第2話 奇跡の子
「ウェルゼン」という大国から、遠く離れた辺境にある小さな村落で一人の男児がめでたく誕生した。
その男児はこの村では、いや、他王国でもなかなか類を見ない黒色の髪と瞳をしており、男児の存在を 知らぬ者は一人もいないと断言できるほど、その存在は村内に知れ渡っていた。
「神の子」だとか「神の従者」だとか、人によって思想は異なるものの、「神が起こした奇跡」といった概念においては共通項だと村の中で認識されており、道を歩けば崇められることはもう日常茶飯事だ。
そんな偶像崇拝される、俺の名前は————————
「ヴァルア! 早くしないと遅刻しちゃうよ!」
そう言って俺の名前を大声で叫ぶのは、シビアという綺麗な水色の髪をストレートに靡かせた、村一番の美少女だった。
彼女の関係性を簡単に説明するなら、「幼馴染」と言ったところだろう。
そして、なぜか彼女だけは俺を前にしても偶像崇拝をしない。
「そんなに焦らなくても遅刻しないよ」
「そんなこと分かんないよ! もしかしたら何かトラブルに巻き込まれるかもしれないよ?」
「トラブル・・・・・・ね」
今まさに起こっている道行く人に偶像崇拝されている事件が俺にとっては一番のトラブルだと思うのだが、彼女自身に実害がないからトラブルとしてカウントされていないのだろう。
てか、「神の奇跡」だと崇められている俺にトラブルを持ち込もうとする輩が果たしているだろうか?
普通に考えたらどこにもいないだろうに。
「ほら、早くいこーよ!」
「あぁ、分かってるよ」
彼女に声を掛けられて、止めた足をもう一度動かす。
俺たちが向かっているのは、十六歳になった男女が突発的に発現する異能な力を調査するための専門教会だ。
専門教会による異能調査は年に一回しか行われていないため、こうして今年十六歳になったシビアと一緒に専門教会へと足を運んでいるわけだ。
「なぁ、歩くの早いって、急がなくても教会は逃げたりしないよ」
「早く知りたくてウズウズしてんの! ヴァルアは知りたくないの? 自分の力が一体何なのかさ〜」
「知りたくないかどうかと聞かれれば勿論知りたいけど、シビアみたいにはしゃぐまではいかないな」
「えー、はしゃぎたくならないって、ヴァルアは将来の事何も考えてないの?」
彼女が俺の態度に疑問視を浮かべるのも無理もない。
この調査によって自分の異能適性に合った職業を専門教会から紹介してもらえるシステムとなっているからだ。
良い異能の力を有していれば、村落出身だとしても能力相応の職種につけてしまう。
まさに人生を左右と言っても過言ではない今日、こんなにも熱が冷め切っている奴は恐らく俺以外にいないだろう。
「将来はちゃんと見据えてるけど、第一大した力じゃなかったら期待した分、後でがっかりするだろ? だからはしゃぐまでもないんだよ」
「んもー、全然夢がないなー。私じゃなかったら、つまんない男だって思われちゃうぞぉ?」
俺の元まで戻ってきたかと思ったら、彼女は人差し指の腹でグリグリと頬に押し付けてきた。
そんな彼女の事を周囲の人たちは「嘘でしょ!?」と言わんばかりに目を見開いてこちらを凝視してくる。
まあ、「神の奇跡」様相手に弄るように頬を突いているのだから、自然とそういう反応にもなるだろう。
俺は彼女の手を優しく振り払いながら、面倒くさそうに告げる。
「はいはい、そうですねー。じゃあ、さっさと事を済ませて帰ろうかー」
「え、異能調査が終わったら訓練するんだよ?」
「いや、それは選ばれた優秀な人材しかない特別訓練だろ。今となっては恒例行事みたいになってるからシビアも知ってるはずだが?」
「うん、知ってるけど。だから何?」
はて? と言った具合に首を横に傾げる。
あぁ、そうだった。お前は夢見る少女だったっけか。
「むぅー! 何てこと言うんだこんにゃろう! 私が優秀な能力だったとしても嫉妬しないでよね!」
「あ、心の声漏れてた?」
「それはもう、清々しいほどにね!」
シビアはプンプンと怒りながら俺を置いて先を歩いていく。
まあ、シビアの機嫌も異能調査が終われば良くなっているだろう。
そんな事よりも、今は専門教会を村内にも作って欲しかったという不満の方が勝っていた。
専門教会の所在地は大国内の一つだけしかなく、ウェルゼン周辺に住む十六歳を迎えた男女はわざわざ足を運ばなければいけないのだ。
しかも、今日は夏日かと勘違いしそうなほどの猛暑。
要するに、大国から約十キロ近くあるこの村から炎天下の中を歩いて行かなければならないということをウェルゼン側から指示されていることに他ならないわけで。
「一体帰るのはいつになるのやら・・・。異能調査、面倒くさいなぁ・・・」
往復でどのくらい時間が掛かるだろうか、と頭の中で計算していたその時————————
『怠惰因子を体内に循環、補填を確認し、すぐさま実行に移す』
若々しい、二十代くらいの男の声がどこからか聞こえた気がする。
辺りを見回してみるも、先陣を切って歩くシビアの姿と崇拝している名も知らないおばさんの姿しか見えなかった。
————————気のせい、か?
空耳にしては一言一句はっきり聞こえた気がするが、声の主がどこにもいないのであれば空耳ということで事を片付ける他ないだろう。
辺りをキョロキョロと見渡す俺がよほど不自然に見えたのか、プンプンと怒っていたはずの彼女はいつも通りの優しい声を投げかけてきた。
「ヴァルア、どうかしたの?」
「いや、何でもない。ただの空耳だったみたい」
「ふーん、頭大丈夫? 異能調査が終わったらお医者にでも見てもらったら?」
「いや、頭じゃなくてどちらかと言うと耳なんだけどな。そもそもシビアと意思疎通出来てる時点でどこも悪くないんだよな」
「だったら、早く行こ? 専門教会は一ヵ所しかないんだから」
そう言うとシビアは強引に俺の手を取り、力尽くで引っ張ってくる。
こうして、俺たちは専門教会までの退屈しそうのない、暑苦しくも長い道のりをただひたすら歩いていくのだった。
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