19妹との関係
「おはよう、遠野さん。なんだか元気がないね」
今日もまた、歩武は一人で登校した。隣に誰かがいるのが当たり前だった日常。それが当たり前ではなかったことをまざまざと痛感することになった。ミコによほどの用事がない限り、歩武とミコは一緒に登校していた。
いまだに一人での登校に慣れることはできず、寂しい思いを抱えたまま、学校に到着する。玄関で靴を履き替えていたら、後ろから声を掛けられる。
「おはよう、高木さん。周りから見て、元気がないってわかるほど、私は弱っているかな」
「その答えがすでに重症者だよ。とりあえず、そんなに暗い顔をしていたら、私以外の人も気付くと思うよ。なんていうか、全身から元気がありません、構って欲しいっていうオーラが出ている感じ」
「何それ」
声をかけてきたのは同級生の高木だった。ミコとの一件以来、よく話すようになった。ミコが人間ではないということ以外は、気軽に話せる仲にまでなっていた。二人で仲良く教室を目指して廊下を歩いていく。
「そうそう、それでね。私、新しいペットを飼うことにしたんだ」
高木が嬉しそうに、先日、保健所でもらった子犬について語りだす。どうやら、フクロウのペットのことから立ち直り、新たな道を進むことに決めたようだ。
「ふくちゃんには申し訳ないなと、最初は思っていたけど、でも、新しい子を迎えるのは、あの子の希望でもあったからね。いつまでも悲しんではいられないと思って。遠野さんは、ちょっと前の私みたいに見えるけど、私が何か、力になれることはないかな」
「いつまでも悲しんではいられない、か。ミコのことをあきらめろってことかな」
「はは。やっぱり、元気がない理由は妹さんのことだったんだね」
話しているうちに教室に到着する。とはいえ、二人は同じクラスなので、教室に入ってからも、しばらくたわいない会話をして、朝の時間を過ごすのだった。
〇
今日は、昼休みになっても、ミコが歩武の教室に現れることはなかった。昨日の男と何か関係があるのだろうか。そう思いつつも、歩武は運の悪いことに、風邪で欠席したクラスメイトの代理で日直を任されてしまい、昼休みを自由に動けずにいた。
「このタイミングで風邪をひいて休むなんて」
「夏風邪かもしれないよ。遠野さんも気を付けた方がいいよ。疲れているときは、免疫力が落ちているから、風邪ひきやすいっていうし」
「私なら大丈夫。だって、今まで風邪なんて引いたことないもん。そう、風邪なんて……」
昼休み中にさっさと学級日誌を書いてしまおうと、机に向かっていたら頭上から声が聞こえてくる。頭を上げると、高木が笑いながら歩武の様子をじっと見ていた。風邪という言葉で、歩武はまた一つ、ミコとの奇妙な思い出が頭に浮かんでくる。
「そう、風邪なんて、ミコが来て以来、引いたことないかもしれない」
「朝からずっと、妹さんのことばかり考えているね。もしかして、あなたたちはお互いにお互いを縛り付けているのかも。それを絆と呼んだら、聞こえがいいけど、私は、それは束縛であって、あまりいいものとは思えないな」
「どうして、そう思うの?」
高木が歩武とミコの関係について言及する。他人に自分たちの関係を口出しされたくはなかったが、とりあえず理由を尋ねてみる。
「見ていればわかるよ。だって、今の遠野さんたちは、まるで昔の私とふくちゃんみたいに見えるから」
「そんなわけ……」
同級生とペットの関係と同じだと言われてしまった。さすがに反論しようと口を開きかけるが、途中で考え直して口を閉じる。言葉を止めた歩武に、高木は言いすぎたと思ったのか、謝罪の言葉を口にした。
「ごめんね。おわびに午後からの日直の仕事を手伝うよ。もう一人の日直は使えないだろうしね」
日直は通常、二人体制で行うことになっていたが、今日の日直のもう一人の男子はやる気がなく、午前中は歩武一人で仕事を行っていた。学級日誌を一人で記入している時点で察せられた。歩武は素直に高木の行為に感謝した。
〇
放課後になり、歩武は昨日に引き続き、ミコの教室を訪ねていた。しかし、今日もまた、不発に終わってしまう。
「遠野さんなら、今日は朝から学校に来ていないよ。担任も理由はわからないって。あれ?あなたは昨日も遠野さんのこと聞きに来たよね?」
「ああ、うん。あの、私は……」
昨日、ミコのことを聞きに来たことを覚えている生徒がいた。しかし、歩武がミコの双子の姉だということは気づいていないようだ。あまり似ていないと言われているが、小学校が一緒だった生徒なら、歩武たちが姉妹だと知っている。ということは、彼女は別の小学校から来たということになる。
ここで自分がミコの妹だと歩武が伝えたら、目の前の彼女はどのような反応を示すだろうか。
「遠野さん!私、今日は部活が休みだから、一緒に帰ろう」
しかし、歩武がミコの双子の姉だと話そうとしたところで、声をかけられる。声のした方向に身体を向けると、高木がカバンを持って待ち受けていた。一緒に帰る約束などしていない。
「高木さん!吹奏楽部は今日も部活はあるよ。無断欠席するつもり?」
「そうだったかな?まあ、どっちでもいいや。とりあえず、彼女は連れていくけど、いいよね?」
高木は、歩武の事情などお構いなしに勝手に話しを進めていく。いきなりの話の展開についていけず、視線を高木と隣のクラスの生徒の間を往復させていると、今度は強引に腕をひかれる。
「じゃあ、また明日。部活に行くのなら、私が休むことを言っておいて。理由は……」
話しながら、高木はどんどん隣の教室から離れていく。当然、腕をひかれている歩武も同じ方向に身体が引きずられていく。隣のクラスの生徒は苦笑しながら、彼女の行動を止めようとはしなかった。
「はいはい。顧問には腹が痛いから帰りましたって言っておくよ。それにしても、今、彼女のことを『遠野さん』って呼ばなかった?」
しかし、思い出したかのように歩武の苗字について言及する。妹のミコと同じ名字に気付いて、姉妹と気付かれるだろうか。ドキドキしながらその後の言葉を待つが、一向にその後の言葉が続かない。
「あの、そうです。私は遠野ミコの」
「あたたたたた。急にお腹が……」
仕方なく、自らミコの姉だと名乗ろうとしたら、急に高木が歩武の腕をつかんだ手とは反対の手でお腹を押さえて、その場にうずくまる。突然のことで心配になって高木の目線に合わせて歩武もその場にしゃがみ込む。すると、高木は腹痛が嘘だったかのように急に耳もとで驚きの言葉を口にする。
「妹さんのことについての言動は気を付けた方がいいよ。これは私じゃなくて、先輩からの忠告。とりあえず、今はさっさと学校から離れた方がいい」
「ええと」
「ああああ!これはもう、即刻、家に帰らないとなあ。でも、こんな状態で、一人で家に帰るのは心配だなあ。だれか、一緒に帰ってくれる人はいないかなあ?」
高木はのっそりと立ち上がり、ちらりと歩武を見ながら大げさに腹を抑えている。明らかに仮病だとわかる演技だが、先ほどの言葉の意味を知りたくて、彼女の芝居に乗ることにした。
「仕方ないなあ。今日はちょうど、放課後に予定がないから一緒に帰ってあげる」
「ありがとう!」
歩武と高木は、隣のクラスの生徒に呆れた視線を向けられながらも、学校を後にした。高木の行動によって、ミコと歩武が姉妹だということを彼女に知られることはなかった。
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