第7話 罪の償い方
「まさか、俺がウェルゼンを・・・消滅させた・・・のか?」
兵士たちを殴殺していたところまで覚えていたのだが、それ以降の記憶がまるでなかった。
ゆっくりと体を起こし、辺りを見渡してみても、やはり何も残っていない。
「俺はまた、多くの人を殺してしまったんだ・・・
記憶はなくとも、大国が無くなってる現実から考えるに、関係のない人間まで巻き込んでしまったことは容易に予想がつく。
俺はこれからどう罪を償って生きて行けばいいのか?
恐らく、兵士が口にしていた「天霊勇者」とやらが早急に俺を始末しに来るだろう。
だとしたら、俺は死を以って犯した罪を償えばいいのか?
俺は罪を償うためとはいえ、殺される覚悟はあるか?
いや、もし最初から死ぬ覚悟があったのなら、死を以って罪を償えるかなど考えるまでもないことだ。
なら、俺は死を回避するために「天霊勇者」と戦うのか?
だが、これ以上、俺の手で人を傷つけたくない。
分からない、大罪を犯した俺はこの後どう生きて行けばいいのか、思考を巡らせていたその時——————
「君なの? ウェルゼンに現れた悪魔って言うのは」
透き通る美声がした上空を窺ってみると、そこには不思議な光彩を放つ純白のスカートに、真っ白な腕から生えているフリルの付いた透き通る白の下地に光を象徴付ける黄色を這わせたドレスを着こなした美女がいた。
その衣を例えるなら、まるで「花嫁衣裳」そのものであり、ハーフアップに結った金色の髪を靡かせた拍子に見えた白のガーベラの髪飾りが、彼女の魅力を最大限に引き立てている。
彼女の外見を一言で形容するまでもなく、見た者は口を揃えてその言葉を思い浮かべるだろう。
——————「女神」だと。
それも、この世界の「女神」となれば存在はかなり限定されてくる。
どうやら、俺は「天霊勇者」に遭遇してしまったようだ。
「ねぇ? 私の話、聞いてる?」
あまりの美しさに見惚れてしまっていたせいで、彼女から問われていたのをすっかり忘れていた。
「天霊勇者」を目の前にして、なぜ俺はこんな無防備に考え込んでしまっていたのだろうか。
良く分からないが、とりあえず俺は彼女の問いに正直に答えることにした。
「俺がやりました・・・何でも、します・・・」
「ふーん? なるほど、それじゃあ君が通報に受けた人殺しの悪魔で違いないのね」
「はい・・・どのような処罰が下されようと覚悟はできてます・・・」
「そう、ならあなたはどうして——————」
彼女は俺の目の前に降り立つと共に、残る言葉を優しく語り掛けるように綴った。
「—————泣いているの?」
「え、俺が・・・?」
「ここにはもう、君しかいないよ? だったら私は誰と話しているのよ」
彼女に言われて、ようやく俺は自分が涙を流していることに気が付いた。
頬に伝う大粒の涙は、流れを止めることなく地面へと落ちていく。
「なんで・・・どうして・・・」
「君にもう一度聞くわ、本当に君が人殺しの悪魔なの?」
優しい口調で彼女は再び俺に問う。
だが、俺の意思とは裏腹に力が暴走したと言ったところで信じてもらえるとは決して思えない。
だから、俺は自分の意思で人を殺したということを貫き通すつもりでいた。
—————なのに、それなのに、どうしてだろうか?
気が付けば俺は、「天霊勇者」である彼女に全てを打ち明けていた。
「お、俺は、みんなを・・・殺すつもりは、これっぽっちも・・・なかったんですっ・・・! なのに、力が、勝手に暴走して・・・それで、それでっ・・・!」
「そう、君じゃなく、君の中にある力が暴走して、国を、ここの住人を殺した・・・と」
「そうです・・・! お、俺は・・・決して殺したくて、殺したわけじゃないんですっ・・・! どうか、信じてください・・・お願いします・・・」
膝を折り、地面に手を付ける。
俺は彼女に、ひたすら懇願した。
殺したくなかったのに、人を殺めてしまった俺の気持ち。
力の制御ができず、殺人を犯してしまった俺の無力さ。
自分の弱さが、死ぬはずのなかった住民を、シビアを、みんなを、殺した。
もしかしたら俺は、真実を知った上で己の中に眠る悪魔を始末して欲しかったのかもしれない。
彼女が「天霊勇者」だから、真実を打ち明けようと思ったのかもしれない。
そうすれば、彼女はこの世の安泰を守るために、俺をどんな手を使っても殺しに掛かってくるだろうから。
死ぬのが怖いと思っていたはずなのに、彼女に全てを打ち明けてからは、なぜか恐怖の感情が一切なかった。
恐らく、死ぬという恐怖よりも、早く胸中を支配する苦しみから解放されたいという気持ちの方が何倍も強かったからだろう——————
「・・・・・・」
彼女は無言のまま、その場で立ち尽くす。
やがて、一歩、一歩と近づいてくる足音を聞いた俺は「死」を覚悟した。
だが、彼女は俺を———————殺さなかった。
「よく正直に話してくれたね、辛かったね」
俺の頬に手を添えながら、彼女は優しく微笑んだ。
本当に、「女神」のようだった。
「俺に、力がないから・・・人を、殺してしまいました・・・」
「うん、君のしたことは決して許されることじゃないね」
「なら、俺は、死んで詫びるべきなんでしょうか・・・?」
「どうだろうね、でも、決めるのは私じゃないよ—————」
そう言うと彼女は、両手で俺の頬をクイっと持ち上げて言葉を綴る。
「罪をどう償うかは君自身が決めるんだよ。死んで詫びることが一番の償い方だと思うのなら、きっとそれが正しい。だけどね—————」
スッと頬に触れていた手が、俺の元からゆっくりと離れていく。
「「辛いから」って言う理由で死を選択するんだったら、私が全力で阻止するから」
意図がまるで読めない。
彼女は「天霊勇者」であって、悪魔を滅ぼさんとする俺の天敵で違いないのに、「死」を強制するどころか、「死」を選択させて来るのはどう考えても明らかにおかしい。
だが、彼女の髪色と同じ金色の瞳からは、嘘偽りの感情を一切感じなかった。
——————本当に、彼女は「天霊勇者」なのだろうか。
「もし、君が「死」以外の選択肢を選ぶんだったら、私が全力でサポートするから」
「どうして、そこまでして俺を・・・」
「同じ過ちは二度と繰り返したくない。ただそれだけの理由だよ」
彼女の過去に何かあったのだろうか?
でも、今はそんなこと気にしている場合じゃない。
俺は、殺してしまった人たちにどう罪を償いたいのだろうか?
「死んで詫びる」と口にしていたが、それはこの苦しみから解放されたかったからだ。
だとしたら、殺人罪を犯してしまった俺に一体何ができるのだろうか。
何事もなくいつもの平和な日常に戻ろうものなら、死んでいった人たちが憤慨することは間違いない。
それじゃあ、俺は彼女に嘘を吐いてまで「死」を選択すべきなのだろうか?
しかし、人を殺すだけ殺しておいて簡単にこの世を旅立っても、世界にデメリットしか残していかない。
なら、俺がやるべきことはこの一択しかありえない——————
「————俺は、真面目に生きて、しっかりと罪を償いたいです・・・」
「そう、君が決めたことに異論はないよ。だけど、犯した罪は心にきちんと刻んで置くんだよ」
「もちろんです。もう、誰も殺させないし、殺しません。俺はこの呪われた力を世界のプラスになるように役立てたいと思います」
「うん、それがいいね」
ニコッと微笑む彼女の姿は、一目惚れしてしまいそうなほどに大変美しかった。
そんな彼女から差し出された手をゆっくりと取ると、グイッと引っ張られて「それじゃあ、一緒に行こうか!」と、行き先を告げられずに半ば強引にどこかへ連れ去られそうになる。
急なことで、さすがに動揺を隠せない。
「あ、ちょっと! 行くって一体どこにですか!」
「私、君が罪を償うのを全力でサポートするって言ったよね?」
「確かにそう言ってくれましたけど、せめて今からどこに連れて行かれるのかだけ教えてくれても・・・」
「そうだね~、簡単に言うなら——————」
そして、彼女は眩しい笑顔を浮かべながら行き場所を告げた。
「これから君には、私の通ってる学校に入学してもらうから」
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