第6話 喧嘩両成敗
「はあ~、さすが姫様。大の男を拳一つで海へ吹き飛ばしたよ」
「あの男もかわいそうに。ちゃんと生きてるかしら」
「別に死んだっていいじゃない。姫様に下品なものを見せたのよ」
「それもそうね」
海女たちはさながら日常のように受け止める。
「ふふふ、ざまあみろ」
浦島は砂浜に尻もちをついていた。
乙姫の気配に気付き、咄嗟に攻撃を止め、回避行動を取った。
そのおかげで水浸しにならずに済んでいた。
「にしてもさすがは姫様……この島で仙術で右に出る者はおりませんね……」
横目で乙姫を見る。
その彼女は海に向かって叫んでいた。
「すまない! 助けるためとはいえ、やりすぎた! 生きてるか、竜之助ー!」
口に両手を添えて大声で呼びかける。
竜宮島の砂浜は遠浅。足が着く深さの場所に落ちたが打ちどころによっては命を落としかねない。
「おーい、竜之助ー!」
もう一度呼びかけるが返事はない。
「……よもや死んでしまったか!? こうしてはいられん!」
助けに行かないといけない。甲冑を脱ぎ捨てようと紐の結び目に手をかけた時だった。
「ぶはあ! 死ぬかと思ったー!」
水面から竜之助が顔を出す。口から鼻から大量の海水を吐き出す。
「よくぞ生きていた! 迎えに行くか!?」
「結構だ! これしき歩いて行ける!」
海の底に足が着いた状態で水面が首の高さにある。
「天然の湾内だ! 波は穏やかだが離岸流に気をつけろよ!」
「お気遣い、どうも!」
砂の海底を踏むがなかなか前に進まない。
「泳いでいくか? いやこの手枷だ、体力の無駄だな」
泳ぐにしても鉄の重りで前に進まず、沈んでしまいそうだ。
「地道に一歩ずつ進んでいくか。まったく、面倒な」
ぐちぐちと文句を垂れながら陸へと向かう。
「……さてと竜之助の無事を確認したところで」
乙姫は浦島の方向を向く。
「浦島。そこになおれ」
「……はっ」
浦島は即座に跪く。日に照らされる砂浜をじっと見つめる。
「……おもてをあげよ」
「……」
無言で顔を上げたところをバシンと平手打ちする。
「……これが何を意味するかお前にわかるか」
「……砂浜の番を無断で離れたことでしょうか」
「たわけ! 私が止めたにも関わらず、お前が仕合を続けたからだ!」
もう一発平手打ちを浴びせようと構える。
「……」
浦島は黙って、主の目を見ながらじっと待つ。
「……くっ」
拳を握りなおして身体の横に収める。
「次はないと思え。下がっていいぞ」
「……はっ」
頭を下げてから立ち上がり、砂浜を去っていく。
「……」
海女たちは一部始終を見守っていた。限られた人数、島社会で生きていくためには厳格な上下関係は必要とわかっていながらも自分たちも慕う忠臣の浦島に非常に厳しい罰が下されたことに衝撃を隠せなかった。
「海女たちよ」
「は、はい!」
ただの呼びかけに海女たちは萎縮しながら返事をする。
「長らく仕事の邪魔をした。お前たちのこの砂浜を返す」
「そんな返すだなんて……竜宮家あっての砂浜です」
聞こえの良い他人行儀。昔からの顔見知りなのに距離を感じる。
「今日は岩場か? 潮干狩りか?」
「私たちは岩場で牡蠣を取ろうかと。潮干狩りは子供たちにも出来ますし」
「そうか。常に天候や潮流に警戒せよ。流されぬようにな。あと怪しい船や人間を見かけたらすぐに報告するように」
「ははっ、かしこまりました……」
近所に住む気の知れたおばさんがまるで家来のように頭を下げる。
(そんなに畏まらなくても良いのに……)
領民であることに相違はない。相違はないが、違和感を覚えてしまう。
(しかし情勢が情勢……これも領民の命を守るため、仕方がないのだ……)
感情を押し殺し、涙を飲み込んだ。
「おーい、姫さーん! ようやく戻ってこれたぜ」
竜之助がやっとの思いで陸に上がる。
「おお、竜之助。よくぞもどっ」
乙姫は竜之助の姿を見ると死んだふりした狸のように固まる。
「なあ、姫さん。なんでもいいから服はないか。温かくてもな、ふんどしだけでは風邪をひいてしまい……は……は……ぶあくしょん!」
唾を浴びせぬように誰もいない海に向かってくしゃみをする。
その際、股間の揺れ、また風通しのよさに気付く。
股間の竜が露になっていた。
「厚かましいがすまない。服の前に、もう一度ふんどしをくれないか」
次の瞬間、竜之助は海の中へ。
「この不埒者ーーーー!!!!!」
顔を赤らめた乙姫の平手打ちが炸裂した。
一部始終を見守っていた海女の一人が、
「ぷ、ぷはははは! 笑っちゃだめだけど、だめだ! 笑っちゃうよ! あー、可笑しいなぁ!」
我慢できずに吹き出してしまった。
一人が笑いだしたら、二人目、三人目も釣られていく。
あっという間に一人残らず笑ってしまっていた。
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