第二出動 月花プロデュース大作戦! ①

「あぁー、今日は寒ぃな」

 嫌いなクラスメイトランキングなるものがクラスに晒された翌日。

 鉄平が結成した『ワーストレンジャー』として活動をはじめることになった銀次だが、早速午前授業のサボタージュを決め込み、時間は午後を回っている。学院は昼休みの真っ最中だ。

「午後だけとはいえ、クソかったりぃなぁ」

 ワーストレンジャーとして活動するといっても、あくまで放課後のお話。授業をサボることは活動にはなんら影響を与えないと考えていた。

 ――教室に入るまでは。

 教室の扉を開けると、いつもの通り教室は一瞬静まり返り、銀次に視線が注がれる。もはやお馴染みの展開で銀次は何も感じなかった。

 ただ、教室の一角だけが見慣れない光景に変貌へんぼうしていた。

「へー。時雨さん、読書が趣味なんだ」

 鉄平が優しい笑みと声色こわいろで月花に言葉を投げている。

「う、うん。その……面白い、よ」

「オレも活字読んでみようかなー?」

「やめとけ。貴様のこれっぽっちしかない大きさの脳みそでは内容の理解は不可能だ。処理が追いつかない。代わりに毒素でもたしなんでろ。そもそもお前、漢字読めるのか? いやむしろ平仮名読めるのか?」

 常日頃魔法をバカにされている仕返しか、ここぞとばかりに真紀が鉄平を小馬鹿にする。

「ダジャレか? ダジャレのつもりなのか? ちょっとだけ面白かったぞ。読書と毒素をかけたんだな?」

 真紀と鉄平に自席を囲まれている月花は多少戸惑いつつも、二人の会話を硬い笑顔で聞いている。

 二人は月花と交流を深めることで、彼女の心の扉を開こうと考えているようだ。

 真紀は流れで一緒にいるだけかもしれないが、鉄平は月花のことを思って話しかけていると伺える。

「あ……こ、この本、他の人が読んでもきっと面白くないから……」

 月花はか細い声を絞り出すと、文庫本をぎゅっと握り締めて俯いてしまう。

「まーたんなこと言ってんのかよ」

 銀次もまた月花の自席、鉄平の横に立った。

「お前のネガティブがその本まで否定してるじゃねぇか」

「あー! 銀ちゃん遅い! ボク心配してたんだからぁ」

「今日は寒ぃよな」

 鉄平の発言で体調が悪くなった気がした銀次であった。当然だが、気候が原因ではない。

「活動範囲が放課後だけとか思ってたんじゃないだろうな? 休み時間も貴重なリソースだぞ!」

「百瀬にんなこと言われるたぁ……」

 銀次は真紀を甘く見すぎていたのかもしれない。彼女もまた、ワーストレンジャーの一員である自覚を持ち、できることに注力していたのだ。

「メンバー同士の友情も戦隊モノの醍醐味だからな。若干インパクトに欠けるがやむなしだ」

 ――前言撤回。真紀はやはり真紀。自分のペースで行動しているに過ぎなかった。

 銀次は月花に向き直り、修正すべき点を物申す。

「時雨。厳しいことを言うが、ネガティブ発言を連発するとお前自身に対するネガティブな印象を周りに植え付けるぞ。人はできるだけ息苦しい会話はしたかねぇんだ」

「う……そうだよね……ごめん」

 銀次の指摘を受けた月花は眉を寄せて目線を下げてしまう。

「謝るなよ。性格はすぐにどうこうできるモンじゃねぇしな」

「う、うん。ごめん」

「だから謝らなくていいっつーの!」

「ひっ、ご、ごめ……」

 月花は忖度なしで叱咤しったしてくる銀次に身体を震わせて涙目になる。

「銀ちゃあーん、言い方キツくねー? ボク怖いよぉ」

「お前をサンドバッグにしたくなってきたぞ。あー指ポキポキ鳴らすかなぁ」

 身体をクネクネさせてぶりっ子を決め込む鉄平に、銀次は軽く殺意を抱いた。

「あれれぇー? 銀ちゃんおめめが笑ってなぁい」

 性格は一朝一夕いっちょういっせきで変わるものではない。簡単に変われるならば、誰もが真っ先に自分の理想の性格を目指すことだろう。

 だからこそ、日々の積み重ねが大切なのだ。

 休み時間のちょっとした会話だろうと、経験が積み重なれば月花の口下手もネガティブな性格も少しずつ改善されるかもしれない。何もしなければ何も変わらない。

「で、あいつはやっぱりあいつか」

 銀次は自席で参考書を開いている秀才をめつける。

「強制じゃないからな。優にも都合があるだろうし」

 参加したい時に参加すればいいと鉄平は言うが、それでも優の協調性のなさに辟易へきえきした銀次は、

「よう。暇そうだな。時雨が読んでる本、お前は読んだことあるか?」

 秀才の席までおもむいて声をかけた。

「ふん。どうせ僕は忙しすぎて午前の授業に出られなかった君と違って暇人だよ。時雨が読んでる本? 興味ないね」

 優は参考書に視線を落としたまま言葉を返してきた。

「あっそ」

 強制ではない。鉄平のその言葉で銀次はそれ以上優に対して何も言えず、月花の席に戻った。

 無理矢理会話に参加させたところでいい結果をもたらすはずがない。

 けれど、いいところも悪いところも違うクセのある五人全員が揃わないと意味がない。なんの根拠もないが銀次の勘が脳に告げていた。優自体は未だに信用ならないが。

「というわけで、休み時間もこうして話すんだから、遅刻しちゃめっ! だったんだよ」

 鉄平は溜息を一ついてジト目で銀次を見る。

「あぁ、そりゃすんませんしたね」

 市原は強制じゃないのに俺は強制なのか? と思わずツッコミを入れたくなる銀次だったが、

「銀ちゃんはリーダーなんだから、極力参加してよね」

 銀次の心内しんないを察した鉄平が衝撃的な事実を口にした。

「…………あ? リーダー? 誰が? 何の?」

「銀ちゃんしかいないでしょ? ワーストレンジャーのリーダー。アンダスタン?」

「鉄平の分際でよくそんな英単語知ってたな……」

「いやいや百瀬、ツッコむべきところはそこじゃねぇだろ! なんだよ俺がリーダーって!」

「えー、だってレンジャーとなると、リーダーを決めなきゃじゃん」

 鉄平は後頭部で手を組んで続ける。

「消去法で考えると銀ちゃんしかいないんだよ。優はあの通り少々アレだし、真紀は空気読めないし、引っ込み思案の時雨さんに任せるのは可哀想だし」

「お前がやればいいんじゃねぇの? 言い出しっぺだし、むしろお前がやれ」

 銀次のご指名を、鉄平は手を振って拒絶する。

「いやー。ホラ、オレはアレじゃん? 補佐役が似合うと言いますか」

「考えてみりゃ、村野の頭じゃリーダーは無理だな」

「ストレートに言ってくれるね!」

 ガヤガヤする銀次界隈かいわいだが、その光景を周囲のクラスメイトは不思議そうに眺めていた。


『時雨さんが村野や百瀬と話してたけど、橋本まで加わるとはどういう風の吹き回しだろう?』

『アレじゃないか、アレ』

『あぁ、昨日のランキングね』

『あれで嫌われ者同士、絆でも芽生えたんじゃね?』


 男子二人組が小声で銀次らの話をしているが、耳がいい銀次に聞かれてしまい、

「なんだ? 質問があんなら答えるけど?」

 銀次は男子二人に詰め寄る形で対応する。

「い、いや……」

「な、なんでもございませんっ! どうか殴らないでくださいスミマセン!」

 話しかけられた二人はものすごい勢いで後ずさると、そのまま教室から出ていった。

「おいおい、もうチャイムが鳴るってのに」

「銀ちゃんに恐れをなして逃げたんだよ? もうちょっと殺気を消した方がいいんじゃないかな? オレ、銀ちゃんの将来が心配だよ」

「お前は俺の親か!」

 結局銀次の乱入により、主役であるはずの月花が空気と化してしまったのであった。


(国語総合苦手なんだよなぁ)

 授業中。

 どちらかというと理系の銀次にとって、国語総合は一番の苦手科目だったりする。

(長ぇ文章は読む気しねぇなぁ)

 他の生徒が物語を音読している。

 銀次は昼休みの光景を思い出す。

 まずは月花の性格を変える方向に向かっているようだった。

 上手く行く保証はないが、やはりまずは休み時間の何気ない会話からはじめることが第一歩としてはベターなのかもしれない。

 会話を繰り返すことによって、どの場面ではどんな話の切り返しが必要か。会話のキャッチボールが会話のドッジボールやフットボールにならないように。

 そういったコミュニケーション部分も含めて、徐々に改善していければ。

(それに関しては俺も改善の余地ありだな)

「――――と」

(よくよく考えたら、村野以外の全員がコミュニケーション能力に難があるんじゃ? だったら時雨だけの問題じゃねぇな)

 女子は論外だが男子とは普通に関係が築けている鉄平はともかく、優はあの性格でクラスで孤立しているし、真紀は女子からはマスコット扱いされてはいるが、会話は成り立っていないことが多い。銀次は言わずもがな。

(だが、時雨以外は自分を変えたいとは思わないって断言したしなぁ)

「橋――と」

(いやいやでもよ。時雨の性格を改善させるには、まず俺らのコミュニケーション能力をなんとかしねぇといけねぇんじゃね?)

 プロデュースする側が今の体たらくでは、月花を手伝う意味が果たしてあるのか。


「橋本ぉ!」

「……ん? んだよ」


 なぜか教師から大声で呼ばれた。突然の事態に銀次の思考は停止してしまった。

「んだよ、じゃない。お前の番だぞ。百十八ページの五行目から読め」

 考えにふけっている間に銀次まで順番が回ってきたようで、教師に音読をうながされる。

「へーへー。『この気持ちは一体なんだろうか。』――自分で分かんねぇなら誰にも分かんねぇよ。『ただ、胸の高鳴りだけははっきりと分かる。この高鳴りが相手にも聞こえていないか不安になる。』――そんな地獄耳がいたらバケモンだろうがよ」

「いちいちお前の個人的感想を盛り込むな! もういい。西村、続きから読んでくれ」

 銀次の音読はわずか一行半で強制終了させられたのだった。

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