第2話 精霊術士、ライブを見る
「きっと、あれが、新メンバー加入の話だったんだろうなぁ……」
思い返してみれば、納得することばかりだった。
新しいメンバーを入れると最終的に判断したのはリオンだろう。
僕を連れ出してくれた彼が、僕を切り捨てる決断をしたというのは、正直、かなりショックだった。
リオンとは、赤ん坊の頃からの付き合いだ。
幼い頃に、とあるきっかけで精霊と契約し、早々に精霊術士という
だから、ヴェスパやメグが、いくら僕のことをないがしろにしようと、リオンまではそんなことをすまいと、僕は勝手に確信していた。
でも、違った。
一緒にパーティーを組み、冒険を積み重ね、どんどん名声を上げていく中で、いつしか、リオンにとって、僕は足手まといになっていたのだろう。
考えてみれば、勇者と聖女という誰もがうらやむ
「はぁ……」
自然とため息が漏れた。
「でも、せめて、少しくらいは、相談して欲しかったなぁ」
自分をクビにするにしても、いきなりじゃなくて、事前に話をしてくれていれば、ある程度、納得できたかもしれない。
けれど、青天の
「これからどうしようか?」
少しだけ顔を上げると、僕は虚空へと問いかける。
すると、そこに、わずかに薄緑色の燐光が煌いた。
それだけで、"彼女"がそこにいることがわかる。
僕の相棒であり、風を司る大精霊である"エ・アリエル"だ。
幼い頃に、僕と契約した精霊であり、付き合いもリオンやエリゼに次いで長い。
精霊の格としては、トップレベルであろう彼女なのだが、いかんせん、明確な形を持っているわけでもなければ、人語を完全に理解しているわけでもない。
一般的な精霊というのは、小人に羽根が生えたような外見であり、人間好きで、おしゃべりが得意なものも多い。
しかし、アリエルは、格が高すぎるがゆえに、より存在が自然そのものに近く、よほど鋭敏な感覚を持っていなければ、その存在を認識することさえ困難という、なかなかに認知されにくい精霊だった。
つまるところ、アリエルに話しかけても、何の返事も返ってこないわけなのだが、幼い頃に、彼女に出会ってから、僕は、彼女に話しかけ続け、それはもはや習慣になっていた。
実際、出会った頃よりも、少しではあるが、人間の言葉を理解できている節がある。
今も、僕が意気消沈しているのをなんとなく感じ取ったのか、温かく包み込むような風で、僕の頬を撫でてくれた。
うん、少しだけ、元気が出たかも。
「まあ、考えても仕方ないか」
なんとかして、パーティーに戻る、なんて選択肢はない。元々、あそこには僕の居場所なんてなかったのだ。
だったら、やることは一つだ。
「とりあえず、新しく雇ってくれるパーティーを見つけよう」
精霊術士の僕にとって、ソロでのダンジョン攻略は不可能。
今日はもう夜になるし、明日にでも、ギルドに行って、まずは、パーティーメンバー募集の張り紙でも眺めてみよう。
と、今後の指針が定まったところで、ふと、立ち止まる。
路地の家々の隙間から、なにか音楽と、大きな声が聞こえた。
もう灯も落ちてきた時間帯だというのに、何か催し物でもやっているのだろうか。
なんとなく気になって、僕は、その音楽が聞こえる方へと歩を進めた。
「うわっ!?」
開けた場所に出た瞬間、思わずそんな声が漏れた。
そこは、街の入り口にある石畳の広場だった。
普段からそれなりの人が往来する場所ではあるが、今はその密度が少々異常だった。
見渡す限りの人、人、人。
目測で、千人以上はいるのではないかという人々が、皆同じ方向を向いて、腕を振り上げ、嬌声を上げていた。
視線の先を見ると、広場の奥には、なにやらステージのようなものが設置され、その上では……。
「うわぁ……」
今度のそれは感嘆だった。
ステージの中央、そこに立っていたのは、びっくりするくらい美しい女の子だった。
桃色の腰まで届く長い髪に、白磁のように白い肌。
ステージの後ろに設置された巨大な
身に纏うのは、光を反射するような素材でできたフリフリな衣装。短いスカートからは、細く、しなやかな脚が惜しげもなく露出している。
そういえば、酒場なんかで、噂を耳にしたことがある。
最近、街で人気が急上昇している"アイドル"という存在がいることを。
「じゃあ、最後の曲、いくわよ!! みんな"
そして、響き渡る音楽。
同時に、ステージの上の彼女は、人間ってこんなに楽しそうに笑えるのか、というほど完璧な笑顔で、踊り、歌を歌う。
冒険者として、それなりに鍛えている僕ではあるけど、あんなに激しくダンスを踊りながら、圧倒的な声量で歌を歌い続ける姿には、素直に驚嘆せざるを得ない。
生で、こういうのを見たのは、初めてだったが、ここまで凄いとは……。
結局、僕は、その"アイドル"のステージを、最後の最後まで、道の端に立って、眺めていた。
やがて、曲が終わり、彼女は大きく手を振りながら、ステージの奥へと姿を消す。
パフォーマンスが終了し、それまで並々ならぬ熱量を持って、声を張り上げていた人々も、徐々にちりじりになっていく中、僕は独り言ちた。
「いやぁ、凄いもんだなぁ」
アイドルという存在が、この街の大きな関心事になっているのは、冒険以外の事には疎い、僕でも知っていた。
これまで、エンターテインメントと言えば、冒険者のダンジョン攻略動画なんかが主だった
最近では、Sランクの冒険者による攻略動画よりも、視聴率を稼げることもあるなんて話も聞く。
確かに、今のを生で見てしまっては、それだけの影響力があるのも頷ける。
いやはや、華々しい世界もあるもんだ。片や、その対抗馬であるSランクパーティーから追放された身としては、感心するとともに、ジャンルは違えど、一抹の嫉妬は禁じ得ない。
こうやってアイドルのステージを見てみると、"魅せる"というのが、いかに大事なことなのかもわかる。
僕も、もう少しは"魅せる"戦い方ができていれば、今のこの状況も変わっていたんだろうか……。
勇者リオンのように、紅い稲妻を纏う剣で、敵を一掃したり、あるいは、聖女エリゼのように、巨大な魔法陣を展開し、パーティーの仲間を一気に回復させたり。
いや、やめよう。そんな戦い方、精霊術士である僕には、望むべくもないことだ。
「まあ、僕らは僕ららしくやるさ。なっ」
同意を促すように語り掛けると、ふわりとまた、頬を風が通り過ぎた。
さて、とりあえず、今日は早く休もう。
気持ちを切り替えるように、心の中で、よし、とつぶやくと、僕は、安宿を探して、歩き出したのだった。
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