第102話 精霊術士、第1層を進む

 大きく口を開けた光のゲートに飛び込むと、僕らはいつの間にか、青々とした芝の広がる高原にいた。


 頭上には真っ青な空が広がり、太陽すらも僕らを照らしている。


 明らかに、建物の中とは違うその光景に、初めて、それを体験したコロモ達が目をぱちくりとさせていた。




「す、凄い、話には聞いていましたが……」


「聖塔は1フロア毎に、異次元のようなものだからね。フロアによっては、海があったり、砂漠があったり」




 塔としての外観はあくまで見た目の上でのもの。


 実際の塔の中は、このように、様々な環境が広がっており、フロアごとに大きく様変わりする。


 フロア全体の大きさも、塔の直径よりも明らかに広大であり、上層に行くほど、1フロアを攻略するのに、かなりの時間を要するようになっていく。




「女神様の御力は本当に偉大です……」


「様々な環境があるというのはありがたいな。本当に、ただただ迷宮を進んでいくだけの攻略は気が滅入る」


「ははっ、それはそうかもしれませんね」




 とはいえ、20層を超える頃には、そうも言えなくなってくるのだけど。




「ダンジョンも凄いですけど、このカメラの数も尋常じゃないですね……」




 青空を見上げながら、そう言うのはエリゼ。


 周囲を見回せば、ありとあらゆる位置から、魔動カメラが僕らの様子を撮影している。


 その数、なんと30台。


 今回は、長期戦になる上、攻略に参加する人数も多い。


 また、天空の架橋の攻略では、ボスの雷攻撃で、カメラが甚大な被害を被ったという反省もあり、今回は、元より限界に近い数のカメラが導入される運びになった。


 本来なら、女神の魔力が常に発せられている聖塔の中では、放送局からカメラを操ることも難しいのであるが、僕らが、天空の架橋のボスドロップで手に入れた"レインボーライン"というアイテムを材料に、メロキュアさんが、聖塔の中でも、操作可能な魔動カメラをこの3か月で開発してくれていた。


 操作性だけではなく、堅牢さや環境適応能力もアップしており、どんな状況下でも、バッチリ撮影が可能だそうだ。


 つまるところ、僕らが聖塔を上り切るか、あるいはリタイアするまで、四六時中放送が続けられるというわけで、なかなか気が抜けない。




「私達の攻略の様子を、街の人みんなが見守っているのよ。格好悪いところは見せられないわね」


「ああ、低層域くらい、サクサクと進んで見せよう」




 こうして、たくさんのカメラに見守られつつ、15人のレイドパーティーによる攻略がスタートした。


 それぞれのパーティー毎にバラバラに進むのではなく、15人が役割毎にそれぞれ隊列を組む。


 つまり、前衛を張るのは、勇者の3人、チェルに、リオン、そして、グラン。


 戦乙女セシリアさんに、獣闘士クーリエさん。それと、蒼鷹の爪の戦士ターコイズさんと武闘家ロベリーさん。


 中衛は、大魔導士コロモ、大盗賊ヴェスパ、魔術師メグ、蒼鷹の爪の魔術師スプリさん。


 後衛が、精霊術士の僕に呪術師のカングゥさん、聖女エリゼ、蒼鷹の爪の回復術師ハピレスさんだ。


 人数もさることながら、勇者が3人も揃うなんて、前代未聞の豪華さと言えるだろう。




「なんだか、長閑ですね……」




 大人数でぞろぞろ草原を歩いていると、コロモが思わず独り言ちた。


 ぽかぽかの春めいた日差しの中を、ただただ広い草原の道を歩く。


 確かにそれは、さながらピクニックのようだった。




「初めての聖塔にしては、余裕だな。コロモ」


「あ、いえ、そんなつもりはなくて……」




 セシリアさんがからかうように言うと、コロモは顔をぶんぶん振って否定した。


 まあ、拍子抜けしたその気持ちもわかる。


 白亜の聖塔は超高難易度ダンジョンではあるが、塔の全域が、全て恐ろしい魔物が跋扈する鬼門というわけではない。


 低階層では、ほとんど初級ダンジョンと変わらないような魔物しか出てこない場所もあるし、こうやって、まるでピクニックと思えるような、穏やかな時間だってある。


 あくまで長い攻略のうちの一幕。


 緊張感のなさは、思わぬ危険に直結してしまうこともあるが、長丁場となるこのダンジョンでは、むしろリラックスできるときは、リラックスしておいた方が良い。




「周囲はアリエルに警戒してもらっています。敵が来たら、知らせますから、皆さんも楽にしていて下さい」


「ほう、やはり便利だな。精霊という存在は」




 勇者グランが、いつの間にか僕の傍にやってきていた。




「周囲の警戒もできれば、階層のゴール地点までまるわかりというわけか」


「こういう見通しの良いフロアに限りますけどね」




 実は、今の進行方向も、僕がみんなに示したものだ。


 かつては、それはヴェスパの役割だったので、正しい方向に進めるように陰ながら苦労したものだったが、今は、みんなが僕の指示を素直に聞いてくれるので、非常にやりやすい。




「うーん、益々欲しい。かわいいし。本当にかわいいしな。特に瞳が好きだ」


「あ、あはは……」




 ストレートすぎるアプローチに、思わず苦笑い。




「おい。ノエルがまた、困っているじゃないか」


「なんだよ、暁の。少しおしゃべりしていただけじゃないか。ノエルちゃんも、楽にしていいと言っているし」


「言っておくがな。彼女は、街のみんなのアイドルなのだ。お前如きが、うかつに話しかけて良い存在じゃない。おしゃべりがしたいのならば、きちんとルールに沿って、握手会に参加するがいい」




 いや、リオン。ちょっとそれは、ずれてる。




「はいはい。蒼い人も、紅い人もどいたどいた。ノエルは"私の"なんだからね」




 いがみ合う2人の男勇者を押しのけるように、チェルが、僕の左腕に、自分の右腕を絡めてきた。


 さながら、カップルのような行為に、僕の方が、ドキリと緊張してしまう。




「くっ、同性の役得か……」




 グランが、悔しそうに顔をしかめる。


 本当はあなたの方が同性なんですけどね……。




「極光の勇者よ。ノエルをよく守っていろ。この男、隙あらば、何をしてくるかわからんぞ」


「言われなくてもわかってるわよ。……まったく、昔は、自分からパーティーを追い出したくせに」


「何か言ったか?」


「何でもないわよ」




 と、そんなやりとりをしていると、アリエルがそっと僕の頬を薙いだ。


 風の瞳で確認すると、遥か前方から魔物の群れがやってくる。




「みんな、敵が来る。14時の方角。数は……30くらい。飛行タイプはいない」


「おっ、さっそく見せ場が来たな!」


「おい、蒼の……!!」




 アリエルさながら、風のように走り出す蒼の勇者グラン。




「ノエルちゃん、見ててくれよ! 俺の華麗なる戦いっぷりを!!」




 猛禽類のような目をさらに鋭く尖らせつつ、彼は、姿を見せた魔物の群れに向かって、飛び掛かっていたのであった。

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