キツネと人のQuarter~そして半分幽霊~
飛永英斗
第1話 謎の狐の子
虫達の大合唱をBGMに、足場の悪い夜の森を歩く。肩に下げている虫篭が、歩く度に足に当たって鬱陶しい。更に真夏のこの暑さでストレスが溜まる。
大学生の鮫中大賀は、金欠である。一人暮らしを始めて早一年、高校生時代に貯めていた貯金も徐々に減っていき、通帳は五桁を切ってしまった。家賃が月に五万、そこからガス代や水道代などを引いたら、友達と遊ぶ金どころか食事代まで無くなってしまう。
そんな時、大学の帰り道にある駄菓子屋の前に貼ってあったポスターを発見した。そこには、カブトムシやクワガタを持ってくれば、一律五百円で買取します、と記載されていた。
昔から虫取りの腕には自信があった。十匹も取れば三日分の食事代は賄えるだろう。そう考えて直ぐに虫取り籠を購入し、今宵、森の中で昆虫をゲットしに来たのである。
既にカブトムシが三匹籠に入っている。あと七匹でノルマ達成だが、探し始めて一時間経っている。この調子だと夜が更けてしまう、一刻も早く採集しないといけない。
その時、森が騒めいた。先程まで風など吹いてなかったのに。大河の肩は不覚にも上がってしまう。
追い打ちをかけるかのように、ザク、ザク、ザクと誰かがこちらへ向かってくる足音が聞こえる。気づけば大河の足は動かなくなっていた。
迫りくる恐怖に、大河は目を閉じ、木の傍に屈む事しか出来なかった。きっと金銭目的で入って来た俺を、森の神様が怒って追い出そうとしているんだ。そう思った大賀は、直ぐにカブトムシを全部逃がした。
だが、足跡が止む事はなく、あと数メートルの所まで近づいてきた。ああ、多分殺される。大賀はそう確信した。
「お兄さん、折角捕まえたカブトムシ、全部逃がしてよかったの?」
「え? ひゃあっ!?」
今までの恐怖を打ち消すかのように、高く可愛らしい声が森に響く。その方へ顔を向けると、狐のお面を顔に付けた、身長の低い人が立っていた。だが、お面の下はパーカーに短パンと、至って普通の恰好だった。
「ああ、ごめんね。私、これ身に着けてないと人間になれなくて」
「に、人間になれないってどういう…」
「こんな時間に森に来るなんて、よっぽど暇なんでしょ。一杯相手してくれない?」
狐のお面の人は、片手にコーラ瓶を持って、太賀に見せてきた。何だか、とてもフレンドリーな感じだけど、少し不気味にも感じた。だが、カブトムシも逃がしてしまったし、収穫なしで帰るのも気が引けるので…。
「…一杯だけな」
太賀はそう返答した。
※
「へー、お金に困ってるんだ。一人暮らしって大変そう」
「大変何てモンじゃないよ。生活費に上乗せで、飲み会代とか遊び台で持ってかれちゃうし、自分に使うお金なんて雀の涙ほどしか残らない」
「ツラみが深いってやつ? アハハ」
大賀と狐のお面の人は、神社の階段に座って会話を繰り広げていた。
名前は優弧(ゆうこ)というらしい。お面の下は美形で、外した時、一瞬ドキッとしてしまった。
「さっきから俺にばかり質問してくるじゃん。こっちだって色々聞きたいことあるんだけど」
「例えば?」
「狐のお面被ってないと人間になれないって言ってたじゃん。あれどういう事?」
「私のパパが人間と幽霊のハーフで、つまり私はクオーター。遺伝で私も半分人間で半分幽霊になっちゃったって事。でも、この狐面の付けてれば実体化して、外せば幽霊になっちゃう…えい」
「いたたた! 急に頬を抓るなよ!」
「夢じゃないって事を証明しただけ。信じてない顔だったから」
そりゃそんな顔にもなるわ。人間と幽霊のハーフなんておとぎ話でも聞いたことないし、直ぐに信じられるものならそうしてみたい。
「それに、幽霊のクオーターといっても…狐の幽霊のクオーターなんだ」
優狐は立ち上がり、お尻の方を向けてきた。すると突然煙が巻き上がり、太くてモサモサした尻尾が飛び出してきた。大賀はますます夢なんじゃないかと錯覚してしまう。
「…何か言ってよ。人様の尻尾見ておいて黙るなんて失礼じゃん」
「見せてきたのはそっちだろ! でも、本当にこんな事ってあるんだ…」
「そんな夢心地なら、明日も会おうよ。それなら、夢じゃないってわかるでしょ?」
「う、うん…でも何処で?」
「大賀くんの家なら、いつだって行けるよ。今日はありがとね。私も帰らなきゃ」
「一人で夜道歩くのは危険だ。俺が家まで一緒に」
「大丈夫、お面さえ外しちゃえば、誰からも声かけられないもん。じゃあ、また明日ね」
じゃあね、と言えないまま、優狐は姿を消してしまった。さっきまであった気配も、風と共に消し去られた。
にしても、俺の家にいつでも行けるとは、どういう意味だろうか? 優狐は幻影だったのか? 優狐の家族は何処に住んでいるのか?
帰り道は、優狐の事しか頭になかった。
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