第6話 シェリアク

 間違いなかった。栗色でさらさらの髪に丸い輪郭の顔。絶対に琴だった。俺の人生に色をつけてくれた、あの綾織琴だった。


 その俺の問いかけに、彼女は深く頷いた。そして、涙を浮かべた顔を隠すかのように両手で覆う。


「嘘みたい……」

「俺だって、まさか、こんな所で再会できるなんて」


 そこで俺はよく考えてみる。琴は、星たちにシェリーと呼ばれていた。そして、この店に出入りしている。ということは、


「まさか琴は、星だったの?」

「ごめん。黙ってて……。私の正体が人間じゃないだなんて言ったら、絶対嫌われると思って……」

「何を言ってるんだよ。最初に好きになったのは俺じゃないか。実は星だっただなんて驚くけど、だからって琴を嫌いになるわけじゃない。むしろ好きになったよ。俺は星と恋をしてるなんて」

「シェリー、ひょっとして、あなたが前に話してた地球で恋をした人って……」


 ミラさんたち三人は何が起こったか理解していないようだったが、ミラはようやく状況を理解したようだった。


「そうです。彼です。犬飼昴介です」


 それを聞いたミラさんは、「まあ!」と大きな声を上げながら両手を叩いた。

さらに、イザールさんとエニフさんにも説明を始める。それを聞いた二人は、その重大さを知り、


「何だって? すごいな! 運命の再会だ!」

「愛が二人を再び結び付けたんだ!」


 しかし、俺にはひとつ気になっていることがあった。


 いくら正体を隠していたといえ、なぜ突然俺の前から姿を消したのだろうか。


 それを尋ねるべく、一歩琴に近づくと、それに合わせて彼女は一歩後退した。その違和感に、ミラさんたち三人も気づく。


「ごめん!」

「え……?」


 もう一度近づこうとすると、やはり琴は嫌がるかのようにそれを避けた。


「琴……? 何で俺を避けるんだよ。俺何かしたか?」

「ごめんなさい……。私、もう昴介と付き合うことができないの……。これ以上、一緒にいたら、また諦められなくなるから。昴介のこと、大好きだけど、諦めなきゃいけないから……。だからごめん」

「どういうことだよ。言ってることがわからない」


 琴はそんな俺の言葉も聞かずに、店を飛び出す。するとミラさんが俺に言う。


「昴介さん、追いかけなさい。私は彼女があなたを避ける理由の予想がついています。でもそれは、本人から聞くべきです。そして、それを解決してあげられるのもきっとあなただけです。さあ、追いかけて!」


 俺はすぐに大通りに出て、左右を交互に見る。あまりの人の多さのため、琴がどこに行ったかわからない。しかし、琴は走って行ったため、彼女を避けるように一瞬隙間ができる。それが右側の道に少し残っていた。


「こっちか!」


 俺も人の間を通り抜けながら琴に追いつこうとする。


 なぜ琴は俺から逃げるのだろうか。あのときも突然いなくなった。もういなくならないでほしい。


 やがて琴の背中が見えた。


 追いついた!


 しかし、琴は俺が追いかけてきているのに気づくと、角を曲がり路地に入り込んだ。俺も琴に続き、路地に入る。


 この路地は店がほとんどなく、薄暗かった。


 琴も走り疲れたのか、立ち止まり膝に手をついて、肩で息をしていた。


「琴!」


 俺が琴の背中に手をやると、琴はその場に蹲ったかと思うと、突然涙を流し始めた。その様子に俺はどうすればいいかわからず、


「お、おい、大丈夫か? どうしたんだよ」


 としか言えない。


「あのね……またこうして会えているのが夢みたいで……。まさか昴介がゲストだったなんて、本当に嬉しくて……。でも、さっき言ったみたいに昴介のことを諦めなきゃいけないのも事実で……。心の整理がつかなくなっちゃった」

「俺だって嬉しいよ。そりゃあ、実は星だっただなんて驚くけど、だからって琴を嫌いになるわけじゃない。むしろ好きになったよ。俺は星と恋をしてるなんて」


 よく見ると、琴は体が震えていた。それはまるで、何かに怯えているかのように。


 琴を抱きしめようとすると、今度は避けられずに受け止めてくれた。優しく琴を包み込むと、琴の体温を全身で感じる。そして、できるだけ優しい声音を意識して言った。


「何かあったのか? 説明してくれよ。力になりたいから」


 すると、琴は手で涙を拭い、今度は笑い出す。久しぶりに見た彼女の笑顔だ。


「昴介は相変わらず優しいなあ。……私、昴介の前じゃ強がれないや」


 琴はゆっくりと立ち上がり、俺の両手を握った。


「話、聞いてくれる?」


 俺は琴の手を強く握り返す。


「もちろんだ」





 りんご飴を二つ買って、『星の国』の中心街から少し外れたところにある丘の上に二人で上る。『星の国』が一望できる綺麗な丘だ。そして、光る星型の実が成っている木の下に腰をかけた。


 まずは、買ったりんご飴を舐めてみる。異様に甘い。確か、苦いものを食べている最中に、少し甘いものを食べると、やけに甘く感じることがあるという話があったな。まあ、今はそんなことはどうでもいい。


「それで、話だけどね」


 と、琴は自分のりんご飴を眺めながら話し始める。


「怖いの……お父さんにバレるのが……」

「バレる? 何が? 地球に行っていたこと?」

「地球に行ってたのはもうバレちゃってる。すごく怒られた」

「ああ……お父さんは地球が嫌いなの?」

「実はお父さん、『星の祭典』協会の人たちと違って、人間とは反友好派の星なの」


 彼女の説明によると、反友好派は人間を嫌う星のことを指すらしく、『星の祭典』協会の活動を阻害することもしばしば。そして、その代表格が琴の父親なのだという。


「理由は教えてくれない。ただただ、人間を嫌ってて、私が最初に人間に興味を持ったときにもすごく怒られてさ。私はすごく地球に興味があったのに、人間について知ることを禁止されてて。だから私がこの『星の祭典』協会のメンバーだなんてバレたら、ましてや地球で人間に恋に落ちただなんて……。『星の国』も大好きだけど、毎年来るのが怖くて、いつ連れ戻されるかわからない……。すごく暗い生活だったから、毎日朝が来る地球に憧れて……せっかく行けて、昴介にも会えたのに……やっぱり怖くて……」


 そう言えば、この話は地球にいたときに、琴の口から少し聞いたことがあった。もちろん当時は星のことは隠されていたけど、父親と上手くいっていないこと、それと、


「きっと、お母さんも父さんからのストレスに耐えられなくなって、それで病気になってしまったんだわ。すごく……暴力的だったから」


 しかも、と琴は話を続ける。


「私はお母さんよりも地球を選んでしまった。お母さんが苦しい思いをしているのに、その間、私は地球での生活を楽しんでいた。そして、こっちに戻ったらお母さんの病気は進んでて……、私は最低な子よ……」


 俺は何と言えばいいのだろうか。いつもこうだ。琴はいつも俺にアドバイスをくれるのに、俺は琴の話を聞いてやることしかできない。唯一できることがあるとすれば、こうして琴の頭をゆっくりと、優しく撫でてあげることだった。


「ありがとう。昴介に撫でられてると、心が落ち着くよ」

「こんなのでいいなら、いくらでもするよ。俺は他に何もできないから」

「側にいてくれるだけでいいんだよ」


 琴はゆっくりと、俺の肩に頭を乗せてくる。


 残酷な世界だ。俺たちはただ一生懸命に生きようとしているだけなのに、目の前にある幸せを掴みたいだけなのに、運命が立ちふさがる。他の奴らは楽しそうに生きているのに。俺たちだけが上手くやっていけない。その点では前田も同じだ。誰かが被らなければいけないのか? そうだとしたら、俺は負けない。絶対に幸せになって、楽しく人生を生きてやる。簡単に、運命から人生を潰されてたまるか。


 そう、琴を見ながら俺は誓った。


 もう二度と、琴の悲し気な顔は見たくない。そして、ずっと二人で暮らした

い。琴のいない人生は、もう俺が生きていける人生ではないのだから。


 りんご飴の、最後の一欠片を飲み込もうとした瞬間だった。


 地面が揺れ、『星の国』から黒煙が上がり始めた。

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