第10話:イシュタム一族
皇紀2212年・王歴216年・冬・エレンバラ王国男爵領
「お召しにより参上させていただきました、以後宜しくお願い致します」
確かに俺が影衆を紹介して欲しいと山衆に頼んだ事に嘘偽りはない。
だが、不意討ちのように領内巡回の時に現れるのは止めてくれ。
驚かそうとしたのだろうが、俺は毎日魔力と魔術の鍛錬をしているのだ。
教えてくれているのは古強者の祖父と、長い歴史を誇る皇国貴族出身の母だ。
魔力が少なければ大して役に立たない魔術も、俺が使えば絶大な力になるのだ。
お前達が待ち構えている事は分かっていたのだよ。
「よく来てくれたな、だがいきなり五百もの人に来られては困るのだがな」
影衆に驚かされたとなったら、心理的な立場が悪くなってしまう。
だから影衆のやろうとしていた事など事前に分かっていたと証明しておく。
俺が利用している魔術の中には古くから使われている索敵魔術がある。
普通は魔力を浪費できないので一瞬だけしか使わない。
だが俺の魔力生産量から見れば、必要な魔力は大した量じゃない。
それでも魔力を無駄遣いする気はないので、常時使っているのは咄嗟に防御魔術を展開すれば助かる近距離だけだ。
定時の警戒と場所を移動する時だけ、遠距離索敵魔術を使う。
その時に敵がいると分かったら、遠距離魔術を常時発動する。
だから今回も影衆の動向は全て把握していたのだ。
「なんと、男爵閣下は我らの人数まで分かるのですか」
予定通り驚かせることに成功した。
このような世界だから、十数人程度の密偵や影衆が入り込む事はしかたがない。
だが数百人もの影衆を領内奥深くまで潜入させるわけにはいかない。
だからこそ時々広範囲に遠距離探索魔術を展開しているのだ。
だから普段どこにどれくらいの領民がいるのかは分かっている。
今のこの周辺にいるはずのない人数の人間が、陣を組むようにいるのだ。
敵の影衆でなければ目の前にいる漢の配下と言う事になる。
「これでも国王陛下からは将来を嘱望されているのだぞ。
これくらいの事は軽くできるさ、それで、どういう条件で仕えてくれるのだ」
父が当主の頃は領民八千人に兵が三百人だった。
俺が当主になってから二年、領民が一万二千人で兵が九百人になっている。
それに加えて各種特産品の生産と作物の実りで、年間の生産力が金貨八千枚から、年間の利益が金貨三万枚以上に増えているのだ。
前世とは物の価値が違い過ぎていて、何を基準に考えるかで評価が大きく変わる。
俺の感覚で言えば、年商八十億円が年収三百億円になった感じだろうか。
「一時的に雇うのではなく、家臣に迎えてくれると言われるのですか」
驚いているようだが、理由が分からん。
「そういう条件で会いたいと山衆に伝えていたはずだぞ。
影衆との約束を破って、敵にまわすような愚かな事はせんぞ」
「では、ここに集まっている五百人、一人年金貨一枚で召し抱えてください」
金貨五百枚か、我が家の年収から考えれば三パーセントにも満たない金額だな。
「分かった、ただし金貨を五百枚も集めるのは難しいから、一人銀貨百枚か銅貨一万枚にしたいのだが、それでもかまわないか」
「それで結構でございます」
「それと、ここにいる五百人と言ったが、他にも影衆がいるのか」
「東国に我らの里がございます。
里を護る者と老人や女子供が五百人ほどおります」
「東国か、遠いな。
俺に仕える事になったら、なかなか家族と会う事もできなくなる。
この領地に移り住めと言いたいところだが、エクセター侯爵家が敵になるかもしれないから、その時にアフリマン衆やダエーワ衆と争う事になるかもしれない。
別に資金を渡すから、我が家と争う可能性の低い近場に拠点を移したらどうだ。
少なくとも首都と商都には拠点を作ってもらうのだからな」
「承りました、移転に必要な費用が分かりましたらお伝えさせて頂きます」
どこに拠点を作るかは教えてくれないか。
まあ、まだ俺を完全に信じてはいないのだろう。
それくらい慎重でなければ、影衆として生きて行けないのだろう。
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