江戸窓翔也の怪異譚

@syousetu_tarou

第1話:視えないストーカー(Invisible stalker )

「はぁはぁ・・・こ、ここまで来れば大丈夫だよね・・・」

 私は、荒れている呼吸をゆっくりと整える。『ナニカ』から逃げていたからだ。

(あれは何なんだろう・・・。)

 私は頭の中で反芻する。10月頃からだろう。気が付いたら『ナニカ』がいる気配に気付いた。

『ナニカ』は視界に映らないけど、『確かに存在する』のは分かる。

ジャリ・・・。後ろで、誰かが砂利を踏む音が聞こえた。

「!?」

 私は慌てて後ろを振り返るが、誰もいない。また、私は慌てて走り、近くの交番に駆け込むのだった。



「先生!いい加減起きてください!もうお昼ですよ!」

 誰かの声が室内を満たす。

「・・・ふわぁぁぁ・・・。うん?夢美君じゃないか。どうしたんだい?大学は?」

ソファーで眠っていた男があくびをしながら起き上がる。

「今日は、授業はありません!それに、先生が呼んだんですよ!私の事!」

「ん?そうだったかな?」

「そうだったかな?っじゃないですよ!先生が昨日夜に私のスマホにラインしてきたんじゃないですか!『今日依頼人が来るから、手伝ってくれないか』って!」

「あ~。そうだった。そうだった。うん。良く起こしてくれたね。ありがとう」

「もう!・・・それで、ご依頼人はいつ頃、お訪ねになられるんです?」

 夢美と呼ばれた彼女は、憤慨しているようだった。

「え~と、うん。い」

 彼女の疑問に先生と呼ばれた男が答えようとした時・・・。

『ピンポーン!』っとインターフォンが鳴った。

「・・・。」

「・・・今だ」

 ジトーと睨む彼女を前に男はバツが悪そうな顔で言った。

 時は少しさかのぼり・・・

「え~と、地図アプリだとこの辺なんだけど・・・。どこだろう」

 私は辺りをキョロキョロと見回す。周りは雑居ビルに囲まれていた。

「・・・あった!」

 少し歩くと、雑居ビルの間に『不自然』に存在している一軒家があった。

「なんで、こんなビル街に一軒家が?」

 私は不思議に思ったが、思い切ってその家のチャイムを押した。表札には「江戸窓」と書かれていた。

「・・・はーい!」

 家の中から若い女性の声が聞こえた。

 「ガチャ」っと玄関が開く。開いた女性は、明るい色の髪色をした長髪の女性だった。思わず、綺麗で見惚れてしまった。

「え~と、依頼主さんかな?」

「・・・あ。はい!」



「あ~、お嬢さん?すまないね。少々散らかっていて。まぁ、そこのソファーに腰を掛けておくれ」

「はぁ~。全く、常日頃からちゃんと資料は整理してくださいと言っておりますでしょう?」

「いやぁ~・・・耳が痛い。それより、夢美君。お嬢さんにお茶うけを」

「もう出しています。先生はもう少しちゃんとなさってください。髪がボサボサですよ?」

「・・・」

 私はいったい何を見せられているのだろうか・・・。目の前では夫婦漫才みたいなことが行われている。

「あ、あのう・・・」

「うん?どうかしたかね?」

「い、いえ。本当に貴方は『解決人』なんでしょうか?」

 私は、思わずポッと疑問に思っていた事を声に出してしまった。だって、目の前の男性は、ヨレヨレのシャツに先ほど起きたのか、寝ぐせでボサボサの髪をしていたからだ。はっきし言って『胡散臭い』。しかし、なぜだか不快感は抱かなかった。

「・・・ああ、『解決人』だとも。そこは安心してくれても良いよ。お嬢さん」

 目の前の男性は、『本当に胡散臭い笑顔』を浮かべた。







「さて、お嬢さん。自己紹介といこうか。僕の名前は、江戸窓 翔也。そして、隣の彼女が」

「岸戸 夢美と申します。甚だ遺憾ですが、先生の助手をしております」

夢美と呼ばれた女の人がにっこりと優しい笑顔を浮かべ挨拶してくれた。



「んっ!夢美君?遺憾とは如何ともしがたい言葉だね。まぁ、それより・・・だ。お嬢さんの名前は何て言うのかな?」

「あ、紅咲 いろはと申します」

「紅咲 いろは・・・さんね。で、今回はどんなご用件かな?」

 翔也と名乗った男の人はそう言うと、目は閉じられてるはずなのに、視線を私に向けた。

「・・・」

 私がしばらく黙っていると・・・

「大丈夫ですよ。私たちを信じてお話ししてください」

 夢美さんが優しく声をかけてくれた。

「・・・はい。あれは、10月頃だったか。気が付いたら『いた』んです」

「『いた』?」

「はい。信じてはもらえないかもしれないんですけど、目には視えない『ナニカ』が」

 私は重くした口を出してもらった、紅茶を飲み話し出した。

「学校からの帰り道。時刻は夕刻。10月の中頃でしたから、辺りは暗く、明かりは弱々しい街灯の明かりだけでした。私は、生徒会の副会長でして、学校に会長と一緒に少々事務仕事をしていました。事務仕事が終わり、会長と最寄り駅まで一緒に帰りました。その日は少し冷えていて、足早に家路に向かったんです。すると、後ろから視線を感じて振り返ってみたんです。でも誰もいなかった。私は不思議に思ったんですが、その日は気にせずに家に帰ったんです」

「・・・・」

「・・・それで?」

 夢美さんがそう聞いてきた。

「その日は、特に何も」

 私は一息つく。

「それから、何日か経ってまた気配を感じたんです。今度は明らかに私を視ている・・・そんなネットリとした気持ちの悪い視線でした」

「・・・・話の腰を折って申し訳ないんだがお嬢さん。それは普通にストーカーではないのかな?それなら警察に」

「それは両親に言ってもうやりました!でも、実害がないと動けないって言われて・・・」

 私は江戸窓さんにそう言われ、ついカッとなって怒鳴ってしまった。

「・・・ふむ。申し訳ない。続けてくれ」

 江戸窓さんは対して気にしていないようで、話を促してきた。

 私は申し訳なさがあったが、好意にのせてもらった。

「その視線を感じた日から、確実に視られてるです。でも、ある日、視線だけじゃなく後ろに『ナニカ』いる。そんな不気味な気配を感じたんです。それから、私の後ろをついてくるようになったんです。だから警察の人にもう一度言って見回りをしてもらうようにしたんです・・・」

「・・・いろはさん。もしかして、部屋の、そうベランダにその『ナニカ』は現れませんでしたか?」

「えっ!?なんで分かったんですか!?」

 私は、夢美さんの発言にびっくりした。そうなのだ。一回、私の部屋のベランダに『ナニカ』の気配を感じたのだ。その時の私は、慌てて一階にいる両親のもとへ走っていった。

「・・・ふむ。もしかしなくとも君には『視えた』のかな?」

「はい。本当にうっすらとですが・・・非常に存在感は希薄なのに明らかに『います』ね。私の力をもってしても『視えない』ぐらいには」

「え・・・どういうことですか?『視えた』のに『視えない』って・・・それに、夢美さん・・・貴女はいったい」

 夢美さんと江戸窓さんがそんな会話をしていた。私は不思議に思い、夢美さんに言った。

「ふふふ。私そういう『体質』なの。いわゆる霊感体質っていうやつ。だから、普通の人には『視えない』ものも『視えて』しまうの」

 夢美さんはそう言って笑った。

「先生。進言いたします。『今すぐ』に処置した方が良いかと」

「・・・く、くくくく。君がそう言うなら事態は一刻も争うということだね。まぁ、『私』にも分かった。ネタが知れたら興覚め。さっさとお嬢さんの不安を取り除いてあげよう。して、お嬢さん。僕に依頼をした時点で理解していると思うけれども・・・『君』は一体見返りに何を提示してくれるのかな?」

 私は『いきなり』雰囲気が変わった江戸窓さんにビクッとして震える声で言った・・・。

「・・・私の全てを。」

「・・・ふむ。合格だ。条件を変えよう。こう見えても、僕は世間一般で言えばニートでね。生きるのにやはり生活費は必要だ。だから少しのお金と・・・そうだな。今回の『事象』をもらおう」

「『事象』?」

「僕は『怪異蒐集家』なんだよ」













 私は学校からの帰り道を歩いている。周りは暗く、先を照らしているのは、おぼつかない街灯だ。

「・・・・」

 私はとぼとぼと歩く。でも今日はおかしかった。何がおかしいというと、『進んで』ないのだ。歩いているのに最寄り駅を少し出た所から、少しも進まない。

「・・・・」

 私は、ふと歩みを止める。あの『視線』を感じる。今日は後ろからではない。『前』からだ。私は『前』を視る。気が付くと、おぼつかなかった街灯はなくなっており、真っ暗だった。まるで、私を取り込もうとしているかのように。



 暗闇が一歩、近づいた気がした。それは気のせいではなく明らかに、迫ってきている。

私は体が動かなかった。あわや、『暗闇』が私を取り込もうとしたとき・・・。



「・・・霊剣抜刀。『ごめんね』斬らしてもらうよ。この娘は『さらわさせない』」

 私の目の前に、夢美さんが美しい剣を抜いて『暗闇』を斬っていた。

「・・・先生!」

「・・・くくく。これは【まずそう】だ。まぁ、『私』の口に入るのだから光栄に思いたまえ」

そんな声が聞こえたら、『暗闇』が一気に霧散していた。

あれほど気持ち悪かった『視線』も感じない。

「・・・ふぅ。もう大丈夫。いろはさん、よく頑張りましたね」

「ゆ、夢美さん・・・あれは一体・・・?」

「あー、あれh」

「それはだね、『呪い』だよ」

「・・・先生?」

「いやいや。すまないね君。ここは僕のお株だよ」

 夢美さんは私に説明してくれようと口を開いたが、かぶせ気味に江戸窓さんが私の質問に答えた。

「の、呪い?」

 私はそう気が抜けた感じで言った。

「そう、呪い(まじない)とも言われる。対象者を呪う方法だね。日本でメジャーなのは、丑の刻参りかな?あぁ、確か、古代中国では蠱毒(こどく)と言うんだったかな?とにかく、呪いだ。お嬢さんを悩ませていたのは、ネタが知れたら全くもってつまらないものだったね」

「先生?そんな言い方はないんじゃないですか?もしよろしければこの霊剣の錆にして差し上げますが?如何なその出鱈目な『特性』でも問題なく斬れますが?」

「・・・おっと、怖い怖い。久しぶりに夢美君の逆鱗に触れてしまったみたいだ。いや、悪かったね。確かに無神経な発言だった。お嬢さん。すまないね」

 夢美さんは見ていて冷えるような笑顔を江戸窓さんに向けている。今にも持っている剣が鞘から抜かれそうだ。というかすでに抜く準備に入っていた。

「い、いえ・・・それより」

 私は、慌てて江戸窓さんに先をうながした。

「あぁ。『呪い』だね」

「・・・」

「では、答え合わせといこうじゃないか。そうだね・・・お嬢さん。君の周りで最近なにか変化は起きてないかな?」

「・・・そう言えば、会長が最近、学校を休みがち・・・まさか・・・?」

 江戸窓さんに問われ、私はふと思い返す。

「ふむ。『そのまさか』だね。その会長君が今回の事件の犯人『視えないストーカー』・・・だ」

「えっ?でも何で?何で、会長が私なんかに呪いを・・・?」

「呪いを掛ける理由なんて人それぞれさ。羨望、嫉妬、恋慕、恨み、妬み・・・そのどれかに当たっているのかもしれない。人を呪わば穴二つ。会長君は『やり方』を間違えた。だから、自分で呪ったのに少しづつダメージを受けていったのさ」

「・・・」

 私は、言葉が出なかった。まさか、会長が私を呪うなんて思わなかったからだ。

「・・・いろはさん。貴女が気に病むことはないですよ。私たちが対処していなくとも・・・いえ、私たちが対処していなければ、救えなかった」

「え?」

「その会長さんは無事ですよ。まぁせいぜい一週間といったところでしょうか。先生が『食べて』くれましたから」

「くっくっく。大変まずかったがね」

 夢美さんは苦笑していて、江戸窓さんは相変わらず『胡散臭い笑い』を浮かべていた。







――――――後日

「この度は、娘を救っていただきありがとうございます」

「いえいえ。そんなにかしこまって頂くほどの事ではありませんよ」

「むしろ、こんな『胡散臭い』人を信じることが出来る娘さんのお心が綺麗なほどですよ」

「・・・君。毒がえげつなくないかい?僕は何かやってしまったかな?」

 彼が、笑っていると、隣にいる女の人が客人用に出されたカップを持って、刺すように言った。

「・・・えぇ、思い出してくれませんか?ここ一週間の『しでかし』を」

「・・・大変お世話になりました」

 彼は、女の人に謝る。

「全く。先生ときたら生活能力が皆無すぎです!何で私が、お世話しなくちゃいけないんですか!?」

「ゆ、夢美君。今は抑えて・・・」

「・・・・おほん。失礼いたしました。その後、いろはさんのご様子はいかがですか?」

「・・・えぇ、一時、凄く落ち込んでいましたが、生徒会長とお話して今ではわだかまりもなくなったようです」

「・・・それは良かったです。ちゃんと出来たのですね」

「・・・今回は、軽く済みました。今後も何かございましたらご連絡ください。これ『私』の名刺です」

「ありがとうございます。あと、謝礼金なんですが・・・本当にこんなに安くてよろしいのですか?」

「問題はございません。この度は、興味深いモノを回収させて頂きましたので」

翔也はいろはの両親からもらった封筒を鞄にしまう。

「では、夢美君。ここいらでお暇しようか」

「・・・えぇ。先生。帰りましょう」







―――江戸窓翔也の怪異譚【第一話:視えないストーカー(Invisible stalker )】完

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