第三出動 時雨月花 ⑤

 運命の日曜日。

 審判が下される日。

 いかなる結果になろうとも、今日を境に月花の恋愛事情は変化する。

 先週と同じ待ち合わせ場所と時間で、ワーストレンジャーと立川が落ち合ったのだが――

「なんで大平までいんだよ」

 銀次は顔をしかめて招かれざる客を睨む。

「あら。私は市原に誘われて、せっかくの機会だから来ただけよ」

 大平はあっけらかんと言い放ったが、この女が月花周辺を取り巻く日常をかき乱した張本人だ。銀次としては警戒しない理由がない。

「市原テメェ、どういうつもりだ? 何企んでやがる?」

「人は少しでも多い方が盛り上がるだろ?」

 涼しい顔の優は銀次の方を見向きもしない。銀次にはそれが不敵で横風おうふうに感じられた。

「余計な真似はすんなよな」

 銀次は大平に睨みを利かせる。

「こわーい。市原、マキマキ、私を守ってぇ」

「僕を巻き込むな」

「いーとーマキマキー。マキマキだけにな!」

 大平のわざとらしいSOSを優は面倒そうにスルーした。

 真紀が魔法でもなんでもない、ただのオヤジギャグを繰り出しているのは緊張感をほぐすためだろうか?

 月花は大平がやってきた直後こそ顔が強張ったが、現在は平常心を保てている。

「賑やかなのもたまには悪くないね、時雨さん」

「う――うんっ」

 ……というわけでもなかった。

 立川に話しかけられた月花は頬を赤らめて狼狽ろうばいしていた。

(時雨の奴、大丈夫かよ……)

 若干心配になる銀次だったが、ここまで来たらもう月花次第だ。周りがどうこうして結果が変わるものでもない。


 一同で映画を観て、適当に街で時間を潰して遊びは解散となった。

 途中で何回か大平が「時雨さんと立川くんってマジお似合いだよねー」など、煽る発言を飛ばしてきたので銀次がその都度とがめた。

「立川、時雨さんに変なことすんなよー?」

「するわけないだろう」

 鉄平が釘を刺すが、真面目な立川のことだ。誰も心配していない。

 他の面々は予定があるとしらを切ったため、駅までは月花と立川の二人だけで向かうこととなった。

「「………………」」

 二人はしばらくの間、無言で駅までの道を歩いていたが、

「最近、学院はどう?」

 沈黙を破った立川が月花に問うてきた。

 自分を気にかけてくれる優しさに、月花からは微笑が漏れる。

「最近は、楽しいよ。話す人もできたんだ」

「それはよかった」

 立川は自分のことのように満面の笑みで喜びを表してくれた。

(うぅ――やっぱりこのままでも幸せだよぉ)

 立川の笑顔をまともに受けた月花は胸に手を当てて一瞬、思ってしまう。

 が、いつまでも現状維持でいても何も変わらない。

 自分を変えたくてワーストレンジャーの面々と試行錯誤を重ねてきたのだ。今が絶好の好機だ。

 月花は唇を力強く引き結んで、今日何度目かも分からぬ気合を入れた。

「あっ……あそこで、休んでもいい……?」

 彼女が指差したのは公園。人もまばらだったので、告白にはうってつけの場所だ。

「あぁ、休憩しようか」

 立川が快諾してくれたので、二人は公園に入った。

「この木、すごく大きいね……」

 二人は大木の前で立ち止まった。

紅葉こうようも綺麗だ」

 月花が話を切り出すと、立川も公園にそびえ立つ木を見上げた。

 十一月中旬で、地元では紅葉こうようシーズン真っ盛りだ。

 公園の木々は黄や赤などの色でグラデーションをいろどっており、夕刻の現在は夕暮れも手伝ってノスタルジックな空間を演出している。

「………………」

 夕焼けの光に照らされる立川の横顔が、月花の胸をどくんと高鳴らせる。

 しばし紅葉を眺める静かな時が流れていたが――――

「あ、あの、た、立川君」

 月花は緊張で乾いた口をこじ開けて、うわずった声で静穏せいおんを破った。

「どうしたの?」

「実は今日、立川君に、伝えたいことが、あるの……」

「うん」

 月花は意を決して話を切り出すが、続きの言葉がなかなか絞り出せない。前で組んだ両手に力が入り、ひざが震える。

 立川は急かすこともなく、紅葉こうようを眺めながら次の言葉を待ってくれている。

 そんな彼に、月花の心はいっそうきゅんきゅんする。

 あぁ、こんな穏やかで優しいところもすごく好き。

「――私、ずっと一人のままだと思ってた。一人で生きて、死んでいくのだと」

 覚悟が決まった月花は言葉をつむぎはじめた。

「けど、立川君が私を助けてくれた。一人じゃないって教えてくれた」

 だから月花は頑張って学院に登校し続けられている。立川はいわば力の源だ。

「最近は雑談できるクラスメイトもできて、学院生活が少しだけ、楽しくなってきたよ」

 月花からは計らずとも微笑が生まれた。

 立川は相槌あいづちを打ちながら耳を傾け続ける。

「これも全て、立川君のおかげなの。あの時、立川君が手を差し伸べてくれなかったら、私、今でも一人の殻に閉じこもっていたと思う。誰にも心を開かなかったし、今日あのメンバーで遊ぶこともなかった。あのメンバーと交流を持つこともなかった」

 月花は自然体で自身の本音を立川にぶつける。真っ直ぐなその想いは、立川の心にどのように伝わっているだろうか。

「立川君がいてくれたから。声をかけて、救ってくれたから、今の私があるの」

 一旦俯いて間を置いた月花は、目に力を込めて立川の瞳を吸い込むように見据えた。

「だから私は――――っ」

 唾を飲み込んでから、大きく息を吸い込んで、


「私は、立川君が好きです。私と、お付き合いしてください……――!」


 想い人への感情を、ぶつけた。

 月花からの告白に、それまでの言葉をにこやかに聞いていた立川は驚いた表情を見せた。

「時雨さんみたいな美人さんが俺のことを――大変光栄だけど、全然気がつかなかったよ」

 彼は月花からの好意に全く気づいていなかった。月花からの直接的なアプローチは一切なかったので、至極当然の反応ではある。

「時雨さんって、中学の頃から昼休みはいつも図書室に来てくれて、楽しそうに本を読んでる姿が印象的だった。でも、生徒と話してるところは全然見たことがなくて、内気な子なのかなって思ってたんだ」

 立川は再び大きな樹木を見上げて穏やかな語り口で続ける。

「学校、楽しめてるのかな、辛い思いをしてないかなって気がかりだった。でも、今の時雨さんは自分が一人じゃないと思いはじめてくれてて安心したよ。今の君はすごく輝いている」

 そこまで語ると、立川は樹木から月花へと視線を戻す。

「……でも。時雨さんの想いはすごく嬉しいけど――――」

 すごく、心の底から申し訳なさそうな顔をしている。

 そして。


「ごめん。俺、小沢と……――千穂と、付き合ってるんだ」


 大きく頭を下げて、告白への返答をした。

「だから時雨さんの想いには、応えられない」


 立川の返事に、月花の心臓がずきりと痛んだ。

 鋭い刃で強く刺されたかのような感覚。痛い。とてつもなく痛い。


「うん――うんっ。気持ちを聞かせてくれて、返事をくれてありがとう、立川君」

 月花は笑顔で首を何度も縦に振る。心の奥底ではこうなると思ってはいた。

「申し訳ない。けれど、時雨さんには、もっといい人が運命の相手として待ってるよ」

 立川は優しく語ってくれているけど、逆にそれが月花の胸の奥まで突き刺さってくる。

 もっといい人がいる――好きな人からは聞きたくなかった。好きな人だからこそ、その言葉が月花の傷口をより広げてきた。

 その言葉が、お前はフラれたのだと、いやが応でも断言してくる。

 それと同時に、立川が自身を卑下ひげしている気がして悲しい気持ちになった。

 自分にとって立川以上の男の子なんて、いないのに。

「……うん。今日は、ありがとう」

 本音では今すぐにでも泣き崩れたい心境だが、誠実に接してくれている立川をこれ以上困らせるものかと歯を食いしばる。

「私、もう少し休んでいくから、立川君は先に帰って」

「う、うん」

「困らせちゃって、ごめんね」

「いや……時雨さんも、気をつけて」

 今の自分が何を言っても気休めにもならないと悟った立川は、時雨の要望通り先に公園をあとにした。

 月花は一人公園の大木の下に残る。

 樹木の幹に手を添える。


「――――私、頑張った、よ……」


 地面に座り込み、俯いた月花の目からは大粒の雫がこぼれ落ちる。

「うぅっ、ぐすっ……」

 そうか。

 私が立川君と付き合えることは、ないんだ……――

 これが、失恋の痛み――

 三年分の片想いの失恋は、重く、とても重くのしかかってきた。

 しばらくの間、月花は流涕りゅうていした。

 彼女の頭上に、一枚の紅葉もみじが慰めようとしているかのようにひらひらと舞い落ちた。


    ●●●


 不謹慎にも、並木に潜んで告白の現場を見守っていた人物が二名ほど。

「時雨、フラれちゃったな」

「………………」

 優と大平だった。

「君ははじめからこうなると分かっていたんだろ?」

「そうね――いい気味だわ」

 大平は渋い顔で息を吐いた。

「――いつまでも遠くから憧れてるだけじゃ、自分のモノにはならないのよ。その状況で幸せを感じていたって、そんなのは虚無きょむの幻でしかないわ」

 彼女は言葉を吐き捨てて夕焼雲が流れている空を見上げる。

「一歩踏み込む勇気を出さないと度胸は身につかない。勇気も出さずに遠目から眺めてて満足してる臆病者には反吐へどが出るわ」

「手厳しいな」

「あんたもね」

 二人は涙を流し続ける月花に気づかれることもなく、はじめからその場にいなかったかのように去ったのだった。


    ●●●


(てっきり時雨の妨害をするかと思ってたが、静観せいかんしてるだけだったな)

 銀次は二人が月花に不都合な所業を犯さぬように少し離れたところから監視していたが、結局二人は月花の告白現場を眺めていただけだった。

(時雨はよく頑張ったよ)

 結局成り行きで自身も告白の一部始終を見てしまい、月花に申し訳ない気持ちを抱いた。

(今日のことを糧に強くなってくれれば、お前は躍進やくしんできる)

 月花ならば、今後色んな奴といくらでも恋ができる。愛を育む機会がある。

(だが、合わせる顔がねぇなぁ……)

 同時に、顛末てんまつが予想できていたのに、成長のためと自分を正当化して月花を玉砕ぎょくさいさせたことに強烈な罪悪感を抱く。

(何年も片想いしてんのに、「立川は小沢と付き合ってるぞ」だなんて言えるわけがねぇ)

 銀次は自分の両目を左手で覆って、しばらくその場から動けなかった。自然と歯を食いしばる。

(結局、俺はどうしてやればよかったんだよ)

 人間の心理ほど、絶対的な正解が皆無な事柄ことがらはない。

 特に、空白のような半年間を過ごした銀次にとっては鬼門であった。

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