第90話:哀願
皇紀2223年・王歴227年・初秋・キンロス地方
「エレンバラ侯爵殿、頼む、この通りだ、この通り頭を下げて頼む。
ライアンを助けてくれ、ライアンを助けてくれたら全てを渡す。
天下も、カンリフ家も、何もかもエレンバラ侯爵殿に渡す。
だから頼む、ライアンに竜薬を、エリクサーを与えてやってくれ」
目の前に形振り構わず土下座するカンリフ公爵がいる。
たった一人の息子、智勇兼備の名将と称えられる嫡男、ライアンが死にかけているからこその狂乱だが、その言葉を鵜吞みにはできない。
ライアンを助けた途端に態度を豹変する事が考えられる。
直ぐには態度を変えなくても、機会をとらえて牙をむく可能性がある。
何より問題なのは、三人の弟達と甥っ子達だ。
彼らは一度、目の前にカンリフ一族の頭領の地位がぶら下げられたのだ。
端的に言えば、天下の主の地位が手を伸ばせば届く場所に有ったのだ。
ライアンが確実に死ぬと思って、陰で激しい後継者争いをしていた事だろう。
俺がライアンを助けると言う事は、彼らの恨みを買うと言う事だ。
表情を取り繕っているが、俺に断れと願っているのが読み取れる。
一度欲望の火がついてしまったら、もう後戻りはできないだろう。
だから俺が助けたとしても、ライアンは親族から狙われる事になる。
「エレンバラ侯爵殿、ライアンを助けてくれるのなら、忠誠を誓う。
儂だけでなく、ライアンにも忠誠を誓わせる。
いや、命さえ助けてくれるのなら、儂もライアンも隠居する。
カンリフ公爵家の家督はアルロに継がせる。
エレンバラ侯爵殿の従弟であるアルロにカンリフ家を継がせるから、どうかライアンを助けてやってくれ、命だけは助けてやってくれ、この通りだ、頼む」
子供を助けるためなら、ここまで形振り構わず頭を下げられるカンリフ公爵は尊敬に値すると思う。
義務感や正義感だけで人助けをしている俺とは全然違う人種だ。
前世では、カンリフ公爵のような人間に生まれたかったと心から思ったものだ。
友人にはいたが、現実に近くにいると、とても面倒くさくて迷惑な奴だった。
さて、どうしたものだろうな。
自分が生き残る為だけではなく、天下万民にために働くときめたばかりだ。
安定した国にして、百年は内戦を起こさないようにしようと思えば、敵対する可能性のある有力貴族は全て潰しておくべきだ。
一番簡単なのは、ここでライアンを見殺しにして、カンリフ一族内で後継者争いをさせる事だ。
散々殺し合わせた後で、アルロが生き残っていたら支援して、あまり大きくない地方の領主にするのが一番好いと思う。
だが、その方法を使ったら、今カンリフ一族が支配している地方は、貴族や騎士や兵士だけでなく、老若男女問わず多くの民が戦に巻き込まれて死ぬ。
後世に悪名を残すのは平気だが、死んだ後で祖母に顔向けできないよな。
できるだけ民を巻き込むことなく、後世の争乱も生まずに、ライアンを助ける方法があれば理想的だが、そんな方法があるのかね。
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