Escape from Madness

たぴ岡

0 Prologue

 ぐらぐらと地平線が揺れる。今立っていられるのが不思議なくらいに、直線は曲がりくねって、視界の全てが霧に包まれたようにぼやけている。

 何だろうか、私は何かに怯えているような気がする。それが何かは良くわからないが、けれどきっとその恐怖は私の中で沸騰しているらしく、足が震えて動けない。顔だけを動かし、ゆっくりと辺りを見回す。何かの影を認めて、ほっとするような、しかし泣いてしまいそうになる緊張に囚われている。

 その影は人間の形をしていて、その顔には何となく笑顔が貼り付けられているような気がする。誰だろうか。知っている人、なのだろうか。

「うふふ、そうだよね。怖いよね。でもね、君は僕が――」

 霧がすうっと溶けていって、彼の姿が鮮明に見え始める。

 かわいらしい顔に恐怖を感じさせるような、能面のような笑顔。嘘つきが見せる、詐欺師が偽る、あの表情。真っ黒のマントに身を包んでいて、両手を背中に隠している。

 知らない。私は彼が誰だか思い当たらない。しかし、どうしてだろうか。昔、会ったことがあるような気がする。青春時代を共に過ごしたような、そんな懐かしさを纏っている。

「あ、あなたは誰?」

 震える声でたずねてみれば、彼の顔からは温度が消える。それなのに細めたままの目が、私を貫くようで。

「僕を忘れちゃったの? でも大丈夫だよ、僕はそれでも達成できたらそれでいいんだ。だからさ――」

 彼はゆっくりと腕を前に出す。その手には鈍く光る、凶器――。

「死んでくれる?」

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