孵化譚-3 fetus elitus

2人の胎児が, 胎の中で意識会話をしていた。

ある胎児は安眠の様相で,

典型的な横向きの態勢を維持している。

一方は逆向きの態勢に臍の緒が絡むも,

余裕の表情を浮かべている。


"いやね, 産まれるというのは

人間の最大の悲劇ですな"


"全く同意です。もっとキケロを

読み込んで置くべきですな,我々は"


モンテヴェルディの間奏が流れていた。

胎児には胎児のやり方がある。

もう何世紀前であろうか。

過剰な文明発達を憂いた上層部の愚か者が,

記憶除去の施策を採った。

産まれる瞬間に全て忘れてしまい,

気づけばまた胎の中に。

文明の濁流の中でも特に賢き2人は,

300年を経て再び遭遇した。

2人は前回の生について,

退屈がてら振り返る事にした。

間奏は止み, 次には誰が編んだかも

知らぬ単旋律曲が流れ始めた。


"僕はどうやら, 前回においては

中華の高官の家に産まれていたらしい"


"なぜ解るのです?"


"讒言の罪で処刑される光景を

思い出したからですな。君は?"


"文字も知らず, 教養も無い大砂漠の民でした, 恐らくはですが"


"ふむ、それはなかなか酷烈でしたね"


"その代わり部族の王として

生き永らえましたが"


"...ふむ。全く,今回の産出は外野が騒がしい。カンティガを楽しめん。"


横向きは不愉快そうに

ごくごくと羊水を飲んだ。

胎の外から聞こえるのは

今や"親"となりし嘗ての同胞。

やはり記憶を無くし,

胎児達よりも優位の存在と思い込んでいる。

今回の生を終えたならば,

施策改善の議定書を認めねばなるまい。

2人の行く末について話題が移ると,

横向きは失笑と糞を漏らした。


"それにしても君は気の毒だ。

君の家は中産階級らしい!"


"君はどうやら成金の一族に産まれるらしい。君の方が気の毒だ。"


"なぜです?"


"今度の胎児大統領をご存知でしょう。

運命を操るとして有名な"


"栄華を味わわせた後,

破滅に向かわせる奴の事を忘れていましたな"


臍の緒の締め付けが強くなり,

いよいよ産出の時が近くなる。

"...大統領に災難あれ!"

胎児達は排尿しながら呪詛を行った。

突然, 逆向きの意識に

焦燥と動揺の色が現れる。逆向きは尋ねた。


"ちょっと待って下さい。

1つ確認しても宜しいか?"


"ええ,何でも。羊水の味なんか

聞いても無意味と思いますが"


"いや,私の肌が緑色なのですが。

君も開眼して確かめてくれ。"


"...鮮やかな緑色ですな, これは!"


幾らゲノムの異常に恵まれたといって,

緑色の肌はあり得まい。

嫌な予感がする。今回の生は

ローマ崩壊以来の試練になりそうだ。

いつから胎児達は,外界をいつも通りの

人間世界と錯覚していたか。

心地良い間奏に思われていたそれも,

不気味な呼吸音に聞こえ。

胎の内壁と思われた物体も,

目を凝らせば硬い殻が覆っている。



"我々は惑星を間違えた"



胎児達はワインの一杯でも

飲み干したい気分になった。

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掌夜奇譚 フミンテウス @humitee666

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