二日目:美瑛→富良野→新得→柏林台→音更

 ホテルの寝間着って、着るとなんだか楽しくなりますよね。布一枚を帯一つで留めているだけだから、開放感があるのでしょうか。もしくは帯で姿勢がよくなるから、呼吸が深くなるからかしら。どちらにせよ、ベッドでは乱れて脱いじゃうんですけどね……。今朝も目が覚めると生まれたままの姿だったので、少々恥じらいを覚えながらいそいそと服を着ることになりました。

 身支度を済ませ、朝食に向かいます。北海道のホテルの朝食の良いところは、牛乳が美味しいところです(や、もちろんご飯も美味しいですけどね)。紙コップにコーヒーと牛乳を混ぜて部屋に戻ります。おや、このコップFSC認証マークがついていますね。ポイント高いです。


 朝日差すというには白んでうすら明るい街の景色を横目に、持ち帰ったコーヒーをすすります。北海道は極に近い分夜明けが早いので、下手にカーテンを開けたまま寝ると3時とか4時に目が覚めてしまうので注意ですよ。

 さて、今日はどうしましょうか。計画は立ててありますが、今一度机に地図を広げて検討します。昼に新得に着きたいので、予定通り美瑛から富良野に抜けて買い物をして、狩勝峠を越えるルートがいいですかね。新得をスルーするなら三笠方面に下るのもありなのですが……。


「やはり富良野方面に行きましょう。石狩平野探訪は新千歳起点でできますしね」


 旭川・富良野も旭川起点の方が楽なのですけれどね。ドライブが主目的なら、このくらいの移動は苦になるどころか楽しみの一つです。今日のBGMはサカナクションにしましょう。北海道ですしね。

 ホテル下のセコマに寄って、飲み物とおやつを購入します。グランディアとジョージアで迷い、今朝はグランディアのコロンビアにしました。ジャスミンティーとミントガムも購入します。


 平坦な道を30分も行けば美瑛に着いてしまいます。美瑛町は夕張山地と大雪山系の間にある丘陵地です。ほぼ平坦な富良野―中富良野に比べ、美瑛はアップダウンを繰り返す丘が特徴的です。これはかつて、美瑛の南東に位置する十勝岳が噴火したときに、放射状に火砕流が流れ込んだためとされています。街から適当に山の方に入ってみると、ぐねぐねした地形がよく見えます。展望台もいくつかあるので、おすすめですよ。

 美瑛駅の手前で道道966号に左折します。大雪を正面にめちゃくちゃ真っ直ぐな道を走ることができ、めちゃくちゃ楽しいですがスピードの出し過ぎには注意です。少し山に入ったあたりにあるのが、白金青い池という水たまりです。

 青い池は堤防にたまったただの水たまりだったらしいのですが、不思議と美しい青色をたたえ、さらに立ち枯れたカラマツが幻想的な風景となり、いつのまにか人気観光スポットとなった場所です。アルミニウムや硫黄を含む水が青色光をよく反射することでこの光景になるそうです。例えば宮古島のコバルトブルーの海や、仁淀川の透き通る青、白浜の深い青色とはまた違った、パステルの白を落としたような青色をしています。なかなか見ることのできない種類の青なので、一度は見ておきましょう。個人的には”反射の青”より”透明の青”の方が好きではありますが――。


 さらに進むと、白金の温泉街が現れます。ここには白ひげの滝と呼ばれる滝があります。近くの橋の上から見ることができますが、少し離れているので思ったより小さいとがっかりするかもしれません。

 しかしよく見てほしいのですが、この滝、流れ出す場所が見えないのです。白ひげの滝は岩盤の上を流れる川ではなく、岩の間を流れてきた伏流水が流れ出している場所なのです。たいていの伏流水は地面からじわじわしみ出したり、湧いた場所から斜面を伝って川を形成したりするので、滝を形成するほどの水が突然岩の間から噴き出すことは珍しいのです。

 また、この橋からは十勝連峰をよく見渡すこともでき、滝とセットで一見の価値ありです。道道を行く間にもずっと見えていたのですが、ここまで来るとかなり近づいた感がありますね。ちなみに美瑛町も面積は大きく、ここから見えている連峰のこちら側はだいたい美瑛町です。


 さらに車を進めて山を登ると、十勝岳望岳台があります。標高約1000mの望岳台は少し肌寒いですね。今日は雲一つなく腫れているので、十勝連峰が間近に感じられます。時期によって姿を変える山並みを簡単に見に来ることができるのもいいですね。盛夏の木々の緑と山上の灰色のコントラストも好きですが、秋の紅葉や冬の雪積る景色も捨てがたいです。周囲はすっかり切り開かれて遮るものもないので、山並みはもちろん美瑛の丘陵地もよく見えます。

 十勝岳に登るルートで一番難易度の低いのが、この望岳台から登り始めるルートです。といっても、山頂までは標高差1000mくらいあるんですけどね。展望がよく、ゆるやかにまっすぐ登れるので、迷って遭難する危険性が多少低いのがいいですね。また縦走などしてみたいものです。


 大空と大地をしっかり味わった後は、ぐねぐねと山道を進み下っていきます。下りた先は上富良野町。またまっすぐな道を南下して、中富良野町を抜けると、富良野盆地の最奥、富良野市です。富良野まで来ると左右の山脈が迫ってきてかなり狭いですね。

 北海道の地名をそれほど知らない人でも、富良野という名前は何故か知っていますよね。「北の国から」のロケ地として一躍有名になった富良野ですが、実際のところ美瑛や上富良野に比べて平地の面積が狭く、かなりの面積を山地森林が占めています。そのため、観光はおろか宅地をつくるのもなかなか難しい土地となっており、普通はマイナーな僻地の町に落ち着きそうな場所です。

 しかし、富良野は市になるほど、一度は人口が多くなった都市です。北の国からバブルを活かして、上手に発展したのでしょう。現在でも観光地としての知名度は抜群です。

 また、日本全国から移住してくる人も多いそうです。特に、夜の富良野駅周辺はまるで東京にあるようなこだわりの強い店が立ち並ぶお洒落都市と化しています。実際、北の国からによって北海道=富良野という認識を持った多くの東京人が、気に入ってそのまま引っ越してきた、というパターンがよく見られます。やたらとワインの品ぞろえがいいスペイン料理屋や、東京で修行しのれん分けされたフランス料理屋など、なぜこんな場所に、というおしゃれな店がたくさんありますよ。

 では、もともとの富良野で有名なものは何かというと、スキーですね。富良野も糠平と同様雪が軽いので、滑り心地がいいようです。ただし、旭川から鉄道でアクセスできるため外国人でも訪れやすく、世界的に有名になってしまっており、めちゃくちゃ混雑するところが難点です。糠平の方が穴場というわけですね。


「ちなみに、富良野の発音は”らの”と頭にアクセントを置くのが正しいです。北の国からではなぜか

”ふ”と尻上がりの発音をしていますが」


 さて、今回富良野を訪れた理由は、フラノマルシェに立ち寄るためです。地域活性化のために最近作られた複合施設です。以前訪れたときにはなかった場所なので、ここの物産館で買い物がしたかったんですよね。富良野の商品は新千歳空港などでもたくさん売られていますが、だいたい同じものばかりなので、こうして現地だと何が売っているか見てみたかったのです。

 ワイン、チーズケーキ、サブレ……JAのポテトチップスやレトルトカレーなんかもあります。ワインは土地で買うと安いんですよね。チーズケーキは一口サイズを買って、今食べちゃいましょう。


「濃厚で美味しいですね! 持って帰って食べたいとこですが……次から折り畳みの保冷パックを持ってこようかしら」


 外のベンチでチーズケーキを賞味したころ、気が付くと11時半でした。思ったより富良野盆地を楽しんでしまったようです。そろそろ出発しましょう。

 空知川沿いに南下していきます。街から出て川を渡ると急に建物がなくなります。道沿いにぽつぽつある富良野メロン直売所に心を惹かれますが、荷物になるので涙をのんでスルーします。

 そういえば、いつか富良野に泊まった際、キャンペーンでアンケートに答えるとメロン一玉プレゼント! というのがありましたね。てっきり形が悪かったり、小さかったりするメロンを配っているのかと思ったのですが、ちゃんと商品として売られているようなメロン(1kgありました)を貰ったことがあります。大きすぎたので帰りの空港で慌てて郵送したものです。

 私はメロンを食べたときの喉がイガイガする感じが嫌で、あまりメロンが好きではなかったのですが、この時のメロンはとても甘くてイガイガもなく、美味しくいただいたことを覚えています。あのキャンペーンまたやらないかな。


 山部の町を抜け大きくカーブすると、山道に入っていきます。左手にずっと見えている森は東大の演習林らしいです。やはりここは東京なのでしょうか。

 しばらく行くと分岐がありますが、これは直進します。ちなみに右に曲がると占冠に抜けることができます。採草地の中を抜け、あちこちに書かれた”樹海”の文字を通り過ぎると、南富良野町の市街地が見えてきます。

 南富良野町も面積の大半が山地森林で、一部に耕作地域が見られる程度です。この辺りも火砕流の通ったあとなのか、ぐねぐねした丘陵地が見られます。市街地西の森は国有林で、標高も少し高いので天然のエゾマツやトドマツなどの針葉樹も見られます。また、市街地南西にスキー場があり、滑りに来る人も多いそうです。鉄道も走っていますしね。

 南富良野の道の駅には、立ち上がったヒグマのはく製があります。なかなかの迫力です。また、南富良野町のキャラクター、カーリングの玉の帽子にニンジンの服、とうきびのショルダーバッグを身に着けた、南ちゃんのグッズなども売られていますよ。ツッコミどころの多い北海道のご当地キャラクターの中でも、南ちゃんは結構可愛くてまとまっている感じなのでお気に入りです。


 38号をさらに東へ向かいます。並走してきた根室本線とも落合駅でお別れ。いよいよ狩勝峠越えです。狩勝を西から越えるのは初めてですね。ずっとまっすぐ登っていきます。ここを東から下るときはめちゃくちゃスピードが出るので怖いですが、先がずっと見えていて面白いんですよね。

 あれ、あっという間に峠の展望台まで来ちゃいました。曲がりもほぼないので楽ちんでしたね。狩勝峠はたかだか標高600m程度の峠なのですが、西を向くと、今通ってきた南富良野の山地が眼下に広がります。天気がよければ奥に夕張岳や芦別岳も望めます。今日は少し雲がかかっていますね。東を向くと、十勝平野北部を見渡すことができます。ずっと先の雌阿寒、雄阿寒岳まで見えるはずなのですが……ちょっと霞んでいますかね。本当に晴れ渡っている日じゃないと、離れすぎていて見えないです。

 さて、新得に下りていきます。こちら側の道は多少曲がりが多いですが、日勝峠に比べれば屁でもない楽さです。十勝から石狩方面に行くには、日高側の日勝峠かこの狩勝峠を越えなければならないので、交通量が多いことの方が注意事項ですね。今は高速が完全につながったので、かつてほど混み合ってはいないようですが。


 ようやく新得に到着です。少し遅くなってしまいましたね。新得といえば、そう新得そばです。今は新そばの時期ではないのですが、新そばでなくても美味しいのが北海道のそばのいいところです。

 ソバ畑の横のお蕎麦屋さんに入ります。温そばと冷そばで迷いますが、暑いのでざるそばにしました。北海道のそばはとても香りがよく、麺からしっかりそばの味がするので、うすい醤油の温そばが一番おいしく楽しめる、と思っています。ざるだとついにつけすぎてしまうので、香りが薄れやすくなるんですよね。


「いただきます!」


 まずは麺だけちゅるちゅるっといただきます。「通みたいだね」って笑われますが、新得そばの香りと味を楽しむには、まずそのまま食べるのがいいのです。といっても新得そばは香りも味も濃いので、味の違いとかわからない、という人でもわかる……はずです。


「うん、ちゃんとそばの香りがします。麺も噛みごたえがありますね。これですよこれ」


 新得そばは太めに切られており、しこしことした触感が味わえます。もちろんつゆにつけても美味しいです。全国各地にそば屋はありますが、正直新得をはじめとする北海道のそばは、信州や出石と並んで別格だと思います。たまーに美味しいそば屋さんもありますけどね。


 さて、本日の第一目標は達成です。新得から帯広へ向かう方法は様々ですが、時刻は13時半、さくっと帯広まで行ってしまいましょう。鉄道と並走して38号線を南下します。ちなみに、東に行くと鹿追を抜けて士幌に行くことができます。鹿追はなんと道の駅が2つもあるんですよ。あ、どうでもいい? そうですか……。

 清水、芽室を抜け、再び帯広市外へ。柏林台を右折し、白樺通りで左折します。するとしばらくして左手に見えてくるのが、第二目標の帯広競馬場です。

 帯広競馬場はばんえい競馬を開催している唯一の競馬場です。ばんえい競馬とは、ばん馬に重たい鉄製のそりをひかせて競争する競馬です。ばん馬は農耕馬であり、より多くの荷物をひくことができるばん馬ほど優秀であるため、このような競争が始まったと言われています。普通の競馬のようなスピード感はありませんが、筋骨隆々なばん馬が見せる大迫力のレースを見ることができますよ。

 また、競馬場に隣接している馬の資料館では、ばんえいを含む北海道での馬の歴史を学ぶことができます。こういう何かに特化した博物館が色々あるのが、北海道の博物館の面白いところですね。ビート資料館とか、豆の博物館とか。


 競馬場を楽しんだところで、微妙に時間が余ってしまいました。それこそ、博物館に行くには少し時間が足りません。どうしようかなと考えていたところ、ぴんとひらめきがありました。


「オペレペレケプを感じましょう」


 帯広という地名はアイヌ語のオペ(レ)ペ(レ)ケ(プ)o-perperke-pが由来とされています。意味は「川尻がいくつにも裂けている場所」。アイヌは川の上下を海から山の方向に考えており、十勝川が札内川や音更川など様々な川にわかれていく様を見てこう呼んでいたそうです。地図を見ると確かに、日高や大雪から流れ出る無数の川の一大集水地となっています。

 帯広川と札内川の合流地点から、河川敷周辺を散歩します。地元にある河川敷はどちらかというと堤防の一つという感じでしたが、十勝川河川敷は護岸の下に自由に砂礫が堆積しています。これこそまさに河川敷なんですよね。流れたいように流れるというか……。


 ふぅ、すっきりしました。時間もいい感じにつぶせましたね。少し早いですが、夕食にしましょう。帯広市外へ戻り、近くの駐車場に車を停めます。

 帯広といえば、そう豚丼です。十勝のソウルフードの一つである豚丼、道内のあちこちで食べることができますが、”焼き豚をご飯の上に乗せてタレをかけたもの”では十分とは言えないのです。

 元祖豚丼のぱんちょうは、しっかり炭火で焼き目を付けた豚を出してくれる数少ない店です。メニューは豚丼のみ、肉の量が違うだけです。一番少ない”松”でもそれなりにお腹が膨れますが、”竹”くらいが食べ応えがあると思います。

 大人気店なのですが、少し早めの時間に来たからか待つことなく入れました。待つこと10分、蓋のされた丼とみそ汁が出てきました。蓋から肉がはみ出しています。


「いただきます!」


 香ばしい香りが食欲をそそります。暖かいうちにいただきましょう。なんだか今日は食べてばかりな気が……。肉は柔らかいですが噛みごたえがあり、肉のうまみがぎゅっと詰まっている感じです。タレも甘く上品で、ご飯も進みます。どうしても具材が豚だけなので、たくさん食べると飽きが来るものですが、”竹”くらいの量だと飽きが来ずお腹も膨れていいですね。


 腹ごなしも済んだところで、今日は温泉に入りましょう。十勝川周辺にはモール温泉という特殊な温泉が湧いており、ぬるぬるのお湯でつるつるのお肌になるのです。

 薄暗くなり明かりのついた十勝大橋を渡り、信号を右折します。丘を登っていったてっぺんで左折した先にあるのが丸美ヶ丘温泉です。手前の道が狭くいつも合っているかドキドキします。

 歴史を感じさせる建物に入り、お金を払って暖簾をくぐります。シャンプー類はないので自分で持ち込みましょう。服を脱いで浴室に入ると、ほのかに草の香に似た匂いが感じられます。そして、なんといっても浴槽が真っ黒なことが驚きポイントでしょう。これが十勝川のモール温泉の特徴です。

 モール温泉は泥炭など、植物が腐って堆積した層を通り抜けて湧き出しており、植物性の有機物が多量に含まれています。この成分が肌をつるつるにするなど、様々な効能を発揮するそうです。


「ぬるぬるですねぇ……」


 少し熱めで、ぬめりのある湯を肩や腕にかけながら、ほぅ、と一息つきます。日中であればガラスの向こうに森が見えたはずですが、すっかり暗くなってしまい外は何も見えません。

 丸美ヶ丘温泉は何といってもお湯の質が高いことが有名です。泉質、濃さはもちろん、少し高めの湯温も疲れた体に染みますね。また、驚くことにこの温泉には源泉が2つあり、大浴槽は濃いモール温泉、そして小浴槽は――。


「おおーあわあわです」


 薄めのモールに濃い炭酸泉。入った先から泡に包まれていきます。少し温度が低いのも、休憩にもってこいですね。一生ここにいられる気がします。


「ふぅ、いいお湯でした」


 髪を乾かしながら、瓶牛乳をあおります。温泉といえばこれですよね。

 湯冷ましをして、三度帯広市街地へ戻ります。といっても、あとは宿にチェックインして休むだけですけどね。明日の朝は早いので、早めに休んでもいいでしょう。

 今晩の夜景は帯広の街です。帯広も格子上の街なので、眺めていてとても落ち着きます。昼間に池田のワインを買いに行っても良かったかなと思いつつ、富良野ワインで乾杯しました。

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