運命の肝試し

御船ノア

完結

運命の肝試し



満月が照らす高校生の夏。森の前には大勢の人集りが出来ていた。

「さぁ、始まりました! 年に一度の大イベント! 肝試し大会ーーーッッ!!」

「「「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」

そう。肝試しをするためだ。

俺の通う高校では伝統行事を尊重しており、日本における有名なイベントを行う決まりとなっている。

一年間の行事カレンダーの中にも前々から組み込まれており、この日を楽しみに待っている者もいれば、怖いものが苦手な憂鬱な人もたくさんいた。

中には仮病を用いて休む者も当然いる。

だが意外にもこの肝試しを不参加する者は数人程度しかいない。


その理由の一つに、この肝試しは本当に幽霊が出るという噂があるから……。


幽霊という存在はテクノロジーが発達した今の時代でも科学的に証明することはできない。

あるテレビ番組では、カメラを回した撮影者が幽霊を記録することに成功しているのが流れているが、あれはほぼイカサマだと思っていい。

予め用意していたかのようなセリフ、不審な撮影、安否不明と言っておきながら番組に投稿されている矛盾。

これらが組み合わさった結果、結局あれは番組視聴率を稼ぐための子供騙しに過ぎないという結論に至ることだろう。

それでも視聴してしまうのは、幽霊という存在を信じていない反面、心の底では本物だと酔心し、あたかも撮影者目線に自分を置き換え幽霊とのスリルを味わいたいに過ぎない。

そのスリルが行き過ぎた結果、こうして実際に身を置いて体験してみようというのが肝試しなのである。

絶叫マシンとは違うスリルを、ここでは体験することができる。

「全く、これのどこが楽しいんだが……」

「ほ、ホントよ……っ。こんなイベントを好む人の心情を疑うわ」

俺の独り言に応答したのは幼馴染の同級生。––––––中村由奈(なかむらゆな)だ。

中背のロング金髪に透明感のある白い肌。ふくよかな体つきであるものの、お腹周りはほっそりとしていて、胸やお尻は適度に膨らんでいる。

女の子の理想を詰め込んだような超絶美少女でありながらも、その対価と言わんばかりにパワーだけは男勝りな部分があった。

今も恐怖から来ているのものだろう。俺の腕をギシギシと鳴るほどの力が込められている。

「痛い痛い痛い痛いッ! おい由奈、お前どんだけ怖がってんだよ! まだスタートすらしてないぞ」

「は、はぁぁ!? まだ怖がってないし!」

なんだよ『まだ』って。今のこれは未来の構図ですかい?

俺はツッコミたい気持ちを抑え、由奈に問う。

「つーか、そんなに怖いものが嫌なら休めば良かったろ」

「私がそんな怖いという理由だけで休むと思う? ていうか別に怖くないし。それに、ズル休みは私のポリシーに反するの。ていうか別に怖くないし」

(……こいつ、あまりにもびびり過ぎて気が動揺しているな。文武両道を極めている優等生が同じ発言を二回もするなんて考えづらいし。なんなら気づいてない感じだし)

実際、俺の腕を掴んでいる(今は指先でつまんでいる)指は小刻みに震えている。

それだけ由奈は怖いものが苦手ということが分かる。

普段はお嬢様みたいに凛々しく高貴な態度であるから、今みたいに怯えている姿はとても女の子らしく可愛いく見える。ギャップ萌えというやつだろうな、きっと。

「ま、安心しなよ、由奈」

「?」

「例え幽霊が現れたとしても、そいつはきっと逃げ出す。何故だか分かるか?」

「……? 分からないわ」

「それは幽霊より由奈の方が怖いぃぃだだだだだだだだだっ! ごめんごめんごめん嘘です! 冗談です! お願いだから関節技やめてえええええええ!!!!」

おそろしく速い関節技。俺でなきゃ見逃しちゃうね。※見逃してます

俺の想いが届いたのか、由奈は関節技を解いてくれた。

それと同時に、俺達の番がやってくる。

肝試しはクラス内のくじ引きで決めるのだが、今回は俺と由奈がペアになった。

自分達の前にいるペアがスタートし、10分経過してから次のペアがスタートする形となっている。

俺達の番がやってきたということは、前列のペアがスタートしてから10分が経過しようとしているというわけだ。

友人と話をしていると、時間の経過はあっという間だ。

「よし、じゃあ行くとするか。由奈」

「……絶対に置いてかないでよ?」

「はいはい。わかってますよ」

強がりな態度を見せているのにもかかわらず、言葉が頼りないっていうのがなんか心をくすぐられる気分になる。

俺は決してサドスティックな性癖を持ち合わせてはいないのだが、こういう頼まれ事をされると逆に置いて行きたくなる。もちろん、そんなことしたら生きて帰れなくなるのでしないが。

この学校にて唯一の幼馴染ペアである外村裕也(そとむらゆうや)と中村由奈(なかむらゆな)。––––––いざ、肝試しに参る。



     ★



森の中は想像以上に怖かった。

やけに静かな空間、冷たい空気、先がほとんど見えない暗闇。

周りにをそびえ立つのは何の変哲もないただの葉っぱが広がった木々なのに、環境の条件に加えてたびたび顔や太ももに当たる虫の触感や鳴き声で夜の森の不気味さはより一層増していた。

頼りになるのは隣で引き腰になっている由奈……ではなく、手元の懐中電灯ただ一つだ。

さっきまでの強気な姿勢はどこへやら……。今にも泣き出してしまいそうな由奈はスタート前の時よりも俺の腕をギューッとしがみついて離さない。(加減は覚えたようだ)

「……あの、由奈さん? ちょっと近過ぎでは?」

歩きづらいというのもあるが、何より……生暖かい吐息と柔らかい何かが俺の腕にめり込むように触れているので気分が落ち着かないのだ。

女経験がゼロの俺にとって、これは刺激的過ぎた。

由奈は不安と恐怖が入り混じった表情でキョロキョロしながら喋る。

「は、はぁ!? 別に怖くないし!!」

(だめだこりゃ……。もはや言葉が通じないほど恐怖に支配されつつあるわ、この子)

スタートしてから十分が経過した頃、目の前に二つの分かれ道が。

「……ん? これどっちに進めばいいんだ?」

肝試しのルールだと、道に迷わないようこういった迷いそうな箇所には先生が待機することになっている。

その肝心な先生が何故かいないのだ。

「う、うそでしょ……。なんでいないのよ?」

由奈の握る力がひと回り強くなる。

ちょっとした不安が起こるだけでも由奈は全て幽霊の仕業なのでは? と思考回路が働くようになってしまっていそうだ。

そんな由奈を見て、心の内に潜む悪魔の俺が出てきてしまう。

「もしかして……幽霊に襲われたんじゃ」

「いやあッッッ!!」

「!?」

もう耐えれないと言わんばかりに、由奈は俺の体を抱き枕のように強く抱きしめた。

柔らかい触感が一つから二つに増えてしまい、俺の心臓……いや、全身が不本意ながらも喜び始める。

ここで俺も包み返せば側から見れば熱いカップルに見えることだろう。

俺もまさかここまで怖がるとは思っておらず、ちょっと悪いことしたなと反省しつつ背中を優しく撫でた。

「大丈夫だよ、由奈。俺がついている」

「…………うん」

「俺はお前を絶対に離さない。だから安心しろ」

「……ん」

これが今の俺にできる償いといったところだろう。

俺は辺りを見渡してみる。

「……これは」

「なに? 今度はなに?」

不安の色が更に濃くなる由奈を他所に、俺は緩くなっている地面を指差す。

そこには誰かの足跡がはっきりと残されていた。

「足跡?」

「おそらく、この足跡は前列にいた人達が辿った形跡なんじゃないかな」

肝試しの前日は雨が降っていたため土も緩くなる。

そうなれば、誰かが辿れば足跡がつくのは必然。形状的にも足跡がついてから時間もそう経っていないことが推測できた。

「じゃあ、左に進めばいいってことね?」

「うん、そうなるね」

左の道には足跡がついているが、右の道には一切ついていない。

となれば、進むのは左一択になる。

「よし、行くか」

そう決断し、左の道に進もうとした瞬間––––––。


ぼんやりと、顔がよく見えない女の姿がゆっくりとこちらに近づいてきていた。


「ひぃぃッッッ!?」

考えるよりも先に由奈は俺の腕を強引に引っ張り右の道へと駆けていく。

さすがは男にも勝る馬鹿力。男の俺でも簡単に振り解けん。

由奈は日本記録を更新できるほどの走力で猪突猛進する。

「お、おい由奈! こっちは違––––––」

「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理」

まるで厄払いするかのように念仏する由奈をもう誰も止めることはできない。

俺は身動きが取れないまま、由奈に担がれ先を進むことになるのであった。



     ★



右の道を突き進んでいくと、奥に明かりが灯っているのを発見した。

こんな暗闇の環境の中、その明かりはまるで希望を見つけたかのような安心を得る。(特に由奈)

特に引き返すようなことはせずに、由奈はそのまま突っ走る。

ここまでスピードを落とさずに走り抜いたことに素直に称賛する。

人は身の危険を感じるとそれが原動力となり、漫画でもよくみる覚醒した状態になれることを初めて知った気がする。

「え、あれって……」

明かりの場所まで距離が近づいていくと、そこにはよく知る人物がいた。

「お、中村、外村。無事ついたようだな」

俺達の担任の先生だった。

そして、たどり着いた場所は驚くべきことにゴール地点であるお寺だった。

「せ、先生っ? え? あれ?」

由奈は困惑した様子。

本来、左の道に進むのが正解だったのに、右の道に進んだ結果ゴールすることに成功しているのだから。

由奈が安心し、担いでいた力が弛緩したその隙に俺はさりげなくずり落ちる。

担任の先生は名簿にペンで入力し始める。

「よし、到着のチェックは終わったぞ。お前達はこの辺で全員が到着するのを待っていてくれ」

どうやら到着したペアを名簿に記しているらしい。

これなら誰が到着していないかすぐに分かるからだ。

俺と由奈は安心して疲れがどっと襲い掛かってきたため、近くの階段に座って休もうとする。

そのタイミングで担任の先生から声がかかる。

「中村、外村。ちょっと聞きたいんだが、ここに来るまでに誰かと合わなかったか?」

「「え?」」

何か意味を含んだ質問に俺と由奈の体に緊張が走る。

しかし、記憶を振り返ってみても誰かと遭遇した事実はない。

「いえ、誰とも」

俺と由奈は当然同じ返答。

それを聞いた担任の先生は心配そうな顔色を浮かべる。

「何かあったんですか?」

内容が気になってしまい、聞かずにはいられなかった。

先生は答える。

「ん、いや……お前達より先にスタートした生徒達の何人かが戻って来なくてな」

「「え」」

「普通ならとっくに到着してもいいはずなんだが、いっこうに来ないんだ」

「……それって」

「ああ。あまり想像したくないが、迷子になってしまった可能性がある」

俺は辿って来た道を振り返る。

スタートからゴールまで、基本的に道は一本線だった。普通に進んで行けば迷うことはない。

唯一あるとすれば、俺達が一瞬迷ったあの分かれ道だろう。

生徒が調子に乗って道を踏み外さない前提ではあるが。

「あの、そういえば分かれ道のポイントには生徒が迷わないよう先生が付いているはずですよね?」

「ああ、そうだ。今回の担当は山崎玲子先生だ」

山崎玲子先生は二十代後半の若い先生だ。

「俺達がそこに着いた時、誰もいなかったですよ?」

「なに? それは本当か!?」

「は、はい……」

由奈もそうだと首肯する。

その情報を聞いた担任の先生は数秒間、時が止まったかのように硬直する。

額にはうっすらと汗が浮かび始めている。

「これはまずい! ここに到着していない生徒はゴールとは真逆の方に進んでいるということか!」

何人かは推定通り到着しているが、たまたま正しい選択をしたか。それともその時間まで山崎玲子先生はいて、しっかりと道案内したかのどちらかだろう。

「俺は今すぐこのことを伝えに行くから、二人はここで待機しているように! いいな!」

「「はいっ」」

担任の先生は急いで他の先生にこのことを伝えにいった。

それから暫くして到着した生徒達にも事情聴取が入るのだが、結論として十三着目までは山崎先生は分かれ道のところ立っていたそうだ。

次の十四着目になるはずのペアから、推定着順を裏切るようにまばらになっていることが分かった。

現時点でも何ペアかはゴールに到着し続けているが、逆に到着してこないペアもいるそうだ。


全部で90ペアの参加があったうち、無事到着することができたのは66ペアだったことに騒然せずにはいられなかった。



     ★



肝試しの終了時刻が近づいてきているが、もちろんこのまま解散するわけにはいかない。

未だに24ペアと山崎玲子先生の計49人が見つかっていないからだ。

俺達の情報をもとに山崎玲子さんがいるはずの分かれ道にすぐさま他の先生が代理で着いたものの、到着までに間に合わなかった生徒の何ペアかは違う道へと進んで行ってしまったそうだ。

それから被害は抑えることに成功し、肝試しが終了するまでの時間に他の先生達は間違った方向に進んでしまった生徒達を捜索しに行く。

もちろん先生とはいえど、全ての道を把握しきれてない森の遠くに行ってしまうと自分たちも迷子になりかねないので、後戻りできる範囲までだ。

先生達の捜索成果は発揮できず、見つけることが出来た人数は0だった。

それからすぐに警察に連絡し、捜索願いを出した。

30分ほどで大勢の捜索部隊が到着し、森の中を広範囲に捜索し始める。

ここまで来れば後は時間の問題だろうと、この時はきっと……誰もがそう思っていたことだろう……。



     ★



あなたは信じられますか?


肝試しに参加した森の全て、及びその周辺を事細かく捜索し続けたのに––––––。



誰一人と見つからないなんてことを……。



この捜索は遂に三ヶ月目に突入した。

それでも誰一人として見つからない。

町の人にも協力してもらったが、有力な情報は一つもない。

やがてこの事件はニュース番組でも取り上げられることになる。当然だ。

中にはこの不可解な事件を本物の幽霊の仕業だとかテキトーなことを言うネット民も現れバズるようになる。


––––––幽霊に連れて行かれた、と。


「……アホか。幽霊なんているわけないだろ」

幽霊なんて科学的根拠の証明ができない所詮はただの作りものだ。

幽霊という概念そのものを信じるには、結局自分の目で見て確かめるしかないのだ。

まぁ、実際に幽霊を見た事実を誰かに話しても信じてもらえるはずもないのだが。



だからこそ思う。



あの時、左の道にいた女性は何かの見間違いだったのだと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

運命の肝試し 御船ノア @kiyomasa_eiyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ