Chapter5:オレハ、ジャパニーズデスノデ ②

「おう、原」

 声の正体は制服姿の原だった。

「うす。外国人とご縁があるんだな」

 原は苦笑いで俺とリックを交互に見る。

「人生でこれっぽっちもいらねぇご縁だわ」

 そういう星のもとに生まれてきたと言われればそれまでだが、いくらなんでもあんまりすぎる。

 ただでさえ市長やミルライク議長ってゴミクソどもに絡まれてるってのに、これ以上濃いキャラはお呼びではない。

「そう言いなさんな。オレとソナタは一蓮托生いちれんたくしょうナノデース」

「最悪だ!?」

 あかん。こんなのと一蓮托生いちれんたくしょうとか一瞬死にたくなった。

「原は部活か?」

「おう。この時期屋外の運動はきちーよ」

 俺がリックから生気を奪われる裏で、原は炎天下での運動で体力を奪われるようだ。

 原はラクロス部に所属している。夏休みなのに活動お疲れ様だ。

「大変だな」

「それはお互い様だろ?」

 原はリックを一瞥いちべつしてから俺に同情の視線を向けてきた。色々と察してくれたようだ。

「親交を深めるのもいいデースガ、まずはオレをアシストしてくだサーイ」

「耳を引っ張らないでくだサーイ!」

 リックが俺を拘束してくるが、スマホが奴の手にある以上は俺に逃亡の選択肢は与えられちゃいない。

「じゃあ、部活頑張れよ」

「お前もな」

 乾いた笑みを浮かべた原と別れ、奇怪な外国人と河川敷を歩く。

 しばしば地元住民とエンカウントしたが、全員が俺たちを凝視してきた。

 まぁ、なにぶんリックが悪目立ちしてるからなぁ。

「日本国籍を得るにはどうすればいいデスカ?」

「そっからすか」

 ちったぁ自分で調べろよ。携帯も持ってないのか?

「法務省に帰化申請の許可をもらって、法務局に国籍取得の届出が受理されればOKですね」

「ホホウ、簡単そうデース」

 どこが簡単なんだよ。帰化申請の壁と、国籍取得届出の壁の二つをぶち破らないといけないんだぞ。

「帰化、国籍取得ともに条件がありますね。帰化の場合だと、何年以上日本に住んでるかとか、行為能力があるかとか、素行面に問題がないかとか、自分で生計を立てられてるかとか。いくつか条件があった気がします」

 あっ、素行面がアウトくさい。こりゃダメだわ。そもそも不法滞在の時点で無理ゲーだけどな。

 ちなみに行為能力とは意思能力を持ち、契約などの法律行為を自身で行なうことができる能力のことで、決してベッドとかでヤるアレの上手さではない。誤認識なきよう。

「条件多いデース。グローバルな時代なのデスから、もっとライトに許可してもらいたいものデース」

「そうなったら日本が無法地帯と化しますからね」

 お前みたいなのが増えたら日本が地獄絵図に姿を変えちまうわ。あと法を犯してる分際で偉そうに要望を述べるでない。シャラップ!

「ハァ。所詮オレは波乱万丈の人生が似合うナイスガイなのカ。デース」

「不運の主人公気取ってますけど、ぜーんぶ自業自得ですからね」

 被害妄想も大概にしとけや。どこがナイスガイやねん。自己評価高すぎだろ。

「オウ……」

 リックは足を止めて濁杉川にごりすぎがわを見やる。

濁杉川にごりすぎがわ珠玉しゅぎょくデース。この川を見ると、心が洗われマース」

「そうですか?」

 濁杉川にごりすぎがわの水はお世辞にも綺麗とは言えない。

 以前怖いもの見たさで川の水を飲んでみたけど、腐った牛乳のような味がした。その腐りっぷりが平坂市を表しているのだと感じた。

 リックは川の水を眺めすぎて脳に支障をきたしてる恐れがあるな。

「オレもこの川のように美しくありたいデース」

「もうツッコんでほしいだけだろ!?」

 川面かわもは汚いし、美しくありたいならまず真っ当な人生を歩めや。

 あっこれ俺にも言えることだわ。ブーメランだったわ。

「完全にタメ口になってマースネ」

「敬えない輩に敬語使っちゃダメでしょ」

 下手に敬語で話しても変な勘違いして調子づかれるだけだからな。

「オレは平坂市が大好きデース。ここで骨をうずめマース」

「頼むから遠慮してくれ」

 イロモノに好かれてしまう哀れな街よ。

 ここでリックはパンツの中に手を突っ込んで俺のスマホを取り出した。って、おいこら。なぜそんなところにしまってたんだよ!

「なんつーとこから出すんだよ!?」

「高温にやられないよう、ガードしていましたデース」

「ガードの代償でけえよ! 絶対おかしな臭いがついただろ!?」

「フム、もう少しで集会の時間デース」

 俺のクレームを無視したリックは俺のスマホで時間を確認すると、これまたけったいなことを口走りやがった。

 いいから早く俺のスマホ返せや。

「というわけでそろそろ解散デスネ」

「俺、何もしてないけどこれでよかったのか?」

 俺としては解放されるっぽいので大変よろしいのだが。

 と、とにかく。スマホが俺の手に戻ってくるならそれでいい。臭いはいずれ消えるだろう。

 リックが俺にスマホを手渡そうとしたところで――


「ヲォー! リィーックゥ!」


 リックよりも片言度合いが強い声に振り向くと、白人金髪の外国人男性が立っていた。

 ……あれ? この人も見覚えがある顔なんですけど。

「ダニエルじゃないデスカ! 奇遇デース!」

 リックはダニエルさんの元へと駆け寄るとがばっと抱擁ほうようした。外国流の挨拶かね。

「シュカーイノジカンガ――――オォゥ?」

 ダニエルさんが俺の顔を見て目を見開いた。

「コタビワァ、エイトゥイレヴンマデギョアンナイイタダキ、アリガッゴザマタ!」

「あぁ、あの時の」

 以前コンビニまで案内してあげた外国人か。まさかの名前つきで再登場。ビビるぜ。

 ちなみに190センチちょいほどはある長身の彼が深々と頭を下げた際に、俺の頭頂部に彼の頭が直撃したので痛いっす。

「ボウズよ、なぜオレには親切にしてくれないデースカ?」

「案件のベクトルが違うからな」

 生意気にもリックが俺に文句をつけてくるが、お前の要求は文字通り法外だよ。道案内と同列に語るんじゃない。

「キミハシンセツナジャパニーズデス。ナイスガイデシヨ」

「それはどうも」

 長身の外国人二人に囲まれて、身長が167センチちょいしかない俺はさしずめ捕まった宇宙人の気分だ。この状況は知り合いに見られたら確実にバカにされるやーつや。

「ところで、集会って何の集会だ?」

 触れないつもりだった俺の決心が揺らいでしまった。外国人二人が参加する集会とは、読者も気になるところであろう。

「日本国籍を求める者たちの集いデース」

「キミモキマシカ?」

「俺は純日本人ですので」

 聞いちゃダメなやつだったわ。何が悲しくて日本国籍を求める外国人の集会に日本国籍の俺が紛れ込まねばならんのか。怨嗟えんさられる結末しか見えないんだけども。

「集会では日本国籍が手に入るよう祈りを捧げてるデース」

「神頼みじゃなくて正規の方法で正々堂々と取得しろや」

 おっと思わず素が漏れてしまった。お口チャックせんとのぉ。

「祈るよりも申請なりした方が早く決着しますよ」

 神頼みよりも自分で行動しなければ欲しい物は手に入らないぞ。

「そこは宗教上の都合があるのデース」

「それなら何も言えんデース」

 宗教絡みはデリケートな話になるのでさすがにツッコまずにいると、ダニエルが俺の手を握ってきた。

「ワタシノナマエハダニェルデス。オボエトーテクダサー」

「ダニェルさんですか」

「違うデース。こいつはダニエルデース」

「お、おうよ」

 ダニエルさんは最低限自分の名前くらいは正しい日本語で発音できないと日常生活が辛い気がするんだが平気なのだろうか?

「それではオレたちは集会に行きマース」

「あ、はぁ」

「では、また会おうデース」

 二度と出てくんな。濁杉川にごりすぎがわの水を飲み干して快楽死してくれ。

「待て待て。俺のスマホは返してくれや」

「オゥ。忘れてたデース」

 スマホの借りパクとは悪質にも限度があるぞ。

 それにしても、だ。

(集会に集まってる連中は誰一人として日本国籍は手に入らないだろうなぁ)

 口に出したら面倒なことになること請け合いなので心の中で嘆いたのだった。

 ジャパニーズになりたい外国人たちと別れ、俺は帰路きろについた。

 まさかとは思うが、リックも準レギュラーとして今後も出てくるんじゃなかろうな? 冗談じゃないぞ。二度と現れないように俺も祈りを捧げるとしよう。

 こうして、俺の貴重でもない一日は幕を閉じた。

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