第17話

 それはまるで夜空に舞う雪のようで、数多あまたにキラキラと煌めきながら辺り一面を覆っていた。だが、それは雪である筈がない。何故なら、ここは海中だからだ。

 そのキラキラ輝く細やかな粒子は、ゆっくりと静かに海底へと沈んで行く。


 沈む途中、沢山のレプトケファルスが集まって来て、その粒子を食す。食す。又食す。

 食べきれなかった数多の粒子は、別の生物が待つ下へと沈んで行く。


 光が届かなく成り、煌めきを無くした数多の粒子は流されながらも更に沈んで行く。

 下で待ち構えていたヒトデや貝がその粒子を食す。食す。又食す。

 数は減ったが、それでも粒子はまだまだ絶えない。


 海中の色が暗黒に近づく。グロテスクな魚や不思議な姿をした海月が泳いでいる。

 それらを交わし、粒子は更に下へと沈んで行く。


 もう、魚は見当たらない。それでもまだ、粒子を待つ生物はいる。クセノフィオフォラやヨコエビなどだ。彼らも粒子を食す。食す。又食す。


 海の色が漆黒に成り、長かった粒子の旅も終わる。遂に一番下に辿り着いたのだ。其処は、ほとんど動く生き物が見当たらない死の世界。降り積もった数多の粒子が蓄積する世界だ。


 いや……動く物が居た。

 それは人の形をしていた。

 だが人では決して無い。

 何トンもの水圧に耐えて動ける筈が無い。

 第一、人が生身で辿り着ける場所じゃ無い。

 よく見ると、それは骸骨だった。

 頭部に瞳の無い目玉や、胴体に食道だけを残した骸骨だ。

 なぜか肺や肝臓は見当たらないが、代わりに浮き袋みたいな臓物がある。

 更によく見ると、骨や内蔵は透明のゼリーのような物に包まれている。骸骨と言うより中身が透けたゼラチン人間だ。

 その皮や筋肉が無い全身ゼラチンの人間が、背を曲げながら粒子が降り積もった海の底を、ふよふよと浮くように歩いているのだ。

 深海魚よりも不気味な生物が其処にいた。

 しかも一体では無い。十体、百体、千体……万体……無数のゼラチン人間が深海を一定方向を向きながら、ゆっくりと行進している。

 その不気味なゼラチン人間の大群の中に、一際異彩を放つ物が存在した。

 その生物が地上に居たのなら、まだ普通だったのだが、ここは超深海だ。

 そう……普通の人間の姿をした生物が一体だけ混じっており、深さ8000メートルの超深海帯を一緒に歩いているのだ。

 漆黒の暗闇の中、ゼラチン人間を引き連れた可愛い人間の姿をした生物は、赤と青の瞳を輝かしながら微笑んでいた。


 海底で過ごしていた幼虫こども達は、これから一斉に地上に上がる。

 成虫おとなに成る為に……。

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