29空き倉庫
「結界を破るために、自分たちの命を犠牲にするってこと?」
話を聞き終えた歩武は信じられない気持ちでいっぱいだった。ミコを助けたい気持ちは強いが、セサミたちを犠牲にしたくはなかった。そんな方法しかないのだろうか。
「こいつらが言う通り、それが一番、手っ取り早くあいつを救出する方法だろうな。そいつらが結界に触れれば、結界は自動的にこいつらを排除するように仕掛けられているはずだ」
「でも、それでミコが救出できるとは」
『できるよ』
セサミとアルは覚悟を決めていた。自分たちはどう頑張っても歩武の一番になることは叶わない。それならば、一番となる存在を助けるために命を差し出すのも悪くないと思った。
「オレ達は元々、すでに死んでしまった存在だ。この世に本来ならいてはいけない存在ともいえる。だったら、この命を歩武の大切な存在を救うために使っても、問題はないはずだ」
「でも、それじゃあ」
「とりあえず、場所が分かったのなら、そこに案内しろ。そこに近づいただけで消えるわけじゃないだろう?」
いつまでも安全な家で話し合っていても埒が明かない。清春が強引に話を進める。
「そうだな。まずは現場に行ってみた方がいい」
「もしかしたら、他に方法があるかもしれないしね」
歩武たちは、セサミたちにミコが監禁されているという場所に案内してもらうことにしたが、その前に先に昼食をとることになった。
「遠野さんの妹の居場所が分かったのなら、少し状況は進歩している。こいつらが案内する場所に兄貴がいる可能性は大いにある。体調は万全にしていた方がいい」
恰好良いことを言っていたが、清春が歩武の妹の救出するまで、空腹を我慢できそうになかったらという理由での提案だった。
歩武と清春は冷凍パスタを食べることにした。冷凍庫にストックがあり、彼らはレンジで温めたパスタを黙って完食した。歩武が清春の家のリビングの壁時計を確認すると、すでに正午を回っていた。
〇
昼食を終えた歩武たちがセサミたちの案内でたどりついたのは、海沿いにある一棟の空き倉庫だった。見た目は使われていない倉庫にしか見えなかったが、本当にその中にミコがいるのだろうか。海沿いということもあり、潮風からは海の匂いがしていた。
「ここにミコがいるんだね。ただの空き倉庫にしか見えないけど」
「オレにもそう見えるが、ただの倉庫じゃなさそうだ。その証拠にそこの二匹の様子を見てみろ」
清春の言葉に歩武が彼らに視線を向けると、すぐにその言葉の意味が分かった。彼らは立っているのがやっとな様子で、顔色が悪く、今にも倒れてしまいそうな様子だった。
「だ、大丈夫だよ。それで?これからどうするの。僕たちの予想通り、この倉庫に足を踏み入れた瞬間に、僕たちはこの世からいなくなると思うよ。それと同時に結界も弱まるから、助けるなら突入するけど」
「ここでお別れなら、最期の言葉でも言っておいた方が良いってことか。そうだなあ」
言葉は軽い口調だが、表情とあっていない。まるで今、自分たちが抱えている苦悩などを隠すかのようだ。
「どうしたら、彼らの命を犠牲にせずに、ミコを助けられるのかな」
ぽつりとつぶやいた歩武の言葉に、その場にいた全員が黙り込む。しばらくの間、沈黙が続いたが、それを破ったのは第三者の声だった。
「簡単な話だ。君が記憶を失くして、彼らのことを忘れてしまえば、すべてが丸く収まるよ」
「あ、兄貴。どうして!」
この場に来てはいけない男がやってきてしまった。尾行されていたことに清春たちはまったく気付かなかった。突然、気配なく現れた清春の兄、清光は笑いながら歩武たちに近づいてくる。
何をされるのか警戒していると、清光は歩武たちとの距離を一メートルほど詰めたところで足を止める。
「よくこんな短時間で、そこの人外の居場所がわかったね。オレの負けだ。そこまであいつに会いたいのなら、会わせてやってもいい。何せ、今生の別れになるからね。僕もそこまで非情じゃないよ」
「何を考えているんだ。お前らしくない」
清光は急に歩武たちとミコを会わせると言い始めた。しかし、その言葉を簡単に信用することはできない。そもそも、相手はそのミコを誘拐して監禁した張本人だ。清春が警戒して口を開く。
「いやあ、お兄さんはいつも人間には優しいよ。人間には、ね。ああ、でも、僕たちが話しているのを聞きつけて、彼女の方からやってきてしまったよ」
ちらりと倉庫に視線を向けた清光に、歩武たちもそちらに目を向ける。確かにそこにはぼんやりとだが、人間のシルエットらしきものが見えていた。
「ミコ!」
「向こうからは僕たちの姿は見えていないよ。いや、僕の姿だけは見えているかもしれないけど。君たちの姿は見えていないだろうな」
歩武は、思わずミコの名前を呼んで倉庫の中に足を踏み出した。しかし、透明な壁のようなものにぶつかってしまい、中に入ることはできなかった。
〇ミコ視点
「ミコ!」
自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。それは、ミコが最も大切にしている存在の声で、聞き間違えるはずがない。
「おねえちゃん……」
まさか、自分を助けるために、近くまで来ているのだろうか。両手両足を縛られて床に転がされていたミコだが、実はそんなものは簡単に解くことができた。ただ、結界はミコの今の力ではどうしようもないので、倉庫から出られないことに変わりはなかった。そのため、あえて男にされた拘束をそのままにしていた。
ミコは拘束を素早く解くと、ふらふらと声のした方向に歩いていく。すると、倉庫の外に人の姿が見えた。一人はミコをここに閉じ込めた男で、他にもぼんやりとだが人がいるようだ。
ミコは、ぼんやりとした人の方は、自分の姉だと確信した。こんなところまでくる人間など、あのお人好しの彼女しか考えられない。
「でも、一人で来られるはずはない。いくら私のことが好きだといっても、一人では……」
だとしたら、姉の他に誰か協力者がいるのかもしれない。ここまでたどり着いたということは、もしかしたら、ここから出られるかもしれない。
「お、お姉ちゃん」
先ほどよりも大きな声を出して、ミコは自分の最愛の存在を呼んでいた。
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