第68話:交渉戦前編・ノア視点

 皇紀2223年・王歴227年・早春・カンリフ公爵の居城


 珍しくハリーから命令を受けたので、預かっていた魔晶石を使った。

 ハリーに教わった身体強化でカンリフ公爵のいる居城まで行くためだった。

 これほどの事ができるのなら、何もカンリフ公爵に譲る事なく、ハリーの手で天下を治めればいいと思うのだが、何か考えがあるのだろう。

 余計な事を考えたりしでかしたりして、ハリーに落胆されるのはもうごめんだ。

 孫に残念な子を見るような目で見られる情けなさは一度で十分だ。


「カンリフ公爵閣下、ご無沙汰をお詫びさせていただきます」


「いやいや、我こそなかなか時間が取れなくて申し訳なかった。

 御隠居殿も我も色々と忙しくて、都合が合わなかったのだ、許されよ」


「とんでもございません、公爵閣下。

 王国の屋台骨を支えておられる公爵閣下がお忙しいのはよく存じております。

 本来なら孫が直接出向かねばいかないのですが、あれも敵が多くて、なかなか領地を離れることができないので、ご容赦願いたいのです。

 あれの父が生きていればこのような事にはならなかったのですが、可哀想に、わずか二歳で父を失った不憫な奴なので……」


 ハリーがカンリフ公爵のように幼くして父を亡くした不憫な奴と思ってもらえれば、少しは交渉が楽になるだろう。

 父親が割腹して内臓を天井にぶちまけるほどの怒りに満ちた憤死をした事を、カンリフ公爵や弟達が思い出してくれれば、ハリーよりもアザエル教団を主敵だと思ってくれるかもしれない。


「おっと、私事を口にするような場ではございませんでしたな。

 某のような隠居に会う時間を公爵閣下が作れない事は重々承知しております。

 ただその所為で、色々と誤解があるようなのですが」


「御隠居殿、残念ながら誤解などしていませんよ。

 我々はエレンバラ皇国名誉侯爵殿をとても危険視しているのだ。

 我々の手でようやく天下を静謐に導けると思っていたのに、エレンバラ皇国名誉侯爵殿が皇帝陛下を担いで天下を乱そうとしているのではないかと思っている」


「はて、孫がそのような野望を持っているとは、倅が亡くなって以来、手塩にかけて育てた某も全く気がつかぬ事ですが、カンリフ公爵閣下には何か疑いを持つような事があったのですか」


「とぼけてもらっては困る。

 僅か五歳のころより、何かにつけて皇室と皇国貴族を支援していたではないか。

 まあ、その件についてが、御隠居殿とは一線を引いていたのは知っている。

 御隠居殿は息子のように世話してきた国王陛下の方が大切だったようだからな」


 流石はカンリフ公爵だ、我が家の事をほぼ正確に調べている。

 儂が孫に手厳しく叱られた事も知っているのだろう。

 才覚の差だとは理解しているが、実の孫に間違いを厳しく指摘され、甘やかされる情けなさは、やられた者にしかわからん恥ずかしさだぞ。


「いや、まことにお恥ずかしい話しでございます。

 あの頃の事は、心からお詫びさせていただきます。

 この通りでございます」


 ここは額を床にこすりつけてでも詫びておいた方がいい。

 戦国乱世とはいえ、あれほど恥知らずな行為を行っていたのだから。


「代々王家に仕え、家を護っていただいていたうえに、先代陛下から息子の事を頼むと遺命を託され、周りが見えなくなり、恥知らずな事を繰り返してしまいました。

 それほど忠義を尽くした国王陛下に裏切られて、家を乗っ取られそうになって、ようやく陛下の下劣さに気付くことができました。

 某が気がつくまで辛抱強く待ってくれていた孫に叱責され、自分と国王陛下の行いを振り返り、ようやくいかに恥知らずな事をおこなってきたのか思い至りました。

 カンリフ公爵閣下と先代、いえ、先々代も、ずっとそのような裏切りに苦しめられてこられたのですね」


「御隠居殿、今更の話ですよ。

 我は過去の話ではなく、これからの話をしたいのですよ」


「さようでございますな、これからの事の方が大切ですな。

 では、孫からの提案を伝えさせていただきます」

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