのがかなり難しいのだけれど、骨と肉の間がぼわぼわする。うまくないな、何だか、この俺の肉体、外観が被り物のように錯覚する感じだ。まるで肉と皮を脱いでしまえたら楽になりそうな感じがするというのが一番しっくりくるのかもしれない。
「真規、早く目を覚まさないかな」
この部屋はまるで高級旅館にある上等ないぐさの良い香りがしている。
地下のイメージは閉塞的なものでしかなかったのに、ここには空もあれば庭園も道場もある。
そんな穏やかで、静かな空間の中で、真規が寝息を立てていた。
柔らかな羽根布団の上で、俺はゆっくりと身を起こして、すぐ横にいる真規の顔を見下ろした。俺達は数日前まではただの音楽家だったのになと思ってみても、今更だ。もうそうじゃない。生身に受けた傷も心に負った痛みも元にはもどれないほどの衝撃だ。
「この先、全てが敵に回る可能性だってあるってことだよな……」
ぐっと唇をかんでみても、どうしようもない。
ぐしゃぐしゃと髪をかきむしってみて、盛大にため息をはいた。
「そんなに心配しなくても問題ないよ。 彼の治療は問題なく終わっている。 他の組織はどうかわからんが、宗像は護ると言ったなら護る」
ちょっとハスキーな少女の声がして振り返ると、障子の外に人影が見えた。
俺は立ち上がって、障子のすぐそばまで歩いて行った。
障子に手をかけたところで、その人影が廊下に座り込んだ気配がした。
そっと障子をあけると、中庭に面している縁側に赤毛の少女が腰掛けていた。
「疑ってなんかない」
宗像と袂を分かつことになったとしても、彼らはまっとうだから、必ず理由を明らかにしてくれるし、背後から狙ってくるようなことはしない。何となくそれだけはわかっていた。
俺はその少女のそばに腰を下ろしてみることにした。
最初に出逢った時と違って、彼女からは殺気がしない。当然と言えば当然か。あの時は彼女にとっては味方の生死を左右する緊急事態の真っただ中だったのだから。
「私達の敵は冥府と悪鬼、それだけだった」
彼女の声がさらに一段と低くなった。言葉に含みがあるとすぐにわかった。
俺が現れたことで、『敵が増えた』と言いたいのだろう。
暑くも寒くもない気温の上、春風が頬を撫でてくる不思議な空間に居て、俺はうなだれるしかない。
俺は彼女たちのように闘うすべを知らないし、敵が何を求めて、どうして襲われるのかもわからない。俺はごめんと一言だけつぶやいた。
「どうして謝る?」
少女の声は静かだと思った。怒りや苛立ちというそんな雰囲気のものはなかった。
「招かざる客だったろうからさ」
「招かざる客ならばここへは立ち入れない。 うちにとって君は重要な客だったのだろうから、ここに居る。 謝る必要はない」
少女は上が決めたのだから、そういうことだとぶっきらぼうに言ったが、嫌みがなく、むしろ、慰めているようなそんな気配だ。
「俺はこれまで何も知ろうとしなかった。 自分で制御できない爆弾を持っていることを知っていたのに、閉じ込めたままにして逃げていたから」
「それが赦された環境に置かれていただけだろう? 君を護る人達からしたら、君が目をそらしていることこそがベターだったのだろう。 君の目覚めがもっと早くに必要だったのなら、今のような泣き言など吐けないほどの状況にとっくに叩き落されていたはずだ」
俺は息を飲んで、少女の方を凝視してしまった。
「君を護ってきた連中のやり方は君を真綿でくるんですべてを覆い隠すことで『君』という標的の存在を消してきた。 それだけのことだと思う」
「どういう意味だ?」
「タイミングってことだよ。 より安全に護りぬくためにどうすべきかを君を護る人達は考えて動いていたはずだ。 すべては君のせいじゃない」
「何もかもが計算されているという風にきこえる」
「そうだと思うよ? うちで言うなら、時生さんは悪魔だ。 その悪魔と君の保護者は友だときいた。 それをきいて、悟ったよ。 今起きていることはすべてハプニングなわけがない。 予定外のオプションがあったにせよ、想定内として捉えている可能性が大きい。 だから、君も覚悟を決めた方が良いよ。 私たちはたぶん盤上の駒のようなものだ。 だから、今、目の前にあることを速やかにこなしていくことが最善なのだと割り切ってしまえば良い」
「心はそんなに簡単なものじゃない」
「それでも、そうすべきなんだよ」
「どうしてそう言いきれる?」
「私のボスは『意味のないことは起きない』と言う。 彼は誰よりも辛酸をなめて来たのに、そう言う。 だから、それに従うことにしてる」
少女が初めて笑った。笑うと急に幼く見えると思った。
闘志が彼女のこんなに柔らかな部分を覆い隠していたのかと思わず息を飲んだ。
大きな目も少し厚めの唇も顔のつくりもそこいらのアイドルよりかわいらしい。
そうか、俺はこの子の顔をまともに見ていなかったのだと気が付いた。
そして、彼女をこんな風に笑顔にしてしまうのはそのボスなのだろう。
はっとした。
あの場に居た青年のことだ。時々銀をはじいたように見えた黒い髪をして、眼帯で片方の目を覆った彼のことかもしれない。
「信頼してるんだね」
俺の言葉に彼女は静かにうなずいた。
「帰ってきたら、彼に逢ってみると良い。 きっと、君のそのどうにもこうにもならない心を何とかしてくれると思うよ」
「俺は君と話ができて良かったよ。 もう十分すぎるほどだ。 だから、君のボスに逢うのはもうちょっと自分を何とかしてからにする。 このまま逢うのは申し訳ない気がするから」
少女は驚いたように目を見開いた。
「誰かを頼って、誰かに救いを求めるのは卒業しなくちゃならない。 俺は自分で何とかしなくちゃ」
「そうか、そう決めたのならそれはそれで良いことだと思う。 そうだ、名乗ってなかったな。 私は鴈美蘭。 美蘭って呼んでくれたら良い」
「俺は高階新。 新で良いよ」
美蘭と中庭をはさんだ向こう側から声がして、彼女はすっと立ち上がって、軽く手を挙げている。
向こう岸には彼女よりさらに小柄な少女が手を振っている。
「あれが私のボスの右腕。 宗像の若手でボスを除いて2番目に強い黄泉使いだ。 時生さんの一人娘でもある。 あぁ、新、一つだけ忠告しておくよ。 彼女は天真爛漫でとっても可愛いが、絶対に手を出すな。 その瞬間、首が飛ぶと思った方が無難だ」
手を出すなんてと俺が顔の前でぶんぶんと手を振ると、美蘭は意地の悪そうな笑みを浮かべて耳元でつぶやいた。
「うちのボスはいつだって冷静沈着で、尊敬に値する男だけれど『彼女』に手を出す奴は一族郎党、仲間であろうと殺傷処分だ。 静音への接触には十分に気をつけろ」
くすりと笑って、美蘭は「今、行く」と駆け足で縁側を去っていく。
中庭の向こう側からは、そのボスの大切な静音とやらが俺に手を振ってくれている。いや、やめてくれよと俺はぞっとしながら苦笑いだ。
美蘭の台詞がふっと脳裏を横切った。
「ボスを除いて二番目に強い黄泉使い?」
彼女たちのボスを除外して、右腕だという少女を抑えて、さらに強い奴がいるということだ。美蘭のことだろうか。何となく違う気がした。
化け物騒ぎの恐怖のどん底にあった時、俺はボスの右腕の少女の動きと美蘭の動きを見た。美蘭も強いが、あのボスの右腕さんの方が爆発力があったように思う。
「彼女達よりもっと強い奴がいる!?」
宗像は一体、どうなってるんだ。
若手だけでもずば抜けて強い奴が次から次へと湧いて出てくるというのか。
額から顎を伝って冷や汗がこぼれおちた。
「彼女達より強いのはたぶん僕だと思うよ?」
俺はガタンと音を立ててびくりと身体を震わせた。まったく気配がなかった。
それなのに、耳元でささやかれたのだ。完全に腰が抜けた。
血液が一気に上から流れ落ちて行くような感覚がして、慟哭がする。
「どんだけ間抜けなの!? 本当に何の気配も感じなかった?」
俳優でもこれほどに目鼻立ちが整った男はいない。魅惑的な切れ長の目で、彼はきゃらきゃらと笑っている。そして、ものすごく大人の色香がする。
固まったままの俺の頬を指先でつつきながら、彼は俺の顔を覗き込んだ。
「若宮直人と出くわして何もされなかったって本当?」
彼の質問の意図するところがわからずに俺はひっと息を飲んでしまった。
時生や美蘭、あの場に居た彼らのボス達と明らかに異なった気配だ。
似通った雰囲気を放つ人としたら、一心という人に近い。
物腰は柔らかいが、返答を間違えば、ただでは済まないようなそんな感じだ。
「何も……されてない……です」
自然と敬語になってしまう。カーストがこの場に存在するとしたら、俺はこの彼の下だとそう認識してしまうほどの威圧感だ。
「そうなの? じゃあさ、何を差し出して見逃してもらったの?」
「何も!」
「ということは、あの鬼畜が逆らえない相手が君の保護者か、なるほどね」
「しーちゃんは悪者じゃない!」
何故、俺はそんなことを口走ってしまったのかとはっと息を飲んだ。
へえと彼は恐ろしいまでに整った笑みを浮かべて俺を見た。
「君の保護者って、しーちゃんって言うの?」
誰かの笑顔が怖いと思ったのは生まれて初めてだった。声が出なかった。
この男は怖い。きっと、俺が自分たちにとって害になると判断すれば、即座に背後から刀を振るうことをいとわない。
「上がどう考えて、君を抱え込んだのかは知らないし、決定には従う。 だけど、僕は若宮直人が憎い。 あいつが首を垂れる相手がいるのならそいつも同じだ。 そういうことだと覚えておいてくれる?」
例えばと彼はすばやく腕を振り上げて、キラリと光る何かを俺の首にむかって振り下ろそうとした。
だけど、それは俺には届かなかった。俺と男の間に誰かが入り込んだ。
白い着物を身に纏った大きな背中が目に飛び込んだ。
美しい日本刀の切っ先を真規が手で握りしめて止めている。
ぼたりと血が床に零れ落ちて、真規が歯を食いしばっている声がもれた。
「良い反応だ。 だけど、そのやり方では二人とも死ぬよ?」
はい、終わりと男は真規の肩をポンポンと叩き、指先をパチンと鳴らすと日本刀は消え去り、さっきまであったはずの傷は嘘のように消え去っている。
ぽかんとしている俺を真規はまだかばうようにして、彼をにらみつけたままだ。
「雅、いじめすぎだろう?」
凛とした日本美人が風とともに姿を現すと、雅と呼ばれた男ははてというようにとぼけてみせている。
「悠貴が治してやる必要なんかないだろうに」
「試すだけのために傷つけるのは好きではないよ」
「試してなんかないよ。 聞き耳をたてていながら出てこないから、ご挨拶しただけだけど?」
「それにしても、やりすぎだ。 彼らは若宮直人ではないだろう?」
悠貴と呼ばれた女性は悪かったなと真規に苦笑いをしてから、立てるかと手をを貸そうとした。
だけど、真規がそれを拒んだ。彼女の手をはらおうとした瞬間に、雅が動いた。
真規の腕をつかんで雅が鬼の形相で眉をひそめた。
「いただけないねぇ」
真規はぐっと唇をかんで、雅をにらみつけているが腕をつかまれたまま身動きができない。
よさないかと悠貴が雅の腰のあたりをたたいて、雅はふんっと手を離した。
「すまないな。 私とこの雅は若宮直人と特に因縁が深いんだ。 君たちの保護者が多かれ少なかれ若宮直人と縁があるというから、雅もこんな風なんだ。 もっとも私が大怪我をしてこうなってしまったせいなのだけれど、本当にすまないな。 これは八つ当たりのようなものだ」
悠貴は困ったように笑ってから、雅にこらっとにらみをきかせた。
数歩だけ歩いて見せた彼女は右足をひきずっていた。
「この通り、私は見事に戦線離脱させられ、後方支援するのもひと苦労。 宗像の屋台骨を支えていくはずだったのに申し訳ない限りでね」
柔らかい表情をしたまま左腕を動かそうとした彼女の腕はピクリとも動かない。それを見た雅がもう止せというようにさっと抑え込んだ。
よく見てみると彼女の首筋から肩にかけて古い傷がのぞいている。
それを見て、俺は泣き出したい気分になった。
雅が憤る気持ちがよくわかってしまった。大切な誰かがこんな風にされてまで、穏やかでいられるわけがない。
真規と俺は声をかけて、怒りをぶつける相手じゃないと首を振った。
彼らは痛みを知っている人間だ。だから、闘ってはいけないと思った。
「俺だってしーちゃんや真規が傷つけられたら同じようになるし、彼よりひどいことすると思う。 それに、俺かて、アイツ、嫌いや」
気が抜けた。彼らとの共通点があったことにどこかホッとしたからかもしれない。
肩の力を抜くといつも通りの関西弁が口からこぼれ落ちた。
「アイツに逢ったんはあの化け物騒ぎがはじめてやったんです。 エレベーターに一緒に閉じ込められた。 でも、アイツは俺を置いて逃げた。 俺は化け物の祭り騒ぎのど真ん中に放り出されたんです。 宗像の人達が来んかったらあの場で死んでたと思う。 逃がしてもらった後にさらに追い詰められて、自分を知ることになったんやけど……。 アイツは俺をたぶん殺したかったと思う」
どうしてか話してみたくなった。素直に言葉が零れ落ちていく。
雅が驚いたように俺へとゆっくりと視線を動かしたのがわかった。
「俺はアイツにあの場では何もされんかった。 アイツは何もしない事で、うっかり俺が死ねば万々歳やったんやと思う。 何かの制約があって、直接は手を出されへんから『俺が勝手に死ぬこと』を計画したんやと思ってます。 俺はアイツにとって邪魔でしかないんやと思うから、貴方達が思うようなことはないんです!」
思い切り、声に力が入った。
あのエレベーター内であの男と二人になった時に、一度でも味方だと思えたかと問うと答えはノーでしかない。
膝の上で握りしめた拳が痛い。
その力の抜き方がわからなくなった拳の上から、そっと重ねられた手が優しくて、俺は思わず見上げた。悠貴がゆっくりとほほ笑んで、もう良いんだよというようにうなずいてくれた。
「色んな人間が個々の思惑で動くのは当たり前のことだ。 この宗像も例外ではない。 だけど、若宮直人のような輩と同じではないということだけは理解してほしい。 私たちは卑しい闘い方は好まない。 それで敗北したとしても仕方ないと思っているような一族だ」
にっこりと笑んでいる悠貴の背後で雅が胸の前で腕を組んでそっぽを向いたままだ。
「雅はいつもはこんなじゃないんだ。 誰よりも優しい男だ。 だから、許してやってくれるか?」
俺は小さくうなずく。真規はまだ何か言いたいことがあったみたいで一瞬躊躇したが、俺が背をたたいたから仕方なく言葉を飲み込んでうなずいた。
「痛い想いをするのは二度とごめんだ」
雅がちらりとこちらを横目でみて、ぼそりとつぶやいた。
「僕だけはすべてを疑っていなくちゃならない。 だから、謝るつもりはないよ。 悪いな」
雅ととがめるような声を上げた悠貴の身体をひょいと抱き上げて、その場を去っていく。
その様子を見た真規が彼には珍しく苛立ったような声をあげた。
だけど、俺は雅の気持ちが痛いほどにわかってしまった。
「雅さんはきっと誰よりも自分を責めてるんや。 だから、敵視するんは間違いや」
俺の方をくるりと振り返った真規が信じられないという表情を浮かべている。それも仕方のないことなのだともわかっていた。
俺は彼に殺気を向けられたし、現に刃物を首筋に振り下ろされかかった。雅は真規の存在をつかんでいた上でのことであったにせよ、わずかでも危機的状況に立たされたことにかわりはない。
「宗像に来て、はじめてやな」
単純にそう思った。宗像に来てから出逢った人たちからは雅ほどの殺気を向けられたことはなかった。だけれど、雅がみせた殺気こそが本音なのだろう。
宗像の意志を統率している人間が決めたことに彼らは逆らわない。
だけれど、悠貴のように傷つけられた仲間がいることを彼らは忘れていない。
だから、志貴という人も一心という人も『若宮直人』の名に反応した。
「雅さんが宗像で一番の正直者ってことや。 だから、俺はあの人を信じることにする。 あの人だけは嘘をつかんってことがわかったやろ?」
大人達は時として平気な顔をして嘘をつくだろう。だけれど、雅は違う。
彼の言葉にはこの先も真実しかない。彼が宗像の本音ということだ。
「それに、俺が俺を一番疑ってる」
はははと笑うと真規の顔が苦し気に歪んだ。
これだけ宗像の連中に嫌われている若宮直人が俺を直接攻撃できなかったには確実に理由があるはず。それに、宗像のトップの1人は俺を爆弾だと言った。それが全てで、雅の態度こそが本音だ。
宗像のトップのあの二人が俺の前で決して仮面をはずしはしなかったのも気になっていた。
時生をはじめ、多くの宗像の人間が素顔をさらしたのに、彼らは見せようとしなかった。
「真規、俺は卑屈になってるわけやない。 ただ、何を利用しても強くならんといかんってことを自覚しただけや。 理不尽な襲撃に、助けてください!って騒ぐんはもう終わりや」
真規がどうしてか目をふせてしまった。それに、肩をふるわせている。
「俺も静さんも、お前を闘わせたくないんだよ」
「ありがとうな。 でも、わかったわ。 俺はたぶん護られる方におるんは間違いなんやと思う」
真規がふいに顔をあげて、俺を見た。
俺の持っている物は『狩る』ためにあるものだ。あの時の化け物たちの成れの果ての姿を思えば、自分の持っている物が穏やかな部類でないことはわかる。冷静になって自分を俯瞰してみるとそれに行きついた。
「誰かを癒したり、育んだりするための力は俺にはないわ。 たぶん、俺のんは露払いや。 行く手を阻み、蹂躙する者を払いのけて、道を開く。 そのための化け物的な力なんやろう?」
「それをすればお前が傷つく」
「しーちゃんも真規もおる。 だから大丈夫や」
「僕を疑わないのか?」
俺は真規の言葉に唖然としてしまった。疑うって何をと声が掠れた。
これまでの人生で一度もこいつが敵だと認識した覚えはない。
静もそうだが、彼ら二人は俺の大切な人間でしかない。
真規がもうだめだというように微笑んでから、お前は阿呆だよとぼやいて俺の肩に額を押し付けた。
「阿呆は誉め言葉やぞ?」
真規は俺の言葉に何も返事をせずにしばらくそのままでいた。
「もうすでに散々ですが踏ん張ってまいりましょうぜ?」
真規がはははっと力なく笑った。
部屋の隅っこに立てかけられていたチェロケースに目をやった。
時生がこっそりともってきてくれたらしいチェロ。
弾いてみようかなと俺がつぶやくと、真規がそれは良いねとほほ笑んだ。
「なぁ、真規。 俺には何があるんやろうな。 何ができるんか、一緒に考えてくれ。 そんでから、勝ち抜いてしか見ることができんものがあるんやったら、俺は勝ちたい」
真規がうんとうなずいて、ふっと視線を後方に下げた。
さっと左手を動かしたと思うと、金属が床にぶつかる音がした。
クナイが足元に突き刺さっている。
「お見事!」
中庭の木の上に人影がみえた。
そこには、白髪交じりの壮年の男性が座っている。
ぞわりと背筋を冷たいものがかけあがってくる感覚がした。
真規が額に汗を浮かべて、彼を見上げたまま動かない。
「君たちみたいな子は好みだよ。 うん、良い目だ!」
軽やかに笑っているが、真規は身体を強張らせたままだ。
そして、真規がくそうとつぶやいて、ふっと意識を失った。
俺は慌てて、倒れこんだ真規の身体を抱き起すが、だらりとその腕が力なく床板へと滑り落ちて行った。真規が息をしていることを確認して、わずかに胸をなでおろすことができたが、何が起こったのかわからない。
「大丈夫。 ただの眠り薬みたいなものを使った。 彼はちょっと休憩だ」
男はひょいと木の上から飛び降りると俺ににこりと笑った。
さっきのクナイに塗っていたと言うのかと俺は眉をひそめた。
「わかったろう? これが毒だったらしまいだね。 君たちはちとココが弱い」
男はこめかみのあたりを指でつついて見せると、にやりと片方だけ口の端を持ち上げた。
「だから、僕が何とかしてみようかなと思う」
勝ちたいのだろうと言って、その男は笑んだ。そして、勝たせてやると小さく頷いた。
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