14きょうだい
「遠野さん!」
教室を出て廊下を早歩きしていると、後ろから声をかけられた。聞き覚えのある声に振り向くと、数日前に会ったミコの彼氏らしき人物が、息を切らして歩武を見つめていた。
「あ、安倍先輩、ですか?」
声に聞き覚えはあったが、見た目は以前ミコと一緒に会った時とは全然違っていた。戸惑いつつもつい、確認してしまう。歩武の目の前には、前髪で目を覆い隠しているうえに、黒ぶちメガネをかけた、ざ、オタクという風貌の男がいた。
「少し、声を抑えてくれる?」
歩武の言葉に返事をする声はやはり、安倍清春だった。そういえば、彼が学校内ではかなりの有名人だったことを思い出し、慌てて声を潜めて問いかける。慌てて歩武が声を潜めて清春に問いかける。
「それで、私に何の用事ですか?私は、今から家に帰るところですが。もしかしてナンパですか?それとも、ミコのことですか?あいにくと、ミコは」
「あいつに似てきたね。ナンパなんてしなくても、僕は女子から話しかけられることも多いから、わざわざそんな面倒なことはしない」
清春も声を潜めて、自慢にしか聞こえないような言葉を返す。しかし、自分が歩武に話しかけた理由を思い出し、瞬時に話題を切り替える。
「うちの兄が学校に来ているんだ。君がミコとか呼んでいるあいつは、すでに目をつけられている。遠野さんも近いうちに狙われるとは思ってはいたけど、まさか学校にまで押しかけてくるとは」
話している間も、辺りをきょろきょろとせわしなく見渡す清春に、歩武は校門付近で見かけた男のことを思い出す。
清春の兄というのは、校門近くにいた男のことだと悟り、とっさに彼の腕を引っ張ってしまう。彼がこの男の兄だとしても、とりあえずこの場から逃げた方が良いと本能が告げていた。
「急ぎましょう。私があなたの兄とやらに会わない方が、先輩にとって都合がいいんですよね。行きますよ」
「う、うん。察しが良くて助かるよ。急ごう」
二人は周りから見たら走っているとしか思えないスピードで廊下を歩きだす。こちらに向かっていた長身の男とは、運よく会わずに玄関にまでたどり着く。
「私はこれから家に帰りますけど、先輩も家に来ますか?」
「まだ出会って二度目の男を家に呼ぶのは、さすがに僕に対しての警戒心がなさすぎるよ」
「兄に会っていかれますか」
「まずは学校を出よう」
親切心から出た言葉だったが、それ以外にもミコのついての情報を知っている可能性があると踏んでいたため、下心も持ち合わせた発言だった。歩武の発言に苦笑した清春だったが、自分の兄には会いたくないらしい。二人は急いで学校を出た。
歩武は家に帰ることで頭がいっぱいで気付かなかったが、玄関に到着するまでにクラスメイトや他の学年の生徒に全く会うことがなかった。放課後の生徒が行きかう校舎内でそんなことが起こることはありえない。そんな違和感に気付くことはなかった。
〇
「まったく、あいつに事前に言っておいてよかったわ。少しは使える男のようね」
二人が校舎を出て、これからどうするか話し合いながら帰宅する様子をこっそりと見守る者がいた。校門から少し離れた歩武たちからは見えない死角で、彼女は安堵のため息を吐く。自分に興味を持った男と姉が接触しないように、安倍清春に頼んだのは正解だった。彼女は遠ざかっていく背中をじっと見つめていた。
「誰が使える男なんだろうね」
「どうして、学校まで来た?私はちゃんと学校が終わったら、あんたのもとに戻ると書置きしておいた。学校以外の時間はあんたの好きにすればいいと。だから、お姉ちゃんのことは」
姉の姿を見つめている彼女に声をかけたのは、歩武がミコの教室から見かけた長身の男だった。彼は肩をすくめ、おどけた調子でミコの言葉に返事する。
「人間の言葉を信用するなんて、人外がするとは思わなかったよ。ずいぶんと人間社会になじんでいるようだ。あの女にそこまで固執する理由がわからんな。大した能力もない、ただの凡人に肩入れする理由はなんだ?」
「お前みたいな人間に言う必要はない」
「そう言っているのも今の内だ。それにしても、お前と弟がそこまで親しくしているとは知らなかった。弟にも少し、仕置きをする必要が出てきたな」
「それは別に構わないが、お姉ちゃんには、て、を、だ、だす、な」
ミコは、自分が人外と言われていることを否定しなかった。ただ、姉に対してのみ、警戒し、男に忠告する。
「はいはい、君のお姉さんについては、危害を加えないことにするよ。ということで、さっさと僕の家に戻ろうか」
男は話しながら、右手をミコの前で上下に振り下ろす。すると、ミコは突然、何者かに押し倒されるような強い圧力を感じて地面に倒れこむ。息が苦しくなる。
「おまえ、お、おぼえ、ておけ。おねえちゃん、にて、をだ、したら……」
遠のく意識の中でも、姉のことを心配する彼女の様子に、男は冷笑を浮かべる。
「これじゃあ、どっちが悪を退治しているのかわかったものではないな。まったく、これだから、人間の生活に長くいすぎた存在を消すのは胸が痛い。僕はあくまで人間のために仕事をしているのに」
まるで目の前の彼女がゴミであり、汚らしいものかのように見ていたが、意識を失った彼女をこのまま放置するわけにはいかない。
「とりあえず、俺の家に運んでおけ」
男は周囲に誰もいないことを確認して、何者かに命令する。すると、突如、白い煙が立ち上り、黒スーツの男が姿を現れ、男に一礼する。
「かしこまりました。主」
すぐに男の命令に従い、ミコの身体を抱き上げて校門の外に向かって歩き出す。放課後で部活をしている生徒も多く、校門の出入りもそれなりにあるはずの時間帯にも関わらず、なぜか、男の周囲に人影はなかった。まるで、男の周囲に人払いの結界が貼られているかのような不自然さがそこにはあった。黒スーツの男の後を追うように男も歩き出す。
「どうやって家を抜け出したのか知らないが、この俺の束縛から抜け出そうと思わないように、しっかりとしつけ直さなくてはいけないな」
そのまま、二人の男とミコは、校門近くに止められた黒塗りの車に乗り込み、学校を後にした。
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