27公園にて
「兄とは、学校の近くの公園で待ち合わせをしているんだ」
「公園、ですか?」
「そう。いきなり敵が自分のアジトを待ち合わせ場所に指定するわけないだろう?だから、手始めに公園で少し話し合おうということになったわけ」
清春の兄に会う約束を取り付けたとは言っていたが、何処に向かうかは聞いていなかった。公園という人の目がある場所での待ち合わせ場所を意外に思ったのは、歩武だけではなかった。
「どうして公園なんだ?そんな回りくどいことしないで、直接、兄貴の家に行きたいっていえば良かっただろ?」
「そうそう。とはいえ、僕が兄なら、自分の家に招くなんてしないけど。ああ、でも、家にあいつを監禁していないなら、別に家に弟を招くのに問題はないか」
「きっと、兄貴もオレのことを警戒しているんだと思う。噂をすれば、兄の登場だ」
歩武たちは約束の5分ほど前に公園に到着した。時刻は午前10時少し前。今日は雲一つない晴天のため、日差しがじりじりと身体に焼き付く。日差しを避けるため、歩武たち4人は、公園の木がたくさん生えているところで待っていた。その場所からは、公園の入り口が見える。
「僕は、清春一人だと思って来たんだけど、ずいぶんたくさんのお仲間を引き連れているようだ」
相手はすぐに清春たちに気付き、近づいてきた。今日もまた、目にまぶしい金髪に黒いスーツを身に着けていた。夏も本番に近づいてきたこの季節にスーツ姿は暑くないのだろうか。
「別に一人とは指定されていない。今日は兄貴の家にオレ達を招いてくれるのか?」
「相変わらず、兄に対しての口の利き方が乱暴だねえ。それで、君があの化け猫がご執心のお姉さんだね。初めまして。兄の清光(きよみつ)です」
軽い調子で清春の兄は歩武に話しかける。歩武は学校で見た時と同じ感覚に陥っていた。背筋に嫌な汗が流れる。今回は男が目の前で歩武と対峙していて、嫌な気分が更に増していた。そんな歩武の気持ちに気付いていないのか、男は勝手に歩武を値踏みするように見つめ、鼻で笑った。
「は、はじめまし」
「ところで、君はよほど人外の存在に好かれているようだけど、そちらの彼らはいったい、どういう関係なのかな?てっきり、君は清春に頼んで、僕に彼女を消して欲しいと依頼すると思っていたんだけど。まさか、追加でこの二匹の駆除も依頼されるとは思わなかったなあ。弟よ、いくら何でも兄に頼りすぎではないか?」
歩武は、何とか笑顔を作って清春の兄に挨拶しようとした。ところが、それはバッサリと切り捨てられる。さらには歩武にとっての禁句を男は口にした。
「兄貴、それはいいす」
「お前、最低だな」
「これは捕まったあいつに同情するよ」
慌てて兄の暴言をたしなめようとした清春だが、それより早く口を開いたのは、二人の人外だった。清春の兄は少し驚いた表情を見せたが、すぐににっこりとほほ笑み、人外の二人に目を向ける。
「ずいぶんと僕たち人間に馴れ馴れしいね。君は彼らの扱いが全くなっていない。まあ、そもそも一般人に扱いがどうのこうのと言ってはいけないね。ていうか、一般人はおとなしく、僕たちに彼らの駆除依頼をするのが妥当な判断だよ」
男は、目の前の二人を改めて観察する。二人は一見すると、普通の少年に見えた。しかし、頭に生えている獣の耳と、お尻から生えている尻尾が彼らの感情を表すかのように揺れているのが、人間ではないと思わせた。
しばらくの間、男とセサミたちのにらみ合い続く。歩武はどうやって、男からミコの居場所を聞き出そうかと、頭をフル回転させて考えていた。今、この場で彼らを止めることができるのは清春一人だけだった。
「はあ。兄貴、彼らは勝手についてきたんだ。ただの空気だと思ってくれたらいいよ。実際、彼らの姿は一般の人間には見えていない。茶番はこれくらいにしろよ」
こいつの妹をどこに隠している
急に低い声を出した弟の声に反応して、男はセサミたちから視線を清春に戻す。兄を問い詰めだした清春だが、簡単に居場所を教えてもらえるとは思っていなかった。最初に公園を指定された時から分かっていたことだ。
〇
「ねえねえ、あの人、かっこよくない?」
「確かにかっこいいけど、夏なのにスーツってやばくない?」
金髪の長身、黒スーツを身に着けた男が休日の公園に姿を現したら、目立つことこの上ない。しかも、今の季節は夏真っ盛り。ただ立っているだけで汗ばむほどの気温だ。そんな中、昼間の公園にそんな恰好の男がいたら、公園の利用客から注目を浴びるのは必至だ。
「僕たちのことを気にする人が出てきてしまったね。場所を移動しようか」
「お兄さんの家に案内してくれるんですか?」
公園を訪れた子連れの母親二人がこそこそとこちらを見ながら小声で何かささやいている。この場を離れるとしたら、次に向かう場所は清春の兄の家がいい。歩武が期待を込めて質問する。
「どうしようかな。今日、清春と会う約束はしていたけど、家に呼ぶことは想定していなかったからなあ。さて、これからどうしたものか」
「もったいぶるなよ。どうせ、こうなることは最初からわかっていたことだろ。オレ達の目的も知っているはずだ。さっさと家に案内しろよ。それが嫌なら、おとなしくこいつの妹の居場所を教えろ」
顎に手を当ててわざとらしく、自分の家に案内したくないことをアピールする金髪の男に、しびれを切らしたのは弟の清春だった。今日、わざわざ兄に会った目的を果たすための直球な言葉を投げかける。
「アレがそこの彼女の妹だと、お前は本当に思っているのか?もしそうだとしたら、笑えるな。お前だって、祓い師のはしくれだろう。あいつが何者なのか、わかっているはずだ」
清春の兄、清光の雰囲気が急に変化する。へらへらとした態度から、急に真面目な顔になり、弟に説教する。
「それになんだ?そこの二匹の奴らは。清春、何のために僕たちみたいな能力が人間に備わっていると思っている?そいつらをこの世から消して、人間が恐怖におびえる生活をしないように」
「ミコたちは人間に悪さはしません!」
話を途中で遮ったのは歩武だ。ただ黙ってこの場を乗り切ろうとしていた清春は目を見張る。自分たちの仕事の本質を思い出して反論しようがなかったのだ。とはいえ、後輩の妹のような存在もこの世にはいる。人間と共存できる存在もいるのだと気づかされた。
「だったら、なんだというんだ?いくら、悪さをしないといっても、絶対とは言えない。動物をペットにするのとはわけが違う。こいつらには、無駄に知識があるから性質が悪い」
「でも、そんなのは人間だって同じはずです。彼らだけを悪者にするのは間違っています!」
ミコだけでなく、セサミたちのことも悪い奴だと言われてしまって、歩武はここが公園で人目を集め始めていることも忘れて、大声で反論してしまう。黙って聞き流すわけにはいかなかった。
「ふうん。ずいぶんとこいつらに肩入れしているんだな」
歩武の反論を面白そうに聞いていた清光が再び視線をセサミたちに向ける。
「ぼ、僕たちは歩武に悪さなんかしていない!」
「お、オレだって、そうだ!」
視線を向けられた二匹はしどろもどろに言葉を返す。弟も祓い師で自分たちの敵だと思っていたが、兄の方が能力は格段に上だった。先ほどとは雰囲気が変わり、目が合うだけで身体に震えが走る。それでも、今ここでひるんでいてはいけないと、彼らは自分自身を奮い立たせて歩武の前に立つ。耳と尻尾が自信なさそうに下がっていた。
「とりあえず、このまま話し続けていても埒が明かないね。さっきも言ったけど、僕の家には案内したくないんだよなあ」
セサミたちが歩武の前に立ち、清光の前に立ちはだかったが、目の前に人外二人を見ても表情を変えずに面白そうに見つめるばかりだった。しかし、さすがにこれ以上、この場で話し続けるわけにはいかないことは察したようだ。
「仕方ない。そこの二匹に興味なんてないけど、可愛い弟のためにそこの彼女の妹らしき奴にあわしてやるよ」
お兄様に感謝しろ。
ずいぶんと上からな態度で清光は公園の外に留めていた車に向けて歩き出す。どうやら、公園前までは車で来たようだ。黒いワンボックスカーに乗り込んだ清光に続いて、歩武たちも後ろの席に乗り込むことにした。
清光が運転席、助手席に清春、後ろの席に歩武とセサミとアルが乗ったところで車が発進した。
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