青年は過去を乗り越える。そして未来へ……
「白鯨……!?」
「いかにも、我が獅子龍白鯨でござる。」
微かに脂汗を垂らした黒ぶち眼鏡の太った男が俺たちの間に立ちふさがる。腕を組んで必死に虚勢を張っているが、その背中は震えていた。
「どうしてここに!?」
「われの事を聞くよりも先に、泉殿を追いかける方が先決ではござらんか?」
たしかに悠の後を追いたい。けれどそれ以上に彼と粟谷を残す方が不安だ。
「あれ、わざわざ来たんだ。ブタ男。また虐められたいの?」
「何を言っておる。あの時の我とは違うぞ?」
白鯨に突き飛ばされる形で悠を追いかけた。
「どけよ、ブタ。」
「どかないでござる。おっと、声を出しても無駄でござるよ。秘策があるからな。」
体を震わせながら白鯨は立っていた。粟谷の冷めた目つきを見ていると高校時代のみじめな自分を思い出して背筋が凍る。ましてや、弱みを握られている立場だ。
「何勘違いしてんのか知らないけど、アンタに興味はないから。どいて。」
「我は、量殿に救われたんでござる。だからこそ、今度は我が助けるんでござるよ。」
苛立ったため息をついて粟谷はスマホを取り出した。
見せつけるように突き出した画面に映っているのは光と妹の姫蘭。そして、彼女たちを車に乗せる自分の姿だった。たしかに見せ方によっては悪いことをしようとしている現場にしか見えない。
「ねぇ、この写真がばらまかれて困るのは理解してるでしょ?わかったらどいて。」
「これだからビッチは。我はもともとクラッカーをやっていたんでござるよ?」
白鯨が最も得意とするのは、コンピュータウイルスの作成。それを基にしたセキュリティソフトの開発だ。業界の第一人者ともてはやされるほど優れている。
彼にかかれば、アメリカのサーバだって玩具に過ぎない。
「インスタでござろう?すでに把握済みでござるからな。投稿ボタンを押してみればいいでござる」
「は、なにブタ風情が強気に出ちゃってんの?どうなっても知らないからね。」
SNSへ画像をあげようとすると『失敗しました』というエラーメッセージが流れる。
「なにこれ!?」
何度も投稿ボタンをタップしていると、『エラー回数オーバー。画像データを消去します。』と無感情なアナウンスが流れる。
「は!??」
「クラウドに保存していたデータも削除済みでござるよ。これで、脅しの材料はなくなったわけだが?」
彼にとってみれば、無料で使えるクラウドソフトなど片手間でハッキング出来る。
当然違法行為であるが、いくつもの海外サーバを経由することで足がつかない細工もしてある。アナログな方法で画像が残されていたらさすがに手出しできないが、それがないことも確認済みだ。
「こんどからは、プリンターにもセキュリティを掛けることをおすすめするでござるよ。」
「別に、アンタを訴えればいいだけでしょ。プライバシーの侵害じゃん!!」
「それが証拠がないんでござるよ。非常に残念でござるが。」
これで量が彼女の言うことを聞く理由はなくなった。
それどころか、まともに接触することも難しいだろう。それもこれも、白鯨が事前に準備していたからだ。
「量くん、アンタに喋ったの?あの周りの見えない合理主義者が?」
「そんなわけないでござろう。量殿は、良くも悪くも人を頼らないでござるから。」
粟谷が画像のバックアップをしたことで、白鯨自作の画像検知ウイルスに引っ掛かって気づいたのだ。
「だったら……」
「悲鳴でも出すつもりでござるか?その瞬間に火災警報が鳴りだすことになるでござるよ。」
すでにショッピングモール内の警備システムもハッキングしてある。
監視カメラで、悠の所在も把握しており、リアルタイムで量に通知している。
「量殿は、パートナーに合理など求めてないでござるよ。ちゃんと向き合えば、理解できたかもしれないでござるのに……。」
粟谷は、合理主義などではない。
憧れの量に少しでも好かれようと必死に取り繕っていただけだった。だからこそボロが出た。幸い、量はそれに気づかずうまく使い分けているのだと勘違いをしていたが。
「合理主義なんて疲れるだけでしょ。だったら……」
「我をいじめるのもしょうがないという言い訳でござるか?みじめだな。」
その場で立ちつくす粟谷を置いて白鯨はその場を後にした。
……to be continued
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