法正林思想

ナカノ実験室

ワクチン人間

「父さん、これからはワクチンで勝負する」


僕も含めて家族は、そうじゃないかと薄々は感づいていた。なぜなら、僕たちは、もう芋を生産しているからだ。だから母さんも、姉も僕も反対しなかった。


僕らが生産するのは、畑で育つ芋じゃあなくて、毎朝、腕や背中に瘤がむかごのように生えてくるあの芋だ。地球温暖化問題などの社会情勢の変化の中で、僕たち家族は芋を仕事にするようになった。


二十一世紀初頭、貧困と格差の問題は前世紀から持ち越されたままであったが、時の総理大臣馬延晋作の手によって解決した。封印されしマノベノミクス第四の矢が国会議事堂の地下より発掘されたのだ。


それは、地球温暖化問題と食糧問題、格差と貧困、さらには不景気を同時に解決すべく、人間に葉緑素を移植するという奇策であった。葉緑素を移植した人間は植物人間と呼ばれた。植物人間になると、光合成により体内に栄養素が生み出され、食費が減る。また、移植する量を増やすと、生成される栄養素の量も増え、体から栄養満点の芋が生み出される。その芋で食費がさらに節約され、余剰分を農協に納めることで現金収入を得ることができる。植物人間は、自身から生み出す1日1個の芋と水と太陽光で生きていけるのだ。


「父さん、これからは芋で勝負する」


馬延首相がマノベノミクスを発表した日、父さんは宣言した。月頭の金曜日はハンバーグの日。父親がその日を選んだかは分からない。


芋の大量生産のために大量の葉緑素を移植すると、全身が緑色に染まる。肌が緑色であることに対する差別はあった。両親は、僕と姉が植物人間になることは望まなかったが、僕は自分の学費のためにと植物人間になった。家事手伝いだった姉も、家計の足しにと、芋を生産することになった。僕たち家族は全員が植物人間となった。


街を歩けば奇異の目にさらされた。「地球温暖化問題に貢献している愛国者だ」と言う馬延首相の言葉が心の支えだった。ただ、植物人間になるとハンバーグを食べれないのが悲しかった。肉類を食べると芋の品質が落ちると厚生労働省から言われていた。


社会問題とされた貧困や格差は、植物人間の増加により徐々に解消されていった。街をあるけば、緑色の顔をした人も多くなった。同窓会に行くと、クラスのマドンナも緑色になっていた。緑色になっても、男子が群がり、女子がジェラシーし、マドンナはマドンナだった。お調子者が「お芋ちょうだいよ!」とか言って、嫌な雰囲気になったりした。


馬延首相のダイナミックな政策により格差と不景気は解消され、二〇二〇年、最大の国威発揚のイベントであるオリンピックの開催が間近になる頃に、世界的なパンデミックが襲来した。いわゆる新型コロナコロコロナウイルスである。その対策は困難を極め、オリンピックは一年延期となった。馬延首相は持病の悪化を理由に、多くの国民が悲しむ中、総理大臣を辞任した。僕たち家族も、茶の間に飾った肖像画の前で、さめざめと泣いた。


馬延晋作の後継者となったのは、叩き上げでお馴染みの利賀義一であった。馬延前首相が農林水産大臣を経験し、農政に強い政治家だったのに対して、利賀義一は医師免許を持ち、厚生労働大臣も務めたこともあり、医学とついでにITにも長けた政治家であった。この時代の総理大臣として白羽の矢が立ったのは歴史の必然であった。


馬延前首相の政策を引き継ぎ、さらに発展させた利賀首相の最初のコロナコロコロナ対策は、トガノミクス第三の矢「超大規模PCR検査」であった。辞任前の馬延前首相も考えていたことではあるが、パンデミックの初期にやるべきことは、現状の把握である。初期に感染の規模、経路などを把握し、海外からの感染を防ぐ水際対策なども徹底した。


世界を震撼させた事件があった。世界を周遊する豪華客船からコロナコロコロナウイルス感染者が出たのである。多くの国が寄港を拒否する中、すぐさま日本政府は受け入れ、周囲のホテルなどと協力、宿泊療養施設を港に突貫工事で作り出し、完全な隔離と検査を行い、無事に事態を収束させジャパンパワーを世界に知らしめた。


その後、利賀首相は国内の感染を防ぐために、学校の一斉休校、リモートワークの普及、オンライン会食の普及、禁酒法、ロックダウン法、憲法改正などと、次々と有効な矢を射続けた。迅速に国民へのワクチン接種は進み、二〇二〇オリンピックは、コロナコロコロナに打ち勝った証として、安全・安心に開催され、成功のままに閉幕するはずだったのだが……。


パンデミックの語源は、ギリシア語のpandēmosである。オリンピック閉会式に、利賀首相は元より、IOCバッハッハ会長さえも予測できなかった最悪の『奇跡』が起きた。各国の選手も、審判も、ボランティアも、観客も、IOC貴族も会場にいる全ての人間がコロナコロコロナワクチンを5回接種済であったが、閉会式のその日に、そのワクチンが全く効かない変異種が現れたのである。それは、後に東京株、あるいは五輪株と呼ばれるものであった。


利賀首相の判断は早く、直ちにパラリンピックは中止となり、その卓越した政治手腕により感染の封じ込めに成功。選手と関係者達は選手村のバブルの中に留まり、食事はウーバーイーツの配達となった。パラリンピックの中止とオリンピック選手の扱いに、国際的な批判はあったのだが、利賀首相の国際社会に対する屹然とした姿勢により、その批判は称賛へと変わった。


「選手たちを安全・安心に帰国させるまでが、おもてなしだと考えています」


利賀首相の力強い言葉に、多くの国民はむせび泣いた。米国紙大手各社は「OMOTENASHI」と見出しを飾った。


東京株の感染も封じ、ワクチンが完成すれば、強靭な安全・安心が完遂される。多くの国民がそう思った。しかし、ワクチン開発は難航する。これまでのコロナコロコロナウイルスよりも変異の速度が段違いであり、変異と開発がイタチごっことなった。


選手を安全・安心に帰国させることが困難となった。利賀首相は、五輪選手達の帰国を決めた。入念にPCR検査をした上で、めちゃくちゃバブルで包んだ上で、政府が用意した泡だらけの旅客機で帰国した。苦渋の決断であった。


同時に、亡命を希望した選手は、改正難民救助法により受け入れることとなった。その多くは、植物人間……いや、最もポピュラーな職業である芋生産に就労することとなった。


僕たち家族は、オリンピック開催の時に茶の間の肖像を利賀首相に替え、ステイホームでテレビで競技を観戦していたが、選手たちが無事に帰国したことを、手を取り合って喜んだ。肖像の前の神棚に日本酒と塩をお供えした。


利賀首相のパラリンピック中止の決断は、まさに大英断であった。「私が全ての責任をとる」という力強い言葉は、国民に響き渡った。米国紙大手各社は「SEKININ」と見出しを飾った。不利益を被るステークホルダー、スポンサー企業もパラ中止の決断を支持し、利賀首相と同じく称賛されたのである。


無事にパラリンピック中止を完遂できた。しかし、人類とコロナコロコロナウイルスの本当の戦いは始まったばかりである。オリンピック開催前の第32波は、外国製のmRNAワクチンとポビドンヨードを含む口内消毒液の力により、その感染を封じ込むことができた。しかし、東京株の出現によりもたらされた33波は、ウイルスの変異速度が従来の数万倍となった。従来のワクチンの開発と治験を待っていては、到底間に合わない状況となった。


「父さん、これからはワクチンで勝負する」


政府の決定から数日後、父は家族を茶の間に集めて宣言した。トガノミクス第60の矢は、身体から芋を生産する植物人間を利用した「人間ワクチン製造法」であった。これには、農学に明るい馬延前首相が、利賀首相に大いに助言していたと、後年明かされる。


葉緑体を移植した植物人間は、毎日、数十個の芋を生産する。その芋は、一つ八百円前後で取引される。その主成分は、デンプンであり、その他タンパク質やミネラルの栄養素に富む。お好み焼きと同等の完全栄養食である。


馬延前首相と農林水産省は、その芋の生物的特徴の研究を続けていた。人間から生まれる芋は、生産者のDNAの影響を受けていて、人によって味に多少の違いがあった。そして、その芋の細胞核には、植物人間のDNAの影響があり、植物人間が持っている抗体は芋にも含まれていたのである。


第60の矢「人間ワクチン製造法」とは、かつてない速度で変異を続けるコロナコロコロナウイルスに対して、その抗体を持つ芋を次々に生産することで、感染を封じ込めようというものであった。


既存のワクチンで感染が抑制されていたため、注目されてなかったが、体内に葉緑体を持つ植物人間は、免疫力が強い。コロナコロコロナに罹患しても、血中酸素濃度の低下を、光合成で補うことができた。オリンピック後、望んで植物人間となる国民が増えた。僕の町の住人は、ほとんどが緑色になった。市長も緑色だったし、同窓会を開けば皆が緑色だった。お調子者が「僕のお芋食べてちょうだいよ!」と、滑り散らかしていた。お調子者は泣いていた。


また、第59の矢「飲食業完全廃業法」により、失業者……新規就職希望者が増えていた。オリパラスポンサーであった大企業が内部留保を放出したり、淡路島への住み込みの雇用を拡大したり、税金による給付は行き渡っていた。そんな中、利賀首相の呼びかけに呼応し、多くの新規就職希望者がワクチン人間に志願した。


mRNAワクチンは人間の遺伝子に書き換えるモノではなかったが、植物人間をワクチン人間に進化させるmRNAmRNAワクチンは、まさに、人間の遺伝子を書き換えるワクチンであった。遺伝子が改変された結果、ワクチン芋が毎日生産される。



ワクチン人間の朝は早い。僕の家は全員がワクチン人間であるので、家族で協力して収穫する。一人では収穫しにくい場所もあるので、父と僕、母と姉とでペアになって、お互いに収穫した。専用の芋取り棒もあるのだけど、僕らは収穫の時間を大切にしている。まるで芋掘り遠足のように、「大きい」とか「小さい」とか笑いあいながら、手のひらサイズの芋をもぎとる。


収穫の後は、大量に水を飲む。そして、女チームは、芋の箱詰めと計量、掃除・洗濯などの家事。男チームは自家用車の点検とその日のスケジュールを確認。収穫分から不恰好な芋を一人一個ずつお弁当にし、水筒には水をたっぷり入れる。父は母の芋を好んで選んでいたらしい。そして、10時に玄関先に集合し、出動。僕らの仕事は、街のパトロールだ。


トガノミクス第58の矢「自粛警察法」により任命される自粛警察員として、街の自粛を守る。利賀政権の支持率は80%を下回ったことはない。東京株が出現してから、第36の矢「ロックダウン法」により外出は強く制限されていたが、それを守らない不届き者はいた。それを取り締まり、思想矯正するのが自粛警察員の仕事である。それと同時に、東京株が蔓延する街中を歩き回ることで、ワクチン人間は、新たな免疫を獲得する。そして、翌日には新たなワクチン芋が生産されるのだ。


毎日のように生産される新たなワクチン芋は、第57の矢「職域接種法」により、医療従事者や銀行員や行政職員、鉄道職員、国会議員など、人と接触が避けられない職種の人に優先的に配布される。ワクチン芋は、朝ご飯として食され、その日の免疫が獲得される。


ワクチン人間の活躍により、コロナコロコロナウイルス第64波に至るまで、日々、新たなワクチン芋が生産され続けていた。しかし、徐々に変異の速度に追いつかなくなった。いよいよ利賀首相は、重大な決断が迫られた。人類がウイルスに打ち勝つ最善の方法は、多くの国民が察していた通りではあるのだが……。


第78波に差し掛かった頃に、mRNAmRNAワクチンの副作用であるのか、あるいは、植物人間が辿り着く結末だったのか……。ある朝、僕が起きて独り芋を収穫していた。いつもなら、僕よりも早く起きている両親が、起きて来なかった。一抹の不安を感じたが、そんなこともあるだろうと、寝室に向かうと……父と母は、その姿は、人型の細長い大きな芋となっていた。僕は泣きながら姉さんを呼んだ。


同様のことが全国で同時多発的に起こり、すぐに厚生労働省が調査を開始した。調査途中で、あくまで仮説であるが、ワクチン人間は、ある年齢となると全身が芋となることが推測された。全身が芋となると生産量が増えることから、親芋と呼ばれることになった。


親芋も、毎日のようにワクチン芋を生産する。僕と姉さんは、両親を背負子でかついで自粛警察員を続けた。親芋も、僕たちワクチン人間と同じようにコロナコロコロナウイルスに感染し、翌日には、ワクチン芋を生産する。親芋もワクチン人間としてのお役目は全うしているのだが、もう父さんと母さんと話すことはできない。


僕と姉さんは、朝起きると両親の芋から収穫する。そして、今までは男チーム、女チームに分かれて芋を収穫していたが、姉さんと一緒に、取りにくい場所の芋をもぎりあった。僕は、「芋取り棒を買ってこようか?」とは言わなかったし、姉さんも言わなかった。


僕たちの人生は、これで良かったのだろうか?この気持ちを利賀首相に話したら、どう言ってくれるのだろうか。姉さんの芋をもぎりながら、不安にかられ、気がつけば後から姉さんを抱きしめていた。僕の手が、姉さんの乳房に触れていて、とっさに離れようと思ったが、姉さんは、僕の手を握ってくれた。僕は、静かに、ほんの少しの間だけ姉さんの背中で泣いた。子供の頃にも、姉さんの背中を借りたことがあったように思う。泣き止んで目をあけると、姉さんの背中は緑色で、僕の肌も、流した涙も緑色だった。



僕たちのような悲劇は、様々な家庭で起きていた。利賀首相は、いよいよ決断した。国民もそれを待っていた。トガノミクス第128の矢「全国民ワクチン人間強靭化法」である。日々、変異を繰り返すコロナコロコロナウイルスに打ち勝つために、国民のほとんどをワクチン人間にするという奇策であった。主目的はワクチン生産ではなく、ウイルスに打ち勝つために、国民を強靭に進化させることであった。


国民の大半がワクチン人間となれば、ワクチン芋が生産過多となるが、緊急に行われた米国のトランプ大統領との電話会談にて、ワクチン芋と身寄りのなくなった親芋は米国に輸出されることとなった。ウイルスが蔓延した結果であり、皮肉ではあるかもしれないが、農産物の輸出額が増え、米国との貿易は黒字となった。そしてそれは、馬延前首相の悲願であったし、後継者たる利賀首相が達成したのである。


全国民ワクチン人間強靭化法の施行を前にして、利賀首相は全国民に力強いメッセージを発した。第99代総理大臣を辞任する。なぜなら、強靭化ワクチン人間の第一号として、利賀首相自身がmRNAmRNAmRNAワクチンを接種するのだ。それは、生中継で行われた。現在80歳の利賀首相がワクチン人間化ワクチンを接種すれば、すぐさま、親芋化が始まることは明らかであった。総理大臣としての覚悟。全国民の80%は敬礼しながら、テレビ放送を見守った。


特設の会見場で最後の演説が行われた。それは、国民を大きく勇気づけた。医師による接種が終わり、CMを挟んで、利賀首相の人生をテーマとしたドキュメンタリー映画「至高のパンケーキ」の上映や、記者会見や、かつて存在した野党の議員を返す刀で斬り伏せる国会答弁などの映像が流された。そして、数時間後、カメラが会見場に戻ると、人型の一本の芋があった。かつてオリンピックで全世界にメッセージを発した時と同様に、屹然とした姿の男芋であった。


利賀首相が、身を挺したメッセージを発信した後に、日本社会は大きく動き出した。第100代総理大臣は、持病を薬で乗り越えられた馬延前首相を国民は待望したが、利賀首相に続く形で、彼も男芋となった。かつての首相と官房長官という関係性を思い出される、絆、友情が眩しく光り輝く決断であった。


馬延前首相のmRNAmRNAmRNAワクチン接種もテレビ放送され、接種から数時間の間は馬延首相の活躍を描いた映画「第三の矢~現代の教育勅語」が放送され、男芋となった姿が国民に届けられた。人としての意識を失い、芋になる瞬間が放送されなかったのは、利賀首相の男芋化の時と同じく国民感情に配慮されたためである。


その後、利賀義一首相の長男である利賀正一が第100代総理大臣となった。元は衛星放送事業に携わっていた彼だが、コロナコロコロナ禍に政界入りし、官房長官を務めていた。父親の利賀義一前首相の後継者として、もっとも適した人物であり、まさに歴史が選んだと言える。


利賀正一首相の最初の仕事は、日本国民の永久的持続的存続という非常に重要なものであった。全国民がワクチン人間を経て、親芋になってしまえば日本人が絶滅する。そのため、コロナコロコロナの驚異に打ち勝つ日まで、人口のうち少なくとも10%はノーマルな人間であり続ける必要があった。ノーマル人間の選別は、利賀前首相の遺したトガノミクス第一の矢「上級国民法」により行われた。また、ワクチン強靭化人間のmRNAmRNAmRNAワクチン接種には、自粛警察員も大いに活躍した。


国民の大半が、ワクチン強靭化人間となり、僕の両親は親芋となり、それでも姉と二人でワクチン人間としての使命を果たしていた。いつの日か、コロナコロコロナに人類が打ち勝つ日を願って、姉さんと二人で自粛警察員と芋の生産を続けていたのだが、いよいよ姉も親芋となる前兆が現れだした。


少しの間、自粛警察員をお休みさせてもらった。もう随分前に親芋となった両親から芋を収穫していた。親芋の次は、僕らの芋も収穫し、朝の仕事を終えたら、出動する。でも、今日は姉さんと二人で近所を散歩することにした。このあたりの景色も変わった。芋と生産と収穫に特化した構造のマンション、通称ビニールハウスが増えた。親芋だけが並べられた部屋も透けて見えていた。


僕たちは、芋の生産と収穫に追われた人生だった。ワクチン人間になった時に、僕は結婚を諦めていたのだけど、姉さんはどう思っていたんだろう。聞くのであれば、数日中にしないと。でも、そんなこと聞く必要もないんじゃないかと、姉さんの表情を見て思う。


今まで、ワクチン芋の品質を優先して、家族で大好物だったハンバーグを食べることもなかった。姉さんとの最後の晩餐。贅沢してもいいかな。財布の中には八千円しか入ってなかった。その旨を伝えて、上級国民用の無人スーパーに向かう。歩く僕たちの横を黒塗りの高級車が通り過ぎて行った。ナンバープレートには『SDJGs』とあった。日本国民の持続可能な開発目標を担う上級国民である称号である。彼らの食べるポテトには、ハンバーグが添えられているのだろうか。もっともっと豪華な名前も聞いたことのないような料理だろうか。高級車を敬礼で見送り、僕と姉さんは、無人スーパーに向かい、再び歩き出した。



十数年ぶりにハンバーグを食べると、目の前が真っ赤になった。頭の中にモヤがかかったのか、もしくは、モヤが晴れたのか、様々な思考が駆け巡る。利賀義一前首相は、本当は男芋になっていないのじゃないか?最後の会見とワクチン接種の生放送は、編集され、別の誰かが男芋になったのじゃないか?米国に送られたワクチン芋は、親芋は本当にワクチン開発に使われたのか?コロナコロコロナを使った侵略なのか?上級国民法で選ばれたのは、日本国民だけなのか?馬延元首相も男芋になってない?植物人間は、洗脳されていた?肉を食べないと思考が鈍る?無人スーパーに行く前に見た高級車、僕たちとすれ違った時の記憶が、ストップモーションで蘇る。その後部座席に乗っていた二人は、二人は……。


はっと意識が戻ってくる。汗と涙が流れていた。姉さんは目を閉じ、口から絹糸のようなものが出てくる。親芋化が始まる。姉さんの手を握る。意識が戻る前、僕の頭に浮かんだのは、それはただの妄想かもしれないけど……父さんと母さんの親芋が割れ、二人が出てくるイメージ。強く握る。姉さんに伝われ、遺伝子に刻まれろ。強く強く握った。少し握り返してくれたような気がした。僕の手は、ことさら汗ばみ、涙が零れ落ちた。緑色の肌に、その赤色が映えた。

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