T高校物語

朝香るか

第1話 出会い

 急な上がり坂を全力疾走する二人組の女子高生がいた。

 一人は肩にかかる程度の黒髪で化粧っ気は感じられない。

 もう一人はいまどき珍しいルーズソックスを履いていて、

 染めていることがはっきり分かるブラウンでショートヘアだ。


「桜子! もっと速く走って!」


「無理ですわ。菜々! そんな事わたくしに求めないで下さい」


 彼女たちが来ている制服は白川学園付属高校シラカワガクエンフゾクコウコウだけが契約しているブランドものだ。


 只今の時刻は8時25分。後15分以内で学校につけるかが、

 お嬢様学校に通う彼女たちの課題だ。


 何しろ月に3回遅刻すれば、生徒指導と保護者呼び出しが待っている。

 この高校の校則は厳しいことが有名だから

 教育熱心な親はこぞってこの学校に入学させたがる。


 今月は二人とも既に2回遅れている。次は、ないのだ。


「すいません。桜子さん、だよね?」

「え?」

 丁寧な言葉で呼びかけられたのに素通りしたのでは、

 白川の名がすたるという思考が働いて二人は足を止めた。


「俺は有坂朔夜アリサカ サクヤっていうんですけど」


 声をかけてきたのは制服をきた男子だった。

 もうすぐホームルームが始まろうという時間である。


 普通科の学校に通っている生徒であるならば、遅刻だと焦っている時間帯だ。

 彼は定時制か単位制に通っている特殊な進路のひとなのだろうか。

 ともかくも2人とも男の素情について考えを巡らせるほどの余裕はないようだ。


 彼はにこりと笑い、続ける。


「以前部活で見たことがあって。もし――」


 息が上がって応えられない桜子に代わり活発な菜々が聞き返した。

「何の御用でしょうか? わたくし達急いでおり――」

「もし良ければ俺と付き合って下さい!!」

「「え?」」

 二人の呟きは重なり、数秒の沈黙の後、奇妙な悲鳴を上げて桜子は驚きのあまり走りだしてしまった。

「ちょ、桜子!」

 菜々が声をかけて止めようとしたが、桜子は止まらない。

「できれば放課後に返事を下さいと伝えてほしいんですが。駅で待ってますから」

「彼女が話せる状態でしたら、お伝えします。ではごきげんよう」


 菜々は軽く会釈をすると桜子の後を追っていた。

 そして、菜々は桜子に追いついてホームルームのチャイムと同時に教室のドアを開けた。

「釧路菜々さん、早乙女桜子さん! 本日もご機嫌麗しゅうございますわ」

「「おはようございます! 佐藤先生」」


 先生は思案するように眉根を寄せていたが、口を開いた時の表情は笑顔だった。


「30分15秒ですから、まぁ問題ないことにいたしましょう。

 ですがここに通っているのは良家の方たちばかりです。

 遅刻しそうになったからと言ってみだりに走ったりしては

 品がないとみなされますわよ」


 優しいと評判の先生のおかげで生徒指導は免れた。


 にこりと笑いながらも釘を指す先生に二人は次はないと確信したのだった。



 その後、すぐに始まるであろう授業の準備を慌ただしくしていたから詳しく話すことはできない。

 一時間目が終わり、菜々は桜子は離れた席にいるおそらく知らないであろう言葉を告げた。

「今朝、あんたが聞かなかったことがあってね。あの人が今日の放課後に駅で待ってますってさ」

 桜子は顔を真っ赤にして俯いた。

「なんでわたくしなのかしら? どう思いますか? 菜々」

「どうってねぇ~。あの人、部活で会ったって言ってたわ。見たことあるんじゃないの?」

 桜子は1分ほど、うなったり、口元に手をあてて考え込んだりしていたが、努力は無駄に終わったようで困ったような顔をした。

「……思い出せないのです。部活では何もなかったと思うのですが」

「――そう。行くか行かないかはあんたが決めな」

 困った顔をして桜子は再びうなずいた。


 キンーコンーカンーコン

 昼休み。

 各々お弁当を広げながら菜々は桜子に向って忠告した。

「かなりしつこいタイプに見えたよ。制服とかあの場ではちゃんと着てたけど、ズボンの裾が汚れてたし、切れてたように見えたもん。日常的にパンツを着崩しているととそんな感じなると思うんだよね」

 恋愛になれている菜々は鋭い。

 朝言葉を交わしただけなのにそこまで分析するのは並大抵の人にはできないだろう。



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