18ミコとの出会い

「ねえ、お母さんたちはミコのことをどう思う?」


 夕食は、歩武と両親の三人でとることになった。最近はこの光景に慣れてしまったが、慣れてはいけないと歩武は思っている。自分の妹がいないのに、家族で楽しく夕食をとれるはずがない。まずは、両親がミコについてどう思っているのか尋ねることにした。歩武が尋ねない限り、両親は自分たちから彼女のことを口にすることはない。そのことに歩武はひっかかりを覚えていた。


「ミコ、ねえ。そんなの決まっているでしょう?あなたの大事な妹なんだから、大切に思っているわよ」


「そうだなあ。僕もそう思うよ。歩武の妹だからね」


 ミコのことを両親に質問すると、いつもそうだ。一瞬、驚いた表情を見せて、その後に同じようなことを話し出す。今回も同じで、ミコは歩武の妹という結論に至る。しかし、それが自分の娘に対する言葉でいいのだろうか。


「どうして、『私の妹』っていう表現を使うの?私とミコは、お母さんたちの娘なのに」


 おかしいではないか。



 最後まで口にすることができない。歩武はここでもミコに対する疑念があったのだと思い知らされる。自分の周りのいたるところに、ミコが人間ではない、歩武の本当の妹ではない、という証拠が転がっていた。これ以上、両親から何を聞きだしても無駄だと悟った歩武は早々に夕食を切り上げ、自分の部屋の戻ることにした。歩武が急に不機嫌になった理由がわからず、両親は首をかしげていた。



 自分の部屋に戻った歩武は、どっと疲れが身体に押し寄せてベッドに倒れこむ。


「やっぱり、ミコは私の本当の妹ではないんだ」


「いまさら、気付いたの?」


「だとしたら、これからどうする?あいつは今日も帰ってきていない。このまま妹のことを忘れてしまうのも、一つの手かもしれないぞ」


 歩武の部屋にはすでに先客がいた。自分の部屋で間違いないはずなのに、猫耳少年とうさ耳少年が我が物顔で床にクッションを引いてトランプに興じていた。歩武がドアを開けたときに、部屋の主が戻ってきたと気づいて顔を上げたが、またすぐにトランプに目を向けている。


「忘れるなんてできるわけない!帰って来ないのなら、姉として妹を迎えに行くまで!」


 歩武はミコを迎えに行くつもりだった。ミコは清春の兄に監禁されている可能性が高い。弟の清春が言うのだから、間違いはないだろう。その弟に協力を求めることができたのだから、勝算がないわけではない。


「だから、あなたたちも私と一緒に、ミコを家に連れ戻すのを手伝ってほしいの」


 仲間は多い方がいいと判断した歩武は、セサミとアルにも協力を呼び掛ける。ミコが人間ではないというのなら、人間以外の協力者も必要だ。



「えええ!あいつを助けに行くのかよ」


「僕は反対だけど……。でも、その表情だと、僕たちが協力しなくても、勝手に探しに行ってしまいそうだね」


「あいつが帰って来ないほどの事情があるとしたら、それはオレ達にとっても良いことはないな。やつがやられたら、次の標的が俺たちになるとも限らない」


 歩武の言葉にようやく興味を持ったのか、二人はトランプを床に放り投げ、歩武に向き直る。ミコを助けることに消極的かと思われたが、そうでもないようだ。



「ねえ、セサミとアルは、私の家に居候しているんだよね。だったら、家主の言うことは絶対ではないのかな。それに、ミコがいなかったら、私があなたたちに何をしでかすかわからないよ」


『それは困る』


 彼らに妹の救出を求めるために、家主という言葉を使ってみる。別にそんなことで権力を振りかざすつもりはないし、彼らに危害を加える予定はない。しかし、彼らは歩武の言葉を真に受けてしまった。二人は息の合った返事をしてから、慌てて歩武のご機嫌を取り始める。


「し、仕方ないな。オレも、あいつがいないと張り合いがないからな。て、手伝ってやってもいいぞ」


「ぼ、僕も、暇つぶしにつき合ってあげてもいい」



 歩武が何をしでかすというのだろうか。自分自身で彼らにできることを考える。彼らは霊と言いながらも、最近ではなぜか、実体を持ち始め、普通の人間と変わらない生活を送ることができるまでとなっていた。他の人間には視えないという彼らにいたずらしたところで、恥をかかせられないし、人間とは違うので怪我を負わせることができるかも怪しい。


「そうだな。もし、協力を拒むというのなら、私を家まで送ってくれた先輩にでも相談して、君たちを祓ってもらおうかな」


 ふと、先輩の仕事が頭をよぎり、歩武は無意識に思いついたことを口にしていた。それが決定打になったようだ。セサミとアルはミコを助けるための頼もしい協力者となった。




『ねえ、お願いだから私を拾って』


 歩武は浴衣を着て、家族と一緒に神社主催の夏祭りを楽しんでいた。神社に向かうまでの道の両側にたくさんの屋台が並び、祭りを楽しむ人でにぎわっていた。


「ねえ、変な声が聞こえない?」



 りんご飴を買ってもらい、神社の境内に設置されたベンチに腰掛けて、両親と休憩していると、どこからか声が聞こえてくる。耳を澄ませていないと聞き取れないほどの小さな声だったが、なぜか歩武の耳には、はっきりと届いていた。声の主を探るために辺りを見渡すが、周囲には屋台で買ったものを食べる人や、祭りの話で盛り上がっている人達がいるだけで、歩武に助けを求めるものの姿は見当たらない。


「急にどうしたの?何が聞こえたのか教えてくれる?お母さんたちには聞こえなかったんだけど」


「ええと、アレだ!あそこから声が聞こえるよ!」


 歩武はもう一度耳を澄ませて、音の出どころを探すために目を閉じる。すると、か細い、助けを求める声は境内の隅から聞こえてくることがわかった。両親を引き連れて、声がした方向に足を進める。


「あら、こんなところに汚い段ボールがあるわね」


「これはまた、ひどい状態だね。もしかして、この中に」



「ここから聞こえるよ!開けてみるね」


 両親の戸惑った声を無視して、歩武は境内の隅に置かれた水にぬれて汚れて湿気っている段ボール箱を開けてみる


「みゃー」


 そこには衰弱して、今にも死んでしまいそうな黒猫の姿があった。




「ジリジリジリ」


 ここで歩武は目が覚めた。目覚ましを止めて辺りを見渡すと、歩武の隣で動物の姿に戻って寝ていたセサミとアルが目に入る。深呼吸して歩武は彼らを起こさないようにベッドから降りて今の自分の状況を確認する。部屋の中に置かれた姿見で自分の姿を映す。鏡の中には、中学生の自分がパジャマ姿で自分を見つめていた。



「おはよう。起きてすぐに自分の姿なんか確認してるけど、変な夢でも見たの?」


「ナルシストなところは、あいつに似ているな。あいつもよく自分の姿を確認していると言っていたな」


 歩武がベッドから離れたことを察したのか、セサミとアルも目覚めたようだ。ふわりとあくびをしながら、歩武の足下にすり寄っていく。そんな可愛らしい様子の二匹をかがんで抱き寄せて頭を撫でてみる。しかし、いつもなら癒されるところだが、今日はそんな気分になれなかった。いつの間にか、彼らに実体があることに慣れてしまっていた。



「小学生一年か、幼稚園か、いつの頃かわからない夢を見たの。神社でセサミみたいな捨て猫を拾ったの」


 このタイミングで、初めて捨て猫を拾った時の夢を見るものだろうか。歩武はしばらく自分が見た夢について考えていた。


「あゆむー。さっさと朝食を食べにきなさい!今日も学校があるでしょう!」


突然、母親の階下からの大声が歩武の部屋に響いた。慌てて目覚ましで時刻を確認すると、すでにいつも起きる時間よりも遅い。急いで支度しないと学校に遅刻してしまう。


「今から行く!」


 歩武は部屋を出て、一階で朝食を準備している母のもとに向かうため、階段を駆け下りていく。どたどたと、うるさい足音が歩武の部屋まで響いていた。




「捨て猫、ねえ。やっぱりあいつはオレと同じだったのか」


「とはいえ、捨てられた場所が場所だから、あんなに力があるのかもねえ」


 部屋に取り残された二匹は顔を見合わせて、はあとため息をつく。ボンと白い煙が上がり、二匹の動物は姿を変える。煙が晴れると、そこには猫耳少年とうさ耳少年が姿を現した。


「さて、協力するなら、まずは情報収集しないとな」


「気を付けてやらなくちゃいけないよ。相手はきっと、僕たちにとっての天敵だろうから」


 二人は歩武の部屋の窓から外に飛び出した。

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