休みの日にいつまでも寝てると頭が痛くなる。そして次の日起きれなくて辛い。

 悠がドライヤーで髪を乾かす時間も、昨日より短くなった。買ったばかりの水色のルームウェアを着て脱衣所から出てきた彼女は、ほのかに湯気立っていて、前髪をヘアピンで留めていた。


「短いと楽ですね。これからは頻繁に切ろうかな…。」

「それはいいかもな。また車を出すからいつでも言ってくれ。」


 飲みかけの炭酸水をもって風呂場へと行く。サッと湯を張りなおして頭からシャワーを浴びると、かすかな眠気も吹っ飛んでいった。風呂上がりに、普段は飲まないエナジードリンクを一気に流し込むと、喉が焼けるように熱くなった。


「おやすみ。明日は昼まで寝るつもりだから、朝食はいらない。」

「フフ、あれ本当だったんですね。わかりました。おやすみなさい。」


 自室に戻って、ゲームを起動する。夜の静かな時間では、かすかな駆動音もうるさく聞こえる。普段はパソコンでオンラインゲームを遊ぶことが多いが(もしくは自分で作るか)、明日は悠と一緒にやる予定なのだ。久々にコントローラーを握ったせいで微かに埃っぽい。


「布…。布無いな…。悠が片付けたのか。」


 パソコンのキーボードの埃を払うためのブラシを使うが、形状が違いすぎるためにうまく払えていないようだ。まぁそこまで気になるわけでもないし、明日悠が使う前に吹けばいいだろう。


「……ま、一時間だけやるか。」


 壁にかかった時計を見て、日付が切り替わる寸前であることを確認してから、コントローラーのボタンを連打する。それだけやれば、ぎこちない動きも勘を取り戻すだろう。


「……明日は昼に起きるし、あと一戦ぐらい。」

「…いや、今の負けるのはおかしいだろう。もう一戦。」

「結構連勝出来てるな。もう一回いこう。」


 瞼が落ちるたびにエナジードリンクを胃に突っこんで眠気を誤魔化す。ヘッドホンから鳴り響く戦闘音と、眠気覚ましの爆音ロックが頭を支配して、眠気と相まって正常な判断がつかなくなる。

 深夜帯では強いプレイヤーとしか戦えず、連敗に次ぐ連敗だった。それでも意固地になってゲームの電源を落とすことができなかった。


「……ん、…りさん。量さん!!」

「うおぉ!!あ…、悠?」


 コントローラー片手にいつの間にか眠っていたらしい。あまりの睡魔に耐えかねてゲームに宙に寝てしまったようで、画面には『YOU LOSE』のメッセージと『途中でゲームが放棄されました』という警告が表示されている。


「いま、16時ですよ。さすがに寝すぎじゃありませんか?」

「は!?ってことは……ほぼ半日寝てたのか…!!」


 ゲームの履歴を見るに朝方の4時13分ごろに寝落ちしたらしく、今、壁掛け時計がさす時刻は15時53分。約12時間寝ていたことになり、俺の想定よりもずっと遅い。さらに、時間を確かめたことで、思い出したかのように頭痛と節々の痛みが襲い掛かり、もはや空腹すら感じなかった。


「お昼、焼きそばですけど食べますか?」

「ああーー。ちょっとまって…。……うん、少しだけ食べる。」


 あれだけ寝ていても消えない眠気にうんざりしていると、ゲーム画面を眺めていた悠が微かにため息を吐いた。どうやら彼女もうんざりしているらしい。…本当にごめんなさい。


「ご飯食べたら、一緒にゲームやるか?」

「まだやるんですか……。まぁいいですけど。そんなに面白いんですか?」

「いや、昨日はちょっと…。」


 上手な言い訳も思いつかず、気まずげに目を逸らすしかできない。彼女を引き取って二週間が経とうとしているが、だんだんと表情豊かになってきており、いまも膨れっ面を見せている。


 目をこすりながら寝室から出ていくと、ラップの掛けられた焼きそばがテーブルに置かれている。リビングでは、今まで悠が見ていたであろうテレビが映っており、何かのドラマの再放送が流れていた。未だ残る睡魔を追い出すために炭酸水を一気飲みすると、脳みそを現れるような爽快感に満たされる。


「少し硬くなっちゃってませんか?」

「いや、美味いよ。」

「今日は鮭のムニエル作る予定だったんですけど、夜ご飯食べられますか?」


「あー。ほんとゴメン。ちゃんと食べるから、作ってほしい。」


 素直に頭を下げると、かすかに笑ってから「わかりましたよ。」という。俺の頭に手を伸ばし、子供でもあやすように撫で始めた。

 くすぐったくて恥ずかしかったが、偉そうにそれを止める権利はない。


「じゃ、ゲームやりましょうか。ルール教えてくださいね。」

「お、おお。」


 甘んじて受け入れていると、突然手を離して俺の部屋へと向かう。なんとなく寂しいような感覚に陥るが、きっと気のせいだろう。


「はい、コントローラー。ここで攻撃して、こっちがガード。そうそう。」

「攻撃、ガード、こっちがジャンプで…。」


 あの父親から持たされたスマホで、ちょっとしたスマホゲームを遊んでいたことぐらいはあるようで、そこまで操作がおぼつかないというわけではないようだ。


 少し教えるだけで、すっかり悠もハマったようで、楽しそうにカラカラと笑って遊んでいる。時計の針がグルグル回っているのも気にせずゲームに熱中していると、俺のトイレ休憩で時刻が九時近くまで過ぎていることに気づいた。


「あ、ご飯の支度してません!!」

「やっべ…。出前で済ませるから、悠は先に風呂入ってくれ!!」

「わ、分かりました。」


 注文のためにスマホを取って、近くのピザ屋に電話を掛ける。脱衣所越しに彼女と相談してピザとナゲットのセットを注文すると、俺が風呂に入っている間に届いたようだ。


「量さん、届いてますよ。食べましょう。」

「おお、ありがとう。うん、久しぶりに食べると美味い。」


 毎日となると、脂っこくてきついが、週に一度ぐらいならいいアクセントになるだろう。というか、味の濃いチーズが苦手なのに、なぜピザを選んでしまったのか…。


 さすがにもう一度ゲームをやる気にはならず、ごみを捨てて寝る間際の炭酸水でのどを潤してから寝室に向かう。ベッドに倒れ込むが、どうも眠れない。…原因はわかりきっているが。

 しばらくごろごろと転がってみるが、全く眠気などやってこない。軽く仕事をしてみようかとパソコンを起動してみるが、暗い部屋にブルーライトが照らされて余計に眠れなくなってしまいそうだ。


「水でも飲むか……。」


 ホットミルクでも飲めば、眠くなるだろうと思って冷蔵庫を開けてみるが、牛乳が見当たらない。炭酸を飲んだら余計に目が覚めてしまうだろう。別に尿意があるわけでもないのにトイレに行ってみたりしてみるが、全く意味はない。


「量さん…?どうしたんですか?」

「あ、悪い。起こしたか…。」

「眠れないんですか?こっちの部屋、来ます?」


 それはまるで、天使の誘いのような。小悪魔の魅了のような。


 俺の部屋とは違って、カラフルな家具や可愛らしい服などがかけられた別次元。悠のシャンプーの香りだろうか。あまり花のような香りが漂ってくる。

 本当にここに俺が入っても許されるのだろうか?


 不安に駆られながらも欲望には逆らえず、誘われるままに悠の寝室へと入っていく。藍色のベッドに座り込んだ悠が手招きをする。素直に従って隣に座ると、頭を引っ張られて倒される。

 急なことだったが不思議なことに柔らかなものを枕にしていた。


「膝枕…?」

「はい、こうしたら、眠れないかなと思いまして。」


 悠はスキンシップが多いほうだと思っていたが、ここまで触れられることはなかった。だからこそ、ほとんど初めてともいえる人肌の温かさに戸惑ってしまう。

 しかし、俺の迷いや焦燥感をかきけすように、優しい手つきで頭を撫でられる。


「大丈夫。大丈夫ですから。」


 ただ、大丈夫と言われるだけで、こんなにもうれしいとは思わなかった。この暖かさの中に永遠に居たいと願うことすら許されず、呼んでもないのにやってきた眠気に従わされてしまう。


……to be continued

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