第38話:裏切り

皇紀2219年・王歴223年・早春・野戦陣地


「はっ、トリムレストン子爵はゴーマンストン子爵家と連絡を取り合っております。

 侯爵閣下がエクセター侯爵を撃退し、それなりの損害を与えた場合には、トリムレストン子爵は独立を宣言して、ゴーマンストン子爵家と同盟を組むと思われます。

 ゴーマンストン子爵家はエクセター侯爵家を動けない状態にして、トリムレストン子爵も盾にした状態で、クレイヴェン伯爵領に攻め込むものと思われます」


 トリムレストン子爵はゴーマンストン子爵家のやり方は、火事場泥棒としか言えないが、これこそが戦国乱世のやり方だと言える。

 実際に戦って血を流した俺とエクセター侯爵の目を盗んで、属臣から抜け出して独立しようとしているトリムレストン子爵家はまだましだ。

 絶対に許せないのは、俺が侵攻しようと考えているクレイヴェン伯爵領を盗み取ろうとしているゴーマンストン子爵家だ。

 絶対に許さない、目にもの見せてくれる。


「ゴーマンストン子爵家のディラン殿はどうしている。

 ディラン殿が侵攻軍の指揮をとられているのか。

 それともアザエル教団に備えているのか、どっちだ」


 許せないとはいえ、領民五十万人のゴーマンストン子爵家を侮る事などできない。

 だがその軍事力と経済力は、ディラン殿がゴーマンストン子爵軍を指揮しているから侮れないのであって、当主や他の騎士が指揮しているなら怖くもなんともない。

 八二歳のディラン殿が総指揮官を続けなければいけないくらい、ゴーマンストン子爵家には人材がいないのだ。

 ディラン殿がどこにいるかによって、俺の方針は大きく変わる。


「それが、ディラン殿は病で自領に籠っておられます」


「なに、だったらゴーマンストン子爵家は動けないかもしれないな」


「はい、北隣の地方を治めていた伯爵家を滅ぼしたアザエル教団が、ディラン殿は病を知り、ゴーマンストン子爵領に侵攻しようとしております」


 狂信的で身勝手な住民を信徒にしているアザエル教団が、王国貴族家から奪った三つの地方の内の一つが、ゴーマンストン子爵領と領地を接している。

 他の教団信を信じている民を皆殺しにしているから、いったい何人の領民が生き残っているのか分からないが、三つの地方は隣接しているから、その勢力は途轍もなく大きい。

 最大に見積もれば、三つの地方で九十四万人もの領民がいる事になる。

 カンリフ騎士家には及ばないが、エクセター侯爵家に匹敵する強大な敵なのだ。


「ゴーマンストン子爵家は領地を守り切れるのか。

 もしアザエル教団がゴーマンストン子爵領を手に入れたら、その勢力はプランケット地方にも大きな影響を与える事になる。

 他の教団を信じていた民も、生き残るためにアザエル教団に入るだろう。

 そうなればアザエル教団は最大で百四十四万人もの大勢力になる。

 自由都市のアザエル教徒と連携して、我が家を挟撃しようとするぞ」


「ディラン殿が病に倒れられた事で、ゴーマンストン子爵家は混乱しております。

 ですが、ゴーマンストン子爵も王国貴族でございます。

 王家の王位継承争いや、三大宰相家の宰相職争いに乗じたとはいえ、三大宰相家から地方を奪うくらいの武力があったのです。

 そう簡単に教団軍に負けるとは思えません、御安心ください、侯爵閣下」


「そう、だな、確かにその通りだな、フィンレー」


 流石にアイザックが探索と連絡の現場部隊を預けるだけの男だ。

 情報収集能力だけでなく、情報精査能力も確かだ。

 だが、完全に信じる訳にはいかない、特に相手がディラン殿では。

 病気になって寝込んでいるというのも、俺達を騙すための偽装かもしれない。

 ディラン殿がいないと思ってクレイヴェン伯爵領に攻め込んだら、背後からディラン殿の率いる一万の軍勢に襲われる事になりかねない。


「フィンレー、ディラン殿の病が策謀でないとは言い切れない。

 だがこの絶好の機会を逃す事もできない。

 だから、ゴーマンストン子爵軍が動く素振りを見せたら、直ぐに知らせをくれ。

 戦うにしても引くにしても、情報がなければ判断できない。

 この戦いの帰趨は、イシュタム衆が握っているのだ」


「必ず、必ず正確な情報をお届けさせていただきます」

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