第36話:騎士テディー

 皇紀2219年・王歴223年・早春・ロスリン城


 俺は満十歳、当年とって十一歳になったが、周囲を大軍に囲まれている。

 エクセター侯爵家がついに宣戦布告して大軍勢を繰り出してきたのだ。

 エクセター侯爵は小汚く、俺が皇帝陛下に送った献上品を奪って、俺が皇帝陛下に送るように見せかけて、関所通行料を払っていないと全国の貴族に訴えたのだ。

 当然だが、皇国と王国にもその点について訴えている。

 訴えるなら奪った献上品を皇帝陛下に御渡しすべきなのに、ネコババしたままだ。


 まあ、本人からしたら、自分の正義を全国の貴族に訴えたいから、奪った献上品は皇帝陛下にお渡ししたいだろう。

 だが、現場で略奪を実行した兵士が極上品の酒を前にして我慢できるわけがない。

 まして、俺の手の者が兵士たちの前で酒の入った甕を地面に落として割ったのだ。

 周囲に酒の好い香り満ちてしまえば我慢などできない。

 侯爵には抵抗されているうちに甕が割れたと報告すればいい。


 献上品を皇帝陛下にお渡しできない状況を作っておいて、俺は反論した。

 エクセター侯爵が酒欲しさに皇帝陛下への献上品を奪ったのだと。

 その証拠は、もう既に献上品の酒が失われている事だ。

 抵抗されて甕が割れたと言い訳するだろうが、全て噓だ。

 品性下劣な嘘つきでなければ、そもそも皇帝陛下への献上品奪ったりしない。

 さて、全国の貴族士族はどちらの言い分を信じるだろうか。


 それはそれとして、エクセター侯爵はどこまでカンリフ騎士家と話しをつけているのだろうか。

 国王とは話をつけているはずだが、それをカンリフ騎士家が認めるのだろうか。

 男爵家とは言えないくらいに豊かになったエレンバラ男爵領を、エクセター侯爵が直轄領にした場合、カンリフ騎士家を超える力を持ちかねないのだ。


 カンリフ騎士家としたら、エクセター侯爵家が負ける方がいい。

 同時に、俺を属臣として取り込む絶好の機会でもある。

 カンリフ騎士家のルーカスともあろう者が、このような好機を見逃すはずがない。

 そう思っていたのだが、予想通りだった。

 皇帝陛下と皇国政府を脅したのか、或いは皇帝陛下や皇国政府と利害が一致したのか、皇国の調査団としてカンリフ騎士家の家臣がやってきた。


「テディー殿、わざわざ来て頂き、ありがたい事です」


 爺様がカンリフ騎士家の使者に丁寧な挨拶をしている。

 カンリフ騎士家の一族で、正式な地位は騎士ではあるが、陪臣の陪臣でしかない。

 表向きの礼儀としては、皇国名誉侯爵の俺とは直接話す事ができない。

 隠居して表の地位とは関係なくなった祖父としか直接対話できないのだ。

 だがそんな表向きの地位など無意味だと、誰もが心の中では思っている。


「いえ、いえ、大してお役に立てるとは思えなかったのですが、やっと国王陛下を首都にお迎えできて、国が平和になろうとしているのです。

 首都の直ぐ側で戦争を始められては、国王陛下の威信が地に落ちてしまいます。

 ですから皇帝陛下におすがりして、今回の調査団に加えていただきました」


 いや、お前が気にしているのはカンリフ騎士家の威信だろう。

 カンリフ騎士家が王を奉じて天下安寧を進めようとしているのに、首都に近い有力貴族が勝手に軍事行動を起こす事を、見過ごすわけにはいかないからな。

 それに、今回の軍事行動が、王が裏で許可を与えているくらい、カンリフ騎士家なら分かっているはずだ。


 カンリフ騎士家としたら、王の意向を叩き潰して、王には何の権限もない事を天下に知らせたいのだろうが、そうはさせない。

 それに、俺に恩を売って属臣にしたいのだろうが、今の俺は誰かに頭を下げなければいけないほど弱くはない。

 十分な時間があったから、開戦準備は整っているんだ。

 俺はエクセター侯爵軍を叩き潰して武名を高めてみせる。


「騎士テディー、貴君を使者として派遣してくださったルーカス殿の御厚情には、心から感謝しております。

 テディー殿を派遣してくださっただけでなく、領境に大軍勢を動員してくださった事も、心から感謝しております。

 ただ今回は、調査団は勿論、和平の使者も不要なのです。

 私は名誉とはいえ皇国侯爵の爵位を頂いております。

 その私が、皇帝陛下に御贈りした献上品をエクセター侯爵に奪われたのです。

 この命に代えても奪い返さなければ、皇帝陛下に対して面目が立ちません」


「それでは、エレンバラ侯爵閣下は、調査団だけでなく、和平の仲介をも断り、エクセター侯爵と戦うと申されるのですね」


「仲介の労を取ってくださる心算の、ルーカス殿の面目を潰してしまう事にはなりますが、皇国侯爵としては、皇帝陛下の面目を優先しなければなりません。

 私の苦渋を察していただけるのなら、何もしないでいただきたい」


「本当に何もしなくていいのですか、エレンバラ侯爵閣下。

 和平交渉はしなくても、このまま領境に軍を集めておくくらいはできますぞ」


「私も幼いとはいっても武人です、テディー殿。

 王やエクセター侯爵がこの首を狙っている事くらいは察していました。

 だからこそ、領地を富ませて兵を集めてきたのです。

 攻め込んできたエクセター侯爵を返り討ちにする準備は整えてあります。

 正直に言えば、エクセター侯爵には全軍を率いて攻め込んできてもらいたい」


「ほう、そこまで申されるのでしたら、エレンバラ侯爵閣下の武勇を見たくなりますが、空元気と言う訳ではありますまいな。

 私もカンリフ騎士家の長老として生きてきた自負があります。

 密かに和平交渉に赴いた相手の実力も計れずに、おめおめと仲介相手を滅ぼされるような事になれば、責任を取って死ななければなりません。

 私の命も預かっていると知っての上で、今の言葉を口にされたのでしょうね」


「テディー殿、私が自軍に一切損害を出さずにロスリン伯爵家を攻めろ滅ぼした事は知っているのだろう。

 あの時の戦争で、エクセター侯爵の重臣二人を殺した事も、二人が指揮していた兵士を手に入れた事も、知っているのだろう、それでも私の言葉を疑うのか」

 

「いえ、そこまで申されるのなら、もう何も申しますまい。

 エレンバラ侯爵閣下のお手並みを拝見させて頂きましょう」

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