第9話:製紙

 皇紀2212年・王歴216年・秋・エレンバラ王国男爵領


「男爵閣下、凄いです、他の誰にもこのような事はマネできません」


 再従姉のエマが手放しに褒めてくれる。

 その褒め方に嘘や誤魔化しがないので、とてもうれしく思ってしまう。

 確かに、俺以外の誰にもマネできない事だという自負はある。

 今までのやりかたでは、紙をすくのに随分と手間がかかっていた。


 だから獣皮紙ほどではないが、植物紙もかなり高価なものだった。

 だが俺が水車を利用して原材料の楮などを砕く事にしたので重労働が減った。

 だから使う材料によっては結構紙の制作費が下がってきたのだ。

 その安価に作れる紙を売る事で、我が家の収入は鰻登りで上昇している。


「我が領地は渓谷にあるからな、水を利用しない手はないだろう」


 俺が水車を動力として利用した事は画期的だった。

 精米はもちろん穀物の製粉、楮などの紙の原料を潰す事に水車を利用したのだ。

 これまではそれらの重労働を全て人力でやっていた。

 だから農業や副業で忙しい農民には精米に手間をかけられず、不味い玄米を食べていたのだが、これで白米を食べられるようになった。


 米を手に入れられない者は麦を食べていたのだが、そんな貧しい者は当然製粉する人手や財力がないので、パンを焼く事などできず、大麦を粥にして食べていた。

 今は領民も豊かになって、小麦のパンを食べられるようになっている。

 できれば領民全員を精米した白米を食べられるようにしてやりたい。

 ビタミンの不足は糠漬けを食べるようにすれば防げる。

 全ての領民が美味しい物をお腹一杯食べられるようにするために、今は普通の材木を砕いて紙を作れないか実験している段階だ。


「はい、男爵閣下の申される通りです。

 私も頑張って、一日でも早くお役に立てるようになります」


 祖父と母がそんな事を言うエマを微笑ましく見守っている。

 祖父は嫁に出した叔母の事を思っているのだろう。

 嫌でも口惜しくてもエクセター侯爵の家臣に嫁がせるしかなかった叔母の事を。

 母は男の俺しか子供がいないから、エマを娘のように思っているのかな。

 一族出身の側近候補ではあるが、人質でもあるから、余り情を持ってもらっては困るのだが、俺も妹のように思い始めているからしかたがないな。


「それでどうするのだ、ハリー。

 今回もヴィンセント子爵家を通して皇帝陛下に献上するのか。

 離宮におられる国王陛下には俺から献上していいのだな」


 祖父が俺に今後の事を確認してくるが、確かに急いだほうがいいだろう。

 王家は敵対しているカンリフ騎士家と和解しようとしているようだ。

 カンリフ騎士家は首都を占拠し、王国の内臣を使って国政を牛耳っているが、王家を滅ぼす気はないようだ。

 その事を理解したのか、王家の内臣がカンリフ騎士家との和解に動いている。


 国王を傀儡にする心算なら、歴史上よくある話だ。

 同じくよくある前王朝を根絶やしにするよりはずっといい。

 俺を見ろ、俺を、上手に傀儡を演じるではないか。

 上手に傀儡を演じて、周りに実権を持っていないと思わせるのは難しいのだぞ。


 国王が上手に傀儡を演じることができずに、カンリフ騎士家に邪魔だと思われるような事があれば、国王はカンリフ騎士家に暗殺されるだろう。

 ふん、いい気味だ、とっとと殺されるがいい。

 我が家の家督に介入した事を忘れていないからな、国王。

 国王のプライドと欲望をして、暴走するように誘惑してやろうか。


「そうですね、最高級の楮紙と普及用のわら半紙を献上させていただきましょう。

 王家も皇家もたくさん紙を使われるでしょうからね」


 皇家は儀式や記録を残すのに紙が必要だろう。

 国王はカンリフ騎士家討伐の密書を書くのに紙が必要だろう。

 わら半紙は覚書に使ってくれればいい、木簡よりかさばらないからな。

 両家が使ってくれれば我が家の紙の価値が高まる。

 同じ品質でもイメージしだいで高値で売ることができる。

 以前も松脂石鹼と織物を王家と皇家に献上する事でブランドイメージを良くした。


 古くからある名産地を押しのけて、新興産地が利益を得るにはイメージが大切だ。

 国王が我が家に亡命してきているのだから、徹底的に利用させてもらう。

 王家が首都に戻ったら、利用できなくなるかもしれないからな。

 国王が王都に戻る前に急いで戦力の補充を行わなくてはいけない。

 国王が首都に戻ってしまったら、ロスリン伯爵家が攻め込んでくるかもしれない。

 魔獣紙と魔晶石を組み合わせた攻撃魔術陣を用意しておくべきだ。

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