第五出動 月花解放プロジェクト、始動! ①

「ねぇ知ってる? 時雨さん、立川君に告ってフラれたんだって」

「うっわぁ。そのショックで学院来てないのかな?」

「彼女プライド高そうだし、来づらいよねぇ」

「時雨さんのような高嶺の花をフるとか、立川君ってナニモノ?」

「大平さんもえげつないよねー」


「おい」


「ひゃっ!?」

「はっ、橋本……君」

 銀次の登場に、女子二人組はハッとなった。

「妙な噂が聞こえたんだが?」

 銀次や月花が思いの丈をぶつけた翌日。

 二人は学院に復帰した。

 銀次の背後には月花もいる。二人揃って三日ぶりの登校だ。

 月花も母親との関係性はそのままだが登校してくれて、銀次は胸を撫で下ろした。

「な、何も言ってないよ!?」

「し、時雨さん! 久しぶり~……」

 二人は月花に手を振ると廊下へと駆け出していってしまった。

「なんだあいつら……」

「そんな威圧的だと、怖がられちゃうから……」

「えっマジで? 俺、威圧的だったか?」

「うん。怖かった」

「そ、そうか……」

 銀次としては普通に声をかけただけにすぎなかったのだが、相手の立場になって考えられていなかった。要反省。

 だが、これだけははっきりと物申しておく。

「おい、いいかテメェら! 時雨の変な噂を他のクラスにまで広めんじゃねぇぞ」

 銀次は教室全体をギロリと視線で射貫き、これ以上余計な真似をされないよう釘を刺した。

 普段周囲から恐れられていることが、皮肉にもこの時ばかりは都合がいいと感じたのだった。

 先に教室に到着していた大平は登校してきた月花に無の表情を向けている。

 大平の友人たちはその様子を微妙な面持ちで見つめていた。

 各々自席に着くと、真紀と鉄平が優の席にいることに気づいた銀次は一団に加わった。

「よっ銀ちゃん。時雨さんも来てくれたね」

「二人とも、今日はちゃんと来て立派だぞ。褒美にあとでわたしの魔法をお披露目しよう」

 真紀が尊大な態度で控えめな胸を張った。

「あっそれは結構っす」

 銀次は魔法の披露を丁重にお断りした。

「昨日は橋本の土下座が見れて満足満足」

 優はほくほく顔で銀次に微笑んだ。

「テメェ、マジで趣味悪ぃな……」

 銀次は優の性格の悪さに辟易へきえきした。

 とにかく時雨親子についてのあれこれは放課後に話し合おう。

 心の中でそう思った銀次は自席へと退散した。


 放課後。

 面々は教卓近くの空いてる席に腰掛けた。

「時雨の対母親計画についてだが――」

「その前に、協力してくれるみんなに、私の過去を話しておきたいんだけど……」

 銀次がたんを発すると、月花がさえぎってきた。

「いいのか?」

 驚きの声を上げる銀次に、月花はこくんと首を縦に振った。

「みんなには話しておくのが筋だと思うし、私のことをもっと、知ってほしいから」

「なら、頼む」

 月花は再度頷き、ゆっくりと語りはじめた――――


    ○○○


「お母さん、お姉ちゃん。おさんぽしようよー」

「えーお姉ちゃんダルーい」

「いいわよ。行きましょう」

 お母さんとお姉ちゃんと手を繋いで近所を散歩する。

 小学校に入る前の私は普通の女の子だったと思う。

 サラリーマンのお父さんと、専業主婦のお母さんから愛情を受けて、すくすく育っていた。

 けれど、その頃の記憶もほんの少ししかない。


「――えっ……お父さんとお母さん、はなればなれになっちゃうの?」

 私が小学校に上がって間もない頃。

「…………そうよ」

「ごめんな、月花。今後は母さんと頑張ってくれ」

 両親は離婚し、別離べつりすることになってしまった。

「やだっ! お父さんとお姉ちゃんがいなくなるなんてやだよ!」

 私はお母さんと、お姉ちゃんはお父さんと一緒に暮らすことになった。

「もう、決まったことなんだ」

 お父さんは私の慟哭どうこくに耳を貸すことはなかった。

「………………」

 お姉ちゃんは達観しているのか冷めた表情をしており、言葉を一切発しない。

「――――っ」

 お父さんとお姉ちゃんが玄関から去ってゆく。

「……全部あの人が悪いのよ」

「えっ?」

 お母さんはAIみたいな無機質な声を発した。

「私に暴力ふるって、揚げ句の果てには不倫して、離婚の原因を作ったのはあの人なのよ……」

 次第に声に感情がこもってくるが、それは怨嗟えんさで。

「あんな奴、一生許さない……」

「お母、さん……」

 お父さんとお姉ちゃんを見送るお母さんの横顔はとても怖かった。

 あんな顔、初めて見た。

 あれだけ仲良しだったのに、笑顔溢れる家庭だったのに。

 きしみから崩れ落ちるまでは一瞬だった。

 この日を境に、私たち家族は全てが変わってしまった。

 一家四人での暮らしにも終止符が打たれた。

 家族はずっと一緒だと思い込んでいた私に、無情にも告げられた現実。

 永遠など、なかったんだ。

 もう、関係が元に戻ることは叶わないのだと、幼い私でも理解できた。できてしまった。


 それからお母さんは人が変わってしまった。

 私を食べさせるために夜のお仕事をはじめた。

 お仕事の関係で午前中はいつも寝ている。

 お仕事に没頭し、帰宅後は基本的にご飯を食べてお風呂を済ませるとそのまま通勤時間がやってくるまで寝ている。

 そのため、私との団欒だんらんはほぼ皆無となった。

 分かっている。自分を育てるために無理してお仕事を頑張っていることは。

 けれど、それでも小学生の私は自分に構ってほしくて、つい我儘わがままを言ってしまった。

「ねぇお母さん、今度の運動会見に来てくれる?」

 その日の朝は珍しくお母さんが起きていたので、私は近々開催される運動会に誘ってみた。

 一応、冷蔵庫にも運動会のプリントは貼ってはいるけど、お母さんが読んでくれているかは分からなかった。

「うーん。行けたら行くわね」

「うん、待ってるから……」

 行けたら行く。

 行かない場合の常套句じょうとうくだと、私は小学校低学年ながらに理解していた。


 運動会当日。

 やっぱりお母さんは来なかった。

 周りの生徒が家族と昼食をとる中、私は独りでお弁当をつついた。

 お弁当も、自分で作ったものだ。

 自分だけが一人暮らしであるかのように、その場からつまみ出されたかのように、同じ空間にいるのに別の世界にいるような錯覚に陥った。


 それからというもの――


「今度、授業参観があるんだけど」

「夜仕事だから行けないわ」


「テストで百点取ったよ!」

「疲れてるから今度にして」


 そんなやりとりを繰り返していくうちに、私も自分からお母さんに話しかけるのをやめた。

 何を話したって突っぱねられるだけだ。否定されるだけだ。

 忙しいお母さんを不快な気持ちにさせてしまうだけだ。

 それからというもの、私は自分の主張を誰に対してもできなくなった。

 どうせ何を発言しても否定される。どうせ誰もまともに取り合ってなんかくれない。

 負の感情が強くなればなるほど、私のネガティブな気持ちも大きくなってゆく。

 学校では自己主張が一切ない私は陰で「お人形さんみたい」と揶揄やゆされた。

 はじめの頃は、みんなが私の話を聞いてくれないからって思ってたけど、段々とその感情も薄れ、自分ははなからそういう人間なんだと思い込むようになった。

 自覚はなかったけど、私は見た目は悪くないらしい。

 それが尚更、女子からの嫌悪感を増やし、男子からのよこしまな感情をたかぶらせた。

 けれど、私にはもう正面から誰かにぶつかったり、頼ったりする勇気はない。

 私は一人で、道端に咲く雑草のように目立たずに生きることを決意した。


    ●●●


「それが、私の性格の原理。ルーツなんだ」

 自身の過去を語り終えた月花はふぅ、と息をいた。

「結局私は、相手が受け入れてくれないと、全てを相手のせいにして、丸投げして、逃げ続けてきたからこんな性格になっちゃったんだ」

 月花は面々に自嘲じちょう的な笑みを送る。

「いや、話しづらい過去を教えてくれてありがとな」

 銀次にしては珍しく、温和な笑みを浮かべた。

「でもよ」

 その笑顔もすぐに消え、

「やっぱり俺にはただすれ違ってるようにしか思えねぇ」

 腕を組んで持論を述べた。

「そういや時雨さんママは何の仕事をしてるの?」

 鉄平は疑問に感じたことを月花に尋ねた。

「詳しくは知らないけど、名刺なら――はい」

 月花は財布の中から一枚の名刺を取り出して鉄平に渡す。

「『ももいろヘルス』?」

「恐らくは風俗店だ」

 優が渋い顔で鉄平の疑問に答えた。

「娘を育てるためとはいえ、もう少しマシな職業は選べなかったのか」

「市原」

 人様の職業に文句を垂れる優を銀次が制する。

「大丈夫だよ、橋本君」

 月花はくすっと微笑むと鉄平から名刺を受け取ろうとするが、

「時雨、明日まで名刺借りていいか?」

「えっ、うん。それはいいけど……」

 銀次の要望を受けた月花はぽかんとしている。

「サンキュ。おい市原。時雨の母親をけなした罰として明日の朝俺に付き合え」

「はあっ!? なんで僕が」

 優は声を荒げて立ち上がった。

「俺の土下座を見せてやったろ?」

「僕に向けた土下座じゃなかったでしょ……」

優は大袈裟に肩をすくめた。観念したようだ。

「ワーストレンジャーみんなで行かなくて平気なのか?」

 真紀の疑問に銀次は首を横に振った。

「あぁ。朝早い時間になるからな」

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