Chapter1:嗚呼我らがベッドタウン、平坂市よ ①
「けっ、どこのブサイクかと思えば片倉じゃん」
噂をすれば影が差す。この
平坂市を現在の有様に変貌させた元凶であり、座り心地が最高に違いない市長の椅子にどっかりと座り続けている『ヤツ』が唐突に湧いて出てきた。
プロローグ中にちらっと触れた平坂市長だ。控えめに言ってクソ野郎。ムカつきすぎるのでコイツの氏名は呼びたくない。
「市長。こんなところで油売ってないで公務してくださいよ」
「黙れ若造! 挨拶すらできないのかゴルァ!」
ブチ切れてスッキリしたのか、市長は嫌な笑みを浮かべて口を開いた。
「貴様こそ高校はどうしたんだ? 学生の本分は勉強だぞ?」
コイツ、俺が高校中退者と分かった上でネチネチとこのネタを持ち出してきやがる。
「しっかり勉強して、有名な大学を卒業しないと俺のようなエリートにはなれないぞ」
「あんたみたいになりたいわけじゃありませんし、なりたがる人もいませんよ」
「温室でぬくぬく育った青二才の分際ででかいこと抜かすんじゃねえ! 学校にも通わない、仕事もしない。お前は平坂市で一番のゴミ人間だと自覚しろ」
うるさい老害ジジイだな。あんただって名ばかり市長で公務なんてなぁーんもしてないだろうがよ。それに加えて高卒じゃないか。大学云々語るな。
「まぁこんなことお前に言っても無駄だったな。なぜならお前は中卒――ゲホッ、ゲホッ。悪ぃ悪ぃ、なんでもねえ」
「風邪には気をつけてくださいね」
「お気遣いどーも。お前はいいよなー。風邪引いてもなんら、なーんら困らんもんなーあーあいいよなニートはよー」
な、殴りてぇ。
神様、コイツだけは殴っても許されますよね? いや、許されるべき!
「それにひきかえ俺は忙しいのよ。なんせ市長だからな。市の顔だからな。椅子に座ってハンコ押してさ。俺ってば超頑張り屋だなあーっと」
「あーはいはい大変そうっすねブラッキーっすね」
「オイコラ
や、ウケを狙って言ってるつもりはないですから。
「そろそろ公務に戻った方がいいんじゃないですか?」
「おっとそうだな。俺は超忙しい身だからこれにておいとまするとしよう。さらばだ」
どうせパチンコか競馬にでも行くくせしてよくもまぁぬけぬけと。
クソ市長はバカ笑いしながら去っていった。心臓発作で即死してくんねーかな?
「しかし確かに暇ですわな……」
そう、俺はニートだ。しかも十代で。
普通の人生を送っていればありえない。ありえないんだが……。
『それが社会ってんならそんなもん、こっちから願い下げだ!!』
過去を思い出して首を横に振る。
いや、アレはもういいじゃないか。だから俺は今プータローなのだから。
手持ち無沙汰なので家まで直帰することにする。
ちなみに俺の親父は単身赴任で海外勤務中。近頃割と流行ってるとか流行ってないとかで知られるオフショアというものらしい。日本の仕事を海外でやってるんだとさ。
俺ごときが自慢するのもアレな話だけど、父親は超ド級のエリートなんだよ。帰国子女で世界一と評される大学院を出て、世界一と名高い企業に就職。その後自ら会社を立ち上げ起業。まだ非上場企業ながらも業績は絶好調で右肩上がり。
つまるところ俺は社長の
「なぁんて、情けないことを偉そうに考える俺」
俺の未来はただただ暗いぜ。
俺の未来とは対照的に昼下がりの太陽は眩しく、空は晴れ晴れしている。
「――――片倉か?」
明るい太陽とは真逆の地面に映る自らの影を視線で追いかけつつ歩みを進めていると、ふと声がかかった。
「あ、あぁ、原」
「元気そうだな。よかった」
こいつは元級友、高校時代のクラスメイトだった
見た目は普通。性格も特記事項なし。超普通ボーイ。だが普通って案外難しいんだぜ?
「まぁね。原こそどうしたんだ。まだ昼間だぞ」
「今は期末試験の最中だからな」
そうだよなぁ。今は七月半ば。世の高校生諸君らは試験真っ只中なんですなぁ。高校での試験は中間の一回しか受けた経験がない俺にとってはフレッシュな話題ですわ。
「試験を乗り越えれば楽しい楽しい夏休みが待ってるからやるっきゃないな」
「一方、俺は毎日がホリデーでマジでごめんな」
「いやいや、嫌味で言ったんじゃないぞ」
現役高校生に対しては後ろめたい気持ちになる。劣等感はないけど、まぁとりあえず? 俺は一年中、春夏秋冬休みで――一周回って年中無休で仕事している気にすらなってきたな。
ちなみに補足説明ばかりになって読者の方には申し訳ないと思いつつ、語りはやめない。
よし事前に謝罪はしたから大丈夫だ。うん、多分大丈夫。
で、本題だけど、俺の両親は非常に甘い。俺は一人っ子なんだけど、親父も、ご飯を作ってくれる母さんも俺が高校を辞めると宣言した時も、自宅警備と平坂市内警備という名の徘徊を繰り返している今も何も言ってこない。
何かしら思うところはあるはずなんだけど、言動や行動では干渉してこない。
母さんは毎月小遣いをたんまりくれるからバイトをする必要もないし、そもそも俺は『社会』などという仕組みが大、大、大嫌いだ。それはそれは
社会勉強など死んでもゴメンだとも思ってる。
けど、社会のおかげで俺が日々飯を食えていることも理解はしてる。
「…………おーい、片倉? 戻ってこーい」
「おっ。すまんすまん、で君は誰かね?」
「あ、はじめまして原です」
「原くんと申すか!」
「それはそうと本当、元気そうで何よりだよ。もっとラベンダーブルーなのかと」
「ドクズな俺を綺麗な色で例えてくれてありがとうな」
厚意は嬉しいけど、そんなふつくしい色は俺には相応しくない。
「あのあと、学校内では色々揺れ動いてたんだぞ。お前の影響でな」
「そうでなくっちゃな」
「お前はすごい奴だよ」
原は感心の眼差しを向けてくる。
「おおもっと俺を褒めろー」
褒められることじゃないんだがな。むしろ叩かれて然るべき行動だったとすら思う。何をもって褒めるか
「俺は先公に口止めされたよ。余計なことは漏らすなってな。他の生徒が動揺するからだとよ」
「あの高校は根底から腐ってやがるな……」
もはや廃校にするべきではって領域に入ってるわ。
「なぁ、お前はなんで――――」
「アノースミマーセ。エイトゥイレビュンノバーショヲキキタイノデシガ」
謎の白人金髪外国人男性が原の言葉を遮って声をかけてきた! てかどこの国の人だ!
そもそも会話中に割り込むなとか、ツッコミ所は大量にあるけどまずは!
「エイトイレブン――コンビニの場所ですか?」
「イエス!」
「あの道を右に曲がって、次の角を左に直進すれば着きますよ」
原が謎の異人に身振り手振りを交えて丁寧に教えてやっている。律儀な奴だぜ。
「エトォ。ミチィミジ、カドヒジャリ?」
謎星人は原の日本語もジェスチャーも全く理解していなかった。
「だからあの道を進んだ先を――ん? やばっ、予定の時間が! すみません、俺はこれで!」
そう言い残して原は俺と外国人を残して走り去ってしまった。
「アノォ、チュマリアノミティヲミジニマギャレヴァイイノデシカ?」
………………。
「暇なので直接案内しますよ」
あぁ、予定がある奴は色々と逃げる口実があって羨ましいなぁーっと。
◎
「ドモ、アリガッゴザマタ!」
「礼を言う外国人に手を振って、俺は颯爽と歩みはじめる」
「心の声が漏れてるじゃねーのクソニートが。狂言回しくらいサクサクこなせや」
「あれ? 市長、公務は」
公務に戻ると宣言した一時間前のお前は一体全体どこの誰だったんだよ。幻か? そうかあれは俺の強い願望が生んだ幻覚幻聴ですねそうですかー酷いわ神様ってやつは。
「っせえな。休憩中だっつーの」
「さっき会った時は何してたんですか?」
「あぁ? パトロールだよ、市内パトロール」
クソ市長は耳に小指を突っ込んでほじくり返しながら妄言を垂れやがった。
「それは警察に任せりゃいいでしょうに」
「オメーはどうだったんだよ? パトロールごっこ」
「まぁベッドタウンですからね。この時間帯は一番平和ですよっと。ふあぁ~」
「忙しい俺の眼前であくびしてんじゃねえよ。俺の有り余るやる気が
「はいはい、すんませんっしたー」
有り余るなら多少減っても平気だと思うけど? そもそもお前に削がれるほどのやる気なんてなけなし程度すらもないだろ。
だから平坂市が今の有様なんだよ。現状を打開しようともしない、ただ自分が楽をし、権力を維持して利権を得ていばることしか考えてない。大嫌いだ、こんな野郎。
……とは言えない。反応がそれはそれは面倒だから。
「よし、俺は公務に戻るとしよう。貴様はせいぜい十代の時間を浪費するこった!」
ハッハー! と気色悪い高笑いをしながらクソ市長は去っていった。
二度と俺に絡むんじゃねーぞ。次の選挙では落選しろ。
と思ったけど対立候補がいないから無投票当選なのが切ない。
いっそ俺が市長になった方がまだマシとも考えたが、被選挙権もないし現実的ではないのでその考えは捨て去った。
今度こそ
「一円くれたら一円玉二枚あげマース。どうですカ?」
………………今日はこの手のパターン多くね? 因果かねえ。
あげた金額より多くもらえるとかいう時点で怪しさ満点。しかも増えるのはたった一円。だったらはじめからお前が俺に一円くれれば一発じゃないの?
「俺は突然の超展開に、少々混乱しているようだ」
「心の声が漏れてるデース」
「どう反応すべきなのか困ってるんデース」
思わず相手の口調を真似しちまった。マヂもう無理。もうコイツ訳が分からないよ。
平坂市の荒廃っぷりのせいか、俺のお口からはしばしば気持ちが漏れ出てしまうようだ。嘆かわしいわい。
それ以前に、短期間で二度も謎の外国人男性に絡まれた時点で疲労
「もらえるのならもらっておきマースねー」
「毎度ありデース。ソナタの人生に、幸あれ! デース」
さっさとこの場を離れたかったので素直に一円硬貨を渡して硬貨二枚を受け取った。
「しっかしどんな錬金術なんだか」
先ほどの奇妙な外国人を思い返して、奴は今までどうやって飯を食ってきたのか大変興味が湧いてきた。年齢も国籍も不詳だったしな。
「この一円玉も……」
受け取った硬貨二枚をズボンのポケットから取り出してまじまじと見た。
「――んおおぉ!?」
これ一円玉じゃなくて、ゲーセンのメダルじゃねーか!!
やっべぇ超イライラしてきた。メダルを乗せた掌の震えが止まらないぜ! 震えの振動で掌から落ちそうだぜ!
この
ひとまず市長のツラにストレートを打ち込めばスッキリできそうではあるが、こんな展開の時に限って現れない。とことん使えねー野郎だ。
「そうだ、あそこに投げ入れよう」
このまま地面に投げつけてやろうかとも考えたけど、とある場所を思い出したのでそこに向かって歩を進めることにした。
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