骨の髄まで愛して

三郎

第1話:可愛いという呪いの言葉

桃花とうかちゃんって、ほんと可愛いよね」


 友人からそう言われて、私はそんなこと無いよと謙遜しながら苦笑いする。

『可愛い』という言葉は、私にとっては呪いの言葉だ。

 童顔、低身長、ぱっちりとした目。昔から、可愛いという言葉は聞き飽きるほど言われてきた。だけどそこには必ずという条件が付く。

 昔はそれに対して、うるせぇと反発するような生意気な女だった。この可愛い見た目に反して、やんちゃで強気な女だった。

 。そう。過去の話だ。

 大人しくなるきっかけとなったのは、忘れもしない中学二年生の頃。私は、一つ上の学年の男子生徒に恋をしていた。ある日、その人が言った。


望月もちづきさんって可愛いよな』


 そしてこう続けた。


『見た目通りの大人しい子なら好きになってたかも』


 分かる。と、彼と話していた友人達が笑いながら同意した。『見た目だけは可愛いのに』『もったいない』『詐欺だ』

 言われ慣れたはずの言葉が心を抉った。

 あの日から私は、弱くなった。いや、弱くなることを選んだ。高校は知り合いがいない遠い高校を選び、生まれ変わると決めた。

 物怖じしない、生意気で可愛くない望月もちづき桃花とうかはもう死んだのだ。一つの恋がきっかけで。

 そして生まれ変わった。大人しくて、お淑やかな可愛い女に。

 その結果、私はモテにモテた。見た目だけではなく中身も大事なんだなと改めて痛感した。


 高校生になってから一度だけ恋人を作ったことがある。だけど、彼が偽りの私を褒めるたびに、胸が痛んだ。本当の私が、偽りの私に激しく嫉妬した。本当の私を愛してほしい。だけど、本当の知ったらどういう反応をされるのか怖くて仕方なかった。

 別れを告げたのは、向こうからだった。『俺といても楽しくなさそうだから』と。楽しくない訳ではなかった。ただ、虚しかった。偽りの私ではなく、本当の私を愛してほしかった。そうじゃないと私はきっと、一生満たされない。自分を偽って愛されても虚しいだけだと気付いてしまった。


「……あ。……お帰り。姉ちゃん」


「……ただいま」


 高校生デビューしてから、二つの弟である朔夜さくやとの間に少し気まずい空気が流れるようになった。弟は口癖のように言っていた。『誰が何と言おうと、強くてカッコいい姉ちゃんは俺の自慢の姉ちゃんだよ』と。

 その強くてカッコいい姉ちゃんは、私が殺した。あの子の自慢の姉ちゃんに成り代わった誰からも好かれる可愛い女の子のことを、弟だけは受け入れてくれない。

 いや、弟だけではない。私もそうだ。可愛いとちやほやされる偽りの自分が大嫌いだ。だけどそれ以上に、もう、本当の自分を愛せない。

 私は、好きな人に否定されたあの日からずっと、あのトラウマから抜け出せないでいる。

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