生物の定義

第10話

 浜が全貌できる高台の公園にケイスは車を停めた。

 ドアを開けると海風が帽子を奪おうとしたので、ケイスは頭を押さえながら誰に言うともなく空に向かって文句を放つ。

 見下ろすと数名の警察とレンジャー隊が現場検証を行っていた。

 武器を構えている者は1人も居ない。


「チッ!遅かったか……」


 ケイスが察するように、ブロンドのモルティングマンは既に去った後なのだろう。


 ケイス、リンナ、ヒットガイの3人は車を降りると、歩いて浜の方に向かった。

 小さな観光地だが、浜の近くの道路には商店が立ち並んでいる。

 その商店街の方で数人の住民が集まって何やら騒いでいた。どうやら目撃者がオーバーアクションでモルティングマンとの遭遇の一部始終を他の住民に説明しているみたいだ。

 浜に着くと3人の前にまだ若いレンジャー隊の一人が走って近づいて来た。真面目そうな感じの良い青年だ。彼はMMSRと呼ばれる対モルティングマン討伐レンジャー隊の1人である。


「ミネハタ博士!ご苦労様です!自分はMMSR第3部隊、隊長のエリックであります。目撃報告の有った1体のモルティングマン、通称『ブロンド』は、約30分前に大型の鳥に変態してこの場を去った模様です」


「報告ありがとうございます。それで被害の規模は?」


「はい!死者、行方不明者、負傷者の報告はまだ入っておりません。商店街の商品の洋服が3枚、バッグが1つ、飲食店の看板が1枚、漁用の網が1枚、玩具が1つ、殺虫剤が1つ、チューブボードが1つ、以上の器物などが破損を受けた模様です。ブロンドが噛り、食したようです」


「ん?奴は人間を食おうと暴れまわったのじゃないのか?」


「ミネハタ博士、こちらの方は?」


「ああ、すまん。エリック隊長。俺はリンナのお手伝いさんだ。よろしく」


「あ、ハ、ハイ!宜しくお願い致します。そうなんです。最初は商店街をウロウロしながら商品を嬉しそうに見ていただけだそうです。服も着ていたので住民は近くの郡の観光客だと思っていたそうなんです。そうしたら突然、商品を食べだしたらしいんです」


「まあ、ノミを食うような変な個体だからな。他に変わった事は?」


「商品を食べだす前は、住民に『旅の方ですか?』と聞きまわっていたそうです」


「やっぱり間違いない。あの変態女だ」


「そして旅行者が『はい』と答えると『東海岸から来たケイスさんですか?』と更に聞いて来たそうです」


「はあ?なんだそれ?ブロンドは本当に『東海岸から来たケイス』だと言ってたのか?」


「はい。聞かれた旅行者は2人だけですが、2人とも『東海岸から来たケイスさんですか?』と聞かれたそうです」


 ケイスは思い返してみた。ブロンドと対している時に『ケイスさん』は、リンナの言葉から真似たんだとしても、『東海岸』なんてワードは2人から出て無いはずだ。なのに何故ブロンドから『東海岸』ってワードが出てきたのかを不思議に思い、推量する。


「リンナ。俺は奴の前で『東海岸』って言葉は使っていない。奴は、どうやって俺が東海岸から来たのを知った?」


「バイクのナンバープレートを見たのでは?既にブロンドはキメラで、文字を読めるまでの知力が有るのかも知れません」


「いや、あのバイクは旅の途中で購入したんだ。プレートは東海岸の物じゃなかった」


「では、何処かで『東海岸』って言葉を覚え、適当に繋ぎ合わせたのかも知れませんね」


「なるほど。偶然の可能性は有るかもな」


 3人はブロンドが立ち寄った店や、残していった皮などを調べていたが、特に新しい情報は手に入らなかった。3人は再びブロンドが戻って来るかも知れないので、浜で暫く待機する事にした。


「なあ、リンナ。奴等は都市を集団で襲う時、どうやって仲間を呼び寄せ合ってるんだと思う?」


「おそらく人間の耳には届かない超音波を使っているのでしょう。各国が正体不明の音波を捉えていますので。クジラなどの海洋生物が超音波でコンタクトを取ってるのは有名な話です。陸上は海中ほど遠くには届きませんが」


「やっぱりな。だとしたらブロンドは偵察隊の可能性が高くないか?次に襲う都市を選んで、空から超音波を発して仲間を集める役だとしたら?」


「もし、モルティングマンがそのような社会性の有る集団行動をしているのなら、おそらくリーダーが居るのでしょうね。そのリーダーが深海に住んだままで司令を出してるなら厄介ですが」


「そのリーダーは作戦を考えれる位の頭の良いスリータイプ以上のキメラって事だよな」


「おそらく」


 ケイスは海を眺めた。

 風が強く、波が少し高い。

「この太平洋側にもモルティングマンは住んでいるのだろうか?」と、不安を募らせながらケイスは考えていた。


「ケイス!」


 何時も無口なヒットガイが突然叫んだ。


「どうした?ヒットガイ」


「あれ、見ろ」


「あっ!!」


 ヒットガイが指差す方向は険しく切り立った海蝕崖の方向だ。

 その崖の上に人が立っている。

 その人物は髪がツートンカラーの不思議な容姿の子供だ。

 遠くを眺め、何かを探しているようにも見える。

 3人に緊張が走った。


「ケイスさんがレストエリアで出会った少年ですか?」


「ああ、間違いない。これは偶然か?……いや!違う!ブロンドがなぜ俺が東海岸から来たのを知っていたか、理由が分かったぜ」


 ケイスはオート拳銃の弾倉を確認した。

 そして銃を懐にしまってから崖の方に向かって指笛を吹く。

 少年はケイス達の方を向き、手を振った。

 合わせてケイスも大きく手を振る。


「どうする気です」


「俺はあの子供に東海岸から来た事を喋っている。そして、あの子供は初めて会ったのに俺の名前を知っていた。つまり、あの子供とブロンドが同一固体なら全ての辻褄が合う。あの時、ブロンドはレストハウスまでこっそり尾行してたんだ。だが、これは只の推測で確証は無い。だから確かめてくる」


「1人で行く気ですか?もし、あの少年がブロンドなら昆虫にも変化出来るスリータイプ以上のモルティングマンという事に成ります。1人では絶対勝てません」


「分かっている。海の方はどうなっている?」


「現在、湾岸警備隊が航空機と巡視船を使ってブロンドの行方を捜索中です」


「コチラに向かうよう伝えてくれ。出来れば海軍の援護も。それと俺が注意をそらしてる間に、レンジャー隊は崖の後方から回り込んで待機するように頼んどいてくれ」


「我も同行しよう」


「いや、警戒して逃げるかも知れない。ヒットガイも後ろで待機して奴が変態したら直ぐに攻撃出来るよう準備しといてくれ」


「我、分かった」


「そして、リンナ。全員にあのガキが変態したら躊躇なく俺ごと撃ち抜くよう伝えといてくれ。もし、奴がモルティングマンならリーダークラスの大物って事に成る。取り逃がす訳には行かない」

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