Chapter6:24の境地 ①

 七月も月末に近づいてきた。関東の高校生たちの夏休みもあと三十数日。

 ちなみに俺の休みはインフィニティだ。

 以前母さんのおつかいを満足にこなせなかった俺は、汚名返上すべくおつかいリストを持って近所のスーパーにいる。リストに書かれているのは食材が大多数を占める。

「飲料ばっかだったら車じゃないとキツかったな……」

 あいにくよわい十六の俺は普通免許が取れる年齢に達していない。原付免許は十六歳になってすぐさま取ったが、肝心の原付がないので公道デビューはまだ先だ。

 店内を果物、青果、魚、精肉、おかず、調味料、飲料、冷食の順番に回っておつかいの品目を買い物カゴに入れていく。

 柔らかい品は上に、重い品や丈夫な品は下に。卵や果物を下に入れるのはナンセンス!

「アイスもか……」

 リストを見ると、アイスクリームの文字もあった。

 この時期のアイスは至高の逸品だ。大の大人でも食べたくなる気持ちは分かる。

 しかし買ったら早めに帰って冷凍庫にぶち込まないと溶けてしまう。冷食もダメになるのでなるはやだ。

「袋に詰め詰め詰め、っと……」

 レジで会計を済ませ、商品をレジ袋に入れていく。エコバッグ? そんなモン衛生面で問題ありそうだからナンセンス! ……我が家にないだけなんだけど。


おめぇ……」

 レジ袋三つは結構な重さだ。怠け者の俺は腕が貧弱なので疲れてきた。

「ちと休むか……」

 スーパーと家の間にある公園に入り、ベンチに腰掛ける。

「一分だけ休憩ーっと」

 足を伸ばして両腕をベンチの背もたれに乗せる。一休み一休み。

「ねぇあんた、ちょっといい?」

 視線を地面に落としていたら女の人から声をかけられた。二十歳はたちくらいだろうか。

 アッシュ色の髪はうなじ付近で結んである。ローポニーと呼ばれる髪型だ。

 両耳にはピアス、首にはネックレス、爪には赤いネイルと色気があって派手な外見だ。

 服装は胸部きょうぶに『24』と印字された白Tシャツに生地が薄いベージュのジャケットを涼しげに羽織り、デニムとスニーカーを履いている。ラフだけどお洒落にも気を遣ったで立ちだ。

 足が長く胸部きょうぶについてるアレも大きい。何とは言わないが。

 控えめに言ってもスタイルが良い。モデルと自称されたとしても疑いようがない。

 だけど天然美人って感じではなく、お洒落の努力をして得た美貌という印象を受けた。

「あ、はい」

 困惑ぶりを隠さずに反応すると、

「あたし、可愛いよね?」

 間髪かんはつ入れずに美しい顔で美しくない質問を飛ばしてきた。

「初対面の相手にそんな質問を投げつけてくるのは可愛くないと思います」

 本心だけを言葉に乗せてこのイカれた無駄美人にぶつけてやった。ハードボイルドな俺は女に対しても言葉の刃を振り回せるんだぜ!

「あんた、はぁっ!? あんたなに!? なんなのあんた!?」

「それはこっちの台詞なんですけど」

 俺の貴重でもない一分間の休憩時間を返せ。

 女の人はその場で地団駄を踏んで発狂してしまったので、

「まぁ、外見は可愛いですよ。可愛いというよりも美人? 綺麗? そんな感じです」

 フォローというか、これも本心。性格はおかしいが。

「でしょぉ~。話が分かる男でラッキ~」

 俺が褒めると瞬時に上機嫌になってモデルのようにポージングを決めた。ここはランウェイじゃなくて公園なんですけど。

「あんた、見る目あるわね。あたしは仁志遥風にしはるかよ。よろしくね」

「片倉巧祐です。よろしくお願いします」

 お互い自己紹介を終えると、仁志さんは俺が置いた買い物袋を境界にして俺から距離を取ってベンチに座った。警戒するならそもそも最初から見知らぬ男に話しかけるんじゃないよ。

「仁志さんは学生ですか?」

 女性に年齢を聞くのはタブーって不文律ふぶんりつは理解している。なので聞き方には気をつけた。

「平坂大学の一年生よ」

「平坂大ですか」

 ボーダーフリーのクソバカ大学じゃん。金さえ払えば誰でも入れる。

「ちなみにあたし何歳に見える?」

 言っちゃったよ! 俺が年齢に触れないようにしたのに、この人自分から言っちゃったよ!

 てか、めっちゃキラキラした瞳で期待に満ちた視線を俺にぶち当ててきてるのだが?

「大学一年生だから、十八か十九でしょ?」

「ブッブー! 大学一年生は全員十代だと思うのは視野が狭い! 浅ましい! 猛省しなさいっ!」

 彼女は腕でバツを作って説教してきた。成人済みらしい。

「なら二十二ですか?」

「失礼ね! ニ十一歳よ!」

「どうもすんませんした」

 仁志さんは年齢にとてもシビアなようだ。僅かな誤差にも有罪判決を下した。

「浪人と留年を一年ずつしてるからね」

「浪人!? 留年!?」

 平坂大で!? いやいやもっと詳しく聞かないと。込み入った事情があるのかも。

「志望大の入試に落ちて翌年リベンジしたんだけど、結局滑り止めの平坂大しか受からなくて」

「妥協したんですね」

「妥協とか言うなし」

 受からなかったものはしょうがない。浪人を何年も繰り返すのはリスキーだし、落ち着くべきところに落ち着いた形かな。

「顔が可愛ければ、男は誰も成績含めた内面なんてどうだろうと気にしませんよ。元気出してください」

 世の中外見さえ良ければ中身は気にしない下半身で動く野郎もいるので需要はある。仁志さんは先ほど自分が可愛いか気にしていたけど、少なくとも男に困ることはない。

「励ましてるつもりだろうけど、言ってること最低よ?」

 仁志さんは端正な顔をしかめた。どうやらご納得いただけなかった模様。

「留年は何があったんですか?」

 浪人の経緯けいいは分かったが、留年の原因も気になるぞ。

「それは……言いたくない」

 けど仁志さんは憂いを帯びた悲しげな顔で目を伏せた。声も震えている。

「単位が足りなかったんだけど、その、成績不振ではないから」

 どうやら何かしらのトラブルやアクシデントで進級が叶わなかったようだ。

 しかし本人が詳しい話をしたがらない以上は俺から深堀りするのは野暮ってものだ。

「片倉クンは? 高校生?」

 話題を変えたいのか、今度は仁志さんが俺に質問してきた。

「高校中退のニートっす。十六歳です」

 頭を掻きながら雑に答える。人生であと何十回この返答をするんだろうな。

「なんで高校辞めたの?」

「学校でトラブルを起こしまして」

 学校関係者と揉めてそのまま退学した。後悔はしてない。……はず。

「あははっ、片倉クンって見た目の割にアグレッシブだねー」

 仁志さんは朗らかに笑う。その笑顔を素直に美しいと感じてしまった自分が情けないぞ。

 ひとまずさっきの暗い表情が消えて安堵する。

「ただの若気の至りです」

「学生時代は色々あるもんねー」

 仁志さんは夏空を見上げてふぅと息を吐く。

「あたしも、大学で浮いてるせいでキャンパスライフが全然楽しくないしさぁ」

 そりゃあ、赤の他人に『あたし可愛い?』とか聞いてくる性格では、ねぇ?

「女はあたしに嫉妬してくるから友達はいないし?」

 仁志さんは同性から嫌われやすい性質たちなのかもしれない。

「男はあたしの身体狙いのヤツばっかで、親密になった人がいないのよね」

 内面をロクに見もせずにすり寄ってくる男なんて、身体目当てのケースが多いだろうね。性格も知りたがる真面目な紳士もいるだろうけど、彼らが仁志さんに話しかけることはなさそう。

「女子高時代も今とおんなじでさ……もう、一人には慣れちゃった」

「苦労してるんですね」

 仁志さんは再びうつむいてしまった。

 今彼女を励ますことができるのは、他ならぬ俺だけだ。

「安心してください。俺はハードボイルドなので、これっぽっちも仁志さんに興味はありません」

「安心したけど同時にプライドが傷ついた気がするのはなんで??」

 仁志さんは顔こそ上げたものの渋い表情だ。

「いえいえ、仁志さんは魅力的ですから。さすがに恋愛経験はあるでしょ?」

 彼女いない歴年齢の俺からしてみれば、充分にいい人生経験を積んでいる。

 しかし仁志さんは膝に置いた手をぎゅっと握り締めて、おずおずと口を開く。

「――あたし……付き合ったこと、ない」

「へっ?」

 思わず素っ頓狂とんきょうな声を上げてしまった。

 いや待ってくれ。性格は置いといて、その美貌で?

「だってだって、身体目当てだって分かり切ってる下心しかない男となんか付き合いたくないもん! それは絶対にイヤ!」

 駄々をこねる子供のように首を何度も横に振っている。ちょっと可愛い。

「絶対、ワンナイトラブで捨てられる……」

 仁志さんは胸を隠してか細い声で心情を吐露とろした。

 さっきまでのナルシスト発言は自信のなさを隠すためのみのなのだろうか? 内面に自信がないから外見を磨いて補っているのかもしれない。

「美人だと色々と苦労が多いんですね」

「まぁね。あたしって世界で二十四番目に可愛い女だからさぁ」

「……はい??」

 世界で二十四番目?? 世界一って言い切るならナルシストキャラで通せたけど、なぜそんな中途半端な順位なんだろ?

「ちなみに平坂市内でも二十四番目よ」

「平坂市レベル高すぎィ!!」

 まさか世界のトップ24が、全員平坂市在住だとは!

 絶対嘘だよな。妄言だよな。今まで平坂市内で可愛い子は見てきたが、ほとんどが市外から通学してきてる学生だったぞ。純平坂市民で可愛い子を見た記憶がない。

「名字からして二十四ですもんね。仁志だけに」

 本音を漏らしてしまうとヒステリックを起こされかねないので、適度にジョークをかますことにした。

「は? そういうのいらないんだけど。それ面白いと思ってんの?」

「……スンマセン」

 のだけど、ガチなダメ出しを受けてしまったのでイキるのをやめた。生きるのはやめない。

「仁志さん、ちょっと立ってもらってもいいですか?」

「なによ?」

 仁志さんをベンチから立たせて俺も立つ。

「やっぱり。仁志さんって身長高いですね」

 彼女は俺と同じ目線だ。これで性別が違うのだから不公平だ。個性って残酷。

「片倉クンと同じくらいはあるかもね。166センチだよ」

「羨ましい! やっぱり仁志さんは魅力的っすよ!」

「そ、そうかしらっ?」

 とりあえず仁志さんを褒めちぎっておけば面倒な展開は起こらないはずだ。

 でも。

「一つ言っておきますが」

 前置きしてから仁志さんに物申す。

「男にとって大切なモノは顔でも身長でもありません。心です!」

 男の魂の一打! フッ、決まったぜ……!

「でもあんた、全部足りてなくない?」

「ぐっ、痛いところを……」

 的確に俺のハートを突き刺す一撃! ステータスが攻撃全振りの恐ろしい子……!

「事実を言ったまでよ。忖度はよくな――――あっ……」

「どうかしました?」

 突然台詞を切った仁志さんと同じ方向に顔を向けると、大学生くらいの女の人が二人、こちらに向かって歩いてきていた。

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