ショート:お酒に頼るよりもよほど合理的なストレス発散法
テーブルに用意されていたのは、シンプルな牛丼。小鉢に漬物が用意されており、温めている最中のなめこの味噌汁も一緒に並べたら、ちょっとした定食屋のようだ。
「お酒、飲まれますか?」
「今日は飲もうかな。ちょっと、精神的にキツイ…。」
未だに部長の怒号が頭に響いており、専務の冷たい目つきが忘れられない。あの場で辞表を出せていたら、どれほど楽だったろうか。その勇気も無いし、悠のことを思えば、そんな子供みたいなまねは出来ないが。
「例のボンボンがちょっと大きめなミスをしやがってな…。それが俺の確認不足ってことで怒られたんだよ。」
「うわぁ。ひどいですね。」
「そこまではいつものことだが、わざわざ専務が来てな。くぎを刺されたんだよ。」
「けど、言い返さなかったんでしょう?偉いですよ。」
悠が手を伸ばすのに合わせて頭を差し出す。
俺もこの暖かさを拒むことはなくなった。彼女の愛を受け取ることは悪いことではないと気づけたからだ。
「量さんは、いつも頑張ってますよ。大丈夫大丈夫。」
「うん。」
俺が牛丼を食べ終わったのを見ると、わざわざ隣に座りなおしてハグをされる。彼女の甘い匂いは風呂上がりだからだろうか。全身が熱を持っていて、どちらの体温なのか曖昧になっていく。
この心地よさに揺られて何も考えずにいられたら…。
「さ、お風呂入ってきてください。続きはそれからです。」
「ごめん、臭かった?」
「いえいえ。私は洗い物をしなくちゃならないので。それに、ゆっくりしたいでしょう?」
優し気な手つきで俺を送り出す。薄く浮かべた微笑みにドキリと胸が弾んで大人しく言う通りにした。
風呂から上がると、スナック菓子と軽いつまみ、そして二人分の飲み物を用意して悠は待っていた。あいにく明日も仕事であるため、深酒というわけにはいかないが、二人でおなじ炭酸水を飲んで話をする時間はたまらなく楽しい。
「悠は、学校どうなんだ?」
「光ちゃんってお友達が出来ました。また今度遊びに行くんです。」
こうして彼女の話も聞いてみると、いたって普通の女子高生のようだ。能面のような顔の下に隠されていた、貴婦人のような笑顔につられて口角があがる。
だんだんと夜も過ぎて言って、話も尽きてくる。ふらふらと悠の頭は船を漕ぎ始め、それにつられて眠気がやってきた。力の抜けた彼女を抱きかかえて寝室まで運ぶ。
子供らしく甘えた声音で「一緒に寝ますか?」と誘われた。
「つかれたし、そうしようかな。」
嘘だ。とっくの昔に仕事の疲れなど吹っ飛んでいる。
けれど、その嘘と悠に甘えて、彼女の寝室にブランケットだけ持ち込むと床に寝そべった。
ベッドから垂れ提げた彼女の手を握ると、「うふふ、暖かいですね」と笑った。すでに彼女の瞼は閉じており、このまま眠るつもりらしい。
「ああ、本当に暖かいよ。」
俺の声は、眠る悠に届いたのだろうか。
……to be continued
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