第3話 スターライトパレード
「あ、忘れてました。これを食べておいてください」
と、ウィリアミーナは赤い小さな粒を差し出してくる。
「これは?」
「宇宙空間でも呼吸ができるようになる魔法の実ですよ。一度食べたら効果は永遠に続きます。あ、死んだら駄目ですけどね」
なんてブラックジョークだ。
俺はその魔法の実とやらを受け取り、食べてみる。
うーん、変な味。
『まもなく、終点『星の国』。お降りの方は、忘れ物のないよう、ご注意ください』
「さあ、降りますよ。会長がホームで待ってます」
ウィリアミーナが差し出してきた手を取り、腰を上げる。祭典は既に始まっているのか、外から愉快な音楽が聞こえる。心なしか、俺の心も自然と弾む。
ウィリアミーナに連れられ、客車を降りると、ホームに一人の女性が立っていた。
「リゲル会長。お連れしました」
リゲル会長と呼ばれたその女性がこちらに気づき、近づいてくる。近くで見るとかなり背が高いのがわかる。それに大きな金のピアス、紫を基調としたドレス。外はねショートカットの髪形がよく似合っているが、顔から年齢はわからない。とても美人で肌に張りがある。しかし、醸し出す雰囲気は若い人のそれではなく、威厳があった。
「やあ。私は『星の祭典』協会会長のリゲルだ。君が犬飼昴介君だね?」
「は、はい」
俺が思わず敬語で答えると、リゲルさんがよろしく、と手を伸ばしてくる。俺も手を出し、リゲルさんの手を握った。彼女の手からは人の温かみを感じた。本当に人のようだ。
「それじゃあ、会場のメインステージに行こう。祭りはもう始まってるけど、これからオープニングセレモニーだ。君にも何か挨拶をしてもらうから考えておくんだよ」
リゲルさんは簡易な説明をしながら、閉ざされていた駅のホームの扉に手をかける。
「あ、そうだ。ここから先が会場なんだけど、きっと驚くよ。あと、人間ってのは基本的に一年に一度しか会えないからさ、やっぱり星たちにとって珍しいんだよね。だから色んな奴らに声をかけられるだろうけど、まずはオープニングセレモニーだ。それが先。奴らには気にせず最初はしっかり私についてくるんだよ」
「はい」
と答えたが、無理ですなんて選択肢はなかったように思える。あっても選ばないが。ここまで来てしまったなら、夢でも現実でも、楽しんでしまえと思っていた。
「それでは、私はこれで」
とウィリアミーナが俺とリゲルさんに向かって頭を下げる。
「え、ウィリアミーナ来ないのか?」
俺が彼に尋ねると、
「いえ、私も祭りを楽しませていただきますよ。しかし、あまりの人数の多さ故、次に会えるのは地球へ帰るときだと思いましてね」
「なるほどね。会えるといいな」
「会えた際には何かごちそうしますよ」
「それは楽しみだ」
ウィリアミーナの笑顔に俺も笑って返す。最初は不気味な奴だと思ったが、意外
といい奴だ。だからしばらく彼に会えないとなると少し寂しくも思えた。
「それじゃあ、昴介君。準備はいいかい?」
「はい」
「それじゃあ行こう」
リゲルさんは俺の返事を聞くと、一気に扉を内側に開いた。
その瞬間、駅のホームに眩い光が差し込んでくる。同時に、祭りを楽しむ賑やかな星の人の声が聞こえて来て、人々が興奮している空気が俺を包んだ。
目の前に現れた光景はまさに『星の国』。朱雀大路のような一直線の大通りが伸びており、通りの両側には光り輝く屋台が軒を連ねている。そして大通りの最も奥には天高くそびえる光のタワーがあり、頂の部分には七芒星のオブジェがあった。おそらくリゲルさんの言うステージはその下だろうと勝手に想像する。
「おおっ! 今年のゲストがやって来たぞ!」
と誰かが叫ぶと近くにいた星たちが一斉に俺に注目する。
「今年こそ駅前に店を構えられて良かったぜ! 人間さん、チョコバナナいるか? 地球で流行ってるんだろ?」
「ばーか。イザール、いつの時代の話だよそりゃ。人間さんはこのエニフの店の七面鳥を食うに決まってる。うちの七面鳥はいつの時代でも大人気だぜ」
「はあ? お前の方が馬鹿じゃないか? どう見ても東洋人だろ。七面鳥は食わねえよ」
突然の言い争いに俺が苦笑いをしていると、リゲルは二人の頭に勢い良く平手打ちをかます。
「イザール、エニフうるさいよ。まずはオープニングセレモニーだ。毎年そうだろ。いい加減覚えな」
イザール、エニフと言われた屈強な二人は痛そうに額を押さえた。本当に痛そうだった。会長恐るべし。
イザールさんは赤くなった額を撫でながら、俺の耳に、
「まあ、人間さん。あとで来てくれや。美味しい料理準備して待ってっから」
と、こっそりと言うと、リゲルさんが拳を構えていた。
「イザール」
「へへへ、すまねえ」
リゲルさんの拳を見たイザールさんはすぐに俺から離れて行く。俺はそんな彼に、リゲルさんに気づかれないように手を振った。
「昴介君、ステージに着くまでずっとこんな感じが続くからな。最初はあいつらの話は聞かなくていいから。とにかく歩け」
そう言うとリゲルさんは星たちを掻き分けながら俺の前を進んでいく。その間にも
「あら、今年はかなりいい男の人間ですわね」
「すぐ人間に手を出すのやめな、ミラ」
「お、人間さん、あとでうちのお団子を食べに来てくれ! 僕は本部の仕事があるけれど、うちの店は毎年行列が……」
「ネカル、宣伝も駄目だ。というかあんたはどうしてここにいるの。塔での仕事はどうしたんだい」
というようなリゲルさんと星たちのやりとりが続く。
それにしても、『星の国』はなかなか面白い場所だ。地球とは異なる夢のような世界。人間の姿となった星たちは本物の人間と同様、多種多様で面白い。『星の祭典』は思っていた以上に楽しめそうだ。
ようやくメインステージに辿り着くと、そこはやはりあの塔の下だった。『スタッフ入口』と書かれた扉があり、星の世界にもこんなのがあるのかと少し親近感が湧く。その入り口からステージ袖に入ると、リゲルさんの直属の部下と思われるスタッフたちがせっせと仕事をしていた。
「さてと、昴介君。開演まであと三十分を切っている。だからそこら辺にある椅子に座っていていいから挨拶を考えておいてくれ。私は私の準備があるからな。それじゃあ」
「え?」
リゲルさんはそうやって自分が言いたいことだけ言うとさっさと去っていった。
ウィリアミーナもリゲルさんもそうだが、星って結構自分勝手な人が多いのだろうか。
俺は言われるまま、近くにあった椅子を適当に見繕い座る。そのときリゲルさんがてくてくと俺の所に戻って来た。
「ねえ、私さっき開演まで何分って言ったけ」
「三十分って言ってましたね」
俺が答える。
「ごめん。三分との間違いだった」
おいおいおい。大丈夫か、この会長。
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