25ミコ視点
「ああ、今日もまた、お姉ちゃんのもとに帰ることができなかった。それに、今日は学校まで休んじゃった。お姉ちゃん、心配しているだろうな。早く、帰らないと……」
「おや、まだ、自分の意志を保っていられるとは、ずいぶんと強情な化け猫だな」
ミコは昨日のことを思い出す。自分は確か、学校の帰りに姉の姿をこっそりと見守っていたはずだ。その後、目の前の金髪の男に見つかって、強制的にこの男に連れ戻されたのだった。
「当たり前でしょ。私を誰だと思って」
「元はただの捨て猫だろう?」
金髪の男、清春の兄である安倍清光(あべきよみつ)は、ミコの言葉を鼻で笑う。清光は先日拾った、人間に取り憑いている化け猫をどうしようかと考えていた。
「さて、そこまで姉のことを気にするのは、大変結構なことだが、自分の身は心配しなくてもいいのか?姉のことを心配するよりも、自分の心配をした方がいいんじゃないか?」
「あんたみたいな奴に捕まったところで、どうってことないわ。だって、私には」
ここで、ミコは言葉を止める。そして、改めて今、自分が置かれている状況を確認する。ミコが今いるのは、使われていない倉庫のような場所だった。倉庫の片隅で、両手と両足を縛られた状態で地面に転がされていた。周りには空の段ボール箱が散らかり、長年使われていなかったのか、ホコリもあちこちに積もっている。倉庫の窓から見える空の色は真っ暗だ。すでに日が暮れているのだろう。
「私にはなんだというのかい?まさか、君に力を与えてくれた神様とやらに助けてもらうつもりだとしたら、それは、この場において無意味な行動だな」
「やってみないとわから」
「結果は目に見えている。何せ、この倉庫には、結界が張ってあるから、僕や僕が許可した人間や存在以外は入ることがかなわない。さらに言うと、目くらましの術もかけてあるから、誰の目にもこの倉庫は映らない」
この状況で、いったい何ができる?
あざ笑うような清光の言葉に、ミコは自分が実は結構やばい状況に置かれていることに気付く。ここでふと、自分がどうやってこの男に捕まってしまったのかを思い出す。
「どうして、私に目を付けた?私はお前らに見つかるようなへまはしていないはずだ」
「そうだねえ。あまりにも人間に同化していて、初めはわからなかったよ。でもね。僕たちの鍛え上げられた能力を甘く見ちゃいけない。まあ、たまたま、弟の学校に用事があったのがお前の運の尽きだな。それがなければ、お前を見つけることも、こうしてここに連れてくることもなかった」
「弟か。あいつのせいで、私たちは」
「残念だったな。恨むなら僕と、弟二人を恨むことだな」
ミコはどうにかして、ここから出ようと必死に頭を働かせる。ここで、もう一つの疑問が頭に浮かんでくる。先ほど、この男はミコのことを捨て猫と言っていた。
「どうして、私の正体を知っている?」
ミコは自分が人外の存在であることに気付かれたことも驚いていたが、それ以上に、自分の正体に気付かれたことに衝撃を受けた。しかし、男は軽い口調でミコの質問に答える。
「ああ、そんなことか。それはお前が気を失っている間に、ちょっと記憶を覗いてみただけだ。なかなか、面白いものを見せてもらったよ」
ああ、自分はいよいよ、ここでお姉ちゃんに居場所を知られることなく、この男に消されてしまうのだ。
自分の正体もばれてしまい、為す術もない。急にミコの身体から力が抜ける。目を閉じたミコはそのまま黙り込む。そんなミコの様子を男は満足そうに見つめ、そのまま倉庫を去っていく。
倉庫にはミコ一人が取り残された。
〇
「ねえ、そこの君。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
見知らぬ男がミコに声をかけてきた。
清春の兄、清光とミコが出会ったのは、歩武の同級生の高木との一件があった日の昼休みのことだった。その日、ミコは午後からの授業を欠席して、高木と彼女のペットであるフクロウのことについて考えていた。当然、中庭で考え事をしていては、教師に見つかり、教室に連れ戻される可能性がある。そのため、ミコは一階にある適当な空き教室で午後の時間を過ごしていた。
まさか、空き教室にまで教師がミコを探しに来たとは思えず、顔を上げて何者かと確認するが、声をかけてきたのは教師ではなかった、見知らぬ男がドアを開けてミコを見つめていた。まるで子供が欲しいおもちゃを見つけたかのような嬉しそうな顔に、ミコの警戒心が高まる。初対面の女子中学生に向ける表情ではない。
「今は、授業中のはずですけど、あなたは誰ですか?不審者なら、先生に報告」
「ええと、僕は怪しい者じゃないよ。この学校には弟が通っていて、ちょっと用事があってね」
「お兄さん、ですか」
男の容姿を観察するが、こんな軽い雰囲気の生徒がいただろうか。長身に金髪で黒いスーツを身に着けた男の弟が、この学校に通っているとは思えなかった。ミコが警戒した態度を崩さないでいるのに気付いていないのか、男は話を続ける。
「まあ、用事があるのは弟にではなくて、この学校での噂なんだけどね。ねえ君は、この学校で最近噂になっている、中庭が何者かに荒らされている事件は知ってる?」
目の前の男が何をしに学校に来たのかは知らないが、どうにもミコの本能がこの男はやばいと告げている。この男から早く離れた方がいい。
「それは知りません。そろそろ、次の授業が始まる時間です。さすがに午後の授業全部を休むわけにはいかないので、この辺で失礼します。あなたは、いったい、どんな用事で学校に来たんですか?弟に用事がないのなら」
「ううん、そうだねえ。なんていうか、普通の人はこの話をしても、なかなか信じてもらえないんだけどね、僕は」
人外から人間を守るために働いている、祓い師という人間だよ。
ぞくりと、ミコは背筋が震えた。夏休み前で教室は蒸し暑いくらいの気温にも関わらず、背中に冷たい汗が流れる。気温のせいではない汗にミコは焦り始める。男の言葉になりふり構っていられず、ミコは思わず男にタックルして教室を飛び出した。
〇
教室を飛び出したミコは、これからどうしようかと頭を悩ませる。下手な場所で立ち止まっていると、授業がない教師が見回りをしているときに見つかってしまう。かといって、いまさら教室に戻る気にもなれなかった。
「放課後までまだ時間があるし、どうしようか」
「そこで何をしているの?まだ授業中だと思うけど」
とりあえず、男から距離を取るために、ミコは無我夢中で学校内を歩きまわる。気付けば4階まで来ていた。4階には特別教室である音楽室や理科室などがあるだけだ。たまたま、それらの特別授業をしているクラスはなかったようで、4階は不気味なほど静まり返っていた。
ミコの言葉は静かな廊下に響き渡った。4階にいたのはミコだけではなかったようだ。ミコの独り言に返事があり、驚いて声のした方向に身体を向ける。そこには一人の男子学生が立っていた。
「ええと、まあ、授業をさぼりたいこともあるでしょ。私はいま、そんな気分なの」
「ふうん。まあ、オレも似たようなものだから人のこと言えないけど、わざわざ、4階まで来てサボるのはオレだけだと思っていたよ」
互いにじっと見つめ合い、相手を観察する。ミコはこの男も警戒した方がいいと感じて、とりあえず何者なのかを確認するため、問いかける。
「あんたは一体誰なの?私はミコ」
「見たところ、君は僕より学年が下のようだけど、ずいぶんと先輩に対して態度がでかいね。ていうか、オレのことを知らないなんて、ずいぶんと噂に疎いんだね」
質問に答えることなく、ただ呆れたような態度で言葉を返す男に、誰かに似ていると思ったが、誰だったかまでは思い出せない。
急に黙ってしまったミコに、男はため息をついて仕方なさそうに自己紹介を始めた。
「オレの名前は安倍清春(あべきよはる)。君の一つ上の学年の二年生だ。噂を知らないみたいだから教えてあげるけど、オレはあることを仕事にしている。そして、そのことで今、オレは学校のある噂について調査している。それは……」
何者なのかを聞いただけなのに、勝手に噂について語りだす。放課後までに考えることはたくさんあったが、ミコはとりあえず、目の前の男の話を聞くことにした。
〇
「まさか、お前とあいつが兄弟だったとは知らなかったよ。あいつが誰かに似ていると思っていたが、先に出会った兄に似ているとは思わないだろう?」
いつの間にか、ミコは眠っていたようだ。目を覚まして、今まで見ていたのが過去のことだと気づいて苦笑する。あれから、数日しか経っていないのに、ずいぶんと懐かしい気がした。
目を覚ましたが、自分の今の状況が変わることはなかった。相変わらずミコはどこかの空き倉庫に両手両足を縛られたまま、床に転がっていた。しかし、清春の兄だという男は、その場からいなくなっていた。
「お姉ちゃん、私はこのまま……」
ミコはその後に続く言葉を口に出すのが怖くなった。もし、口にしてしまって、それが現実となってしまったらと思うと、どうしても言葉にすることができなかった。
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