第77話:水に落ちた犬

 皇紀2223年・王歴227年・早春・ロスリン城


 俺は外交交渉に関しては、カンリフ一族に一切の容赦をしなかった。

 戦争にする気は全くなのだが、落ち目になった者は徹底的に叩いておいて、今後二度と逆らわないようにしておくべきだという者がいるのだ。

 それでは激しい恨みを買うだけなのだが、それが分からない者が多い。

 まあ、一族衆や譜代衆の気持ちが分からない訳ではない。

 どれほど真心を持って温情を与えても、それを踏みにじる者がいる。

 カンリフ一族がそういう恩知らずではないと言いきれないのだ。


 カンリフ一族とは直接刃を交えたわけではないが、形だけ戦争をした。

 最初の和平交渉では、当初は俺とカンリフ公爵の弟ライリーとの会談だった。

 これは格から言えばカンリフ一族の方が上の立場という事になる。

 俺が皇国名誉侯爵の立場で、ライリーが王国侯爵の立場だった。

 これは爵位の格から言えば同格の立場になる。

 会談の場所は、俺の領地にライリーが来て行われた。

 会談場所の設定では、俺が格上ということになる。

 三つの立場を複合させる事で、互いの立場を同格にしての和平交渉だった。


 だが二度目の交渉からは、俺の祖父だが隠居している爺様と当主の弟で現役の侯爵が交渉するので、交渉相手の格から言えば俺達の方が格上となっている。

 侯爵のライリーが、爵位のない隠居という、本来なら格下の相手と対等の交渉をしなければいけなくなっている。

 しかも会談場所である我が本城にわざわざ来なければいけない。

 この状況を知れば、俺の方がカンリフ公爵よりも格上で、戦争の方も俺が勝ったと思うだろう。


「御隠居殿、エレンバラ皇国名誉侯爵に領地を割譲する事だけはできません」


「フリーク侯爵閣下、それくらいの事は隠居した爺でもわかっていますよ。

 エレンバラ皇国名誉侯爵もそれは分かっています。

 ただエレンバラ皇国名誉侯爵は、皇都付近で戦を起こした事で、皇帝陛下や皇国貴族の方々に御心痛をおかけしたことを、詫びて欲しいと言っているだけです。

 なにも万余の領地を皇帝陛下や皇国貴族の方々に割譲しろとは言っていません。

 皇帝陛下に数千人、皇族の方々に数百人、皇国貴族の方々に数十人。

 それくらいの領地を割譲していただければいいのですよ」


「隠居殿、それがとても厳しいのですよ。

 首都地方の土地は長年の争いで所有者がはっきりしないのです。

 我らが皇帝陛下や皇族方の領地だと言っても、今支配している皇国貴族や騎士、教会の連中が言う事を聞かないのです。

 遠方の土地を割譲したとしても、周囲の貴族や騎士、教会の連中が何時奪うか分かりませんので、責任が取れないのです」


「それは困りましたね、それで王国を差配している公爵と言えるのですか。

 教会だけでなく、配下の貴族や士族すら管理できず、皇帝陛下の御領地すら護れなくて、よく王国の宰相だと言えますね。

 だったらどうです、皇都地方の支配をエレンバラ皇国名誉侯爵に委ねては。

 エレンバラ皇国名誉侯爵ならば、どれほど戦闘的な教会であろうと、忠誠心の欠片もない野犬のような貴族や騎士であろうと、皇帝陛下の御領地を横領するような輩は、一族皆殺しにしてみせますよ」


「お待ちいただきたい、もうしばし、もうしばらくだけお待ちいただきたい。

 必ず、必ず皇帝陛下に割譲する領地を選んでみせます。

 どうしても領地を割譲できない時には、年々支援の金と穀物を献上すると魔術誓約をさせていただきます。

 ですから、今暫く御待ち頂きたい」


「フリーク侯爵閣下にそこまで言われては、我が方としても待たしていただくしかないですが、本当にいのですか。

 エレンバラ皇国名誉侯爵が集めた情報では、がら空きのアースキン地方とフリーク侯爵閣下のマッカイ地方を狙っている勢力がありますよ」

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