第34話 勇者たちの事情2

「今は全員で協力して、集団として動いた方が良いんじゃないかな」

 捕虜交換で戻ってきた霧亜にそう言ったのは、委員長だった。


 彼は確か交渉において、相手の思考を少しだけ有利な方へ引き寄せることの出来る能力を得ていたはずだ。だからこういった場でも前面に立たされているのだろう。

「いや。悪いんだけど俺は抜けるよ。元の世界に戻るつもりはないし、そんな人間がいると余計に協調性を乱すだろ?」

「どうしてだよ霧亜。本気で戻らないつもりなのか」

「俺の事情は知ってるだろ神丞。正直、どっちの世界でも平凡な人生になるのなら、気兼ねなく生きられる方がいいからな」

「でも……」

「わかってる、お前らの考えの方が正しいよ。だから俺が不和を生んでしまう前に抜けた方が良いと思うんだ」


 そう言われてしまうと神丞は何も言えない。

 実のところ彼はただの大人ぶっただけの子供で、現実的でも理想的でもなく、熱血でも冷静でもなくただの中途半端だからだ。

 正論も極論も持っていない。だから明確な意思を示す主張に対しては成すすべを持たない。

「例え君に戻る気がなくとも、ここにいれば少なくとも生活は保証されるし、前線とは言え危険な戦いに出されることもない。生活基盤を安定させるまでは一緒にいた方が良いのでは?」

 そこへ行くと委員長はさすが、県内でもぱっとしない私立高校とは言え先生から指名されてその席にいただけはある。

 突いて欲しくないところを突いてきた。


 確かに、王城で座学や演習をした後に派遣されたセーガル河戦域で、未だまともな戦いに駆り出されてはいない。

 彼が捕虜になったのは、魔族兵から引き出した情報で勇者を生け捕る方向であることを聞いたからだ。

 人族では魔法を学ぶことが難しい。

 王城でも樫の上枝が最高で、この前線でも檜の下枝レベルまでだ。

 魔族は魔法を使うから、今後のためにも虜囚となって潜り込みあわよくば習得しようと虫の良いことを考えていたのだが、どうやら人族と魔族では魔法の使い方が異なるようで無理だった。

 がっかりはしたが、もう戦線に留まる意味がないということがはっきりしたことは収穫だ。なぜなら、人族側の実質的な最高司令官であるハルは、勇者を叩き直して戦線に投入するつもりであるからだ。

 となるとむしろ、この戦線にいる方が危ない。

 さほど会う機会がないし、どれだけ集中しても何故かハルだけは意識を覗くことが出来なかったが、彼の副官であるヴェセルの意識は他と比べて曖昧ながらも覗くことが出来た。

 そこらの兵士、特に近衛師団では全体の戦略など気にもしていないようだから役に立たないが、あの爺さんはハルの右腕だ。そこから引き出した情報は精度が高いだろう。


 だから彼は一刻も早く勇者軍を抜け、安全な西方へ行きたかった。

 西方は諸王国と呼ばれる小さな国が集まっている。ほぼ王国の傘下にあると言って良いが、小なりとは言え国家としての主権は確保しており王国も内政に関与はしていない。住みやすそうな街に居着いて能力を使い、占術師か商会員かで生計を立てていきたい。

 脱走ということにはしたくないから、クラスメイト内での話し合いを経た上で同意を以て抜けた、としておきたいのだ。

 更に念を入れて、自分が西方で居場所を確保するまでは勇者たちには王国の建前に従っておいて欲しい。彼らが王国に従っている間は、霧亜は王国にとって二十七人もいる勇者のうちの一人、しかも神丞の剣術や他の生徒が持つ体術、身体硬化、走力強化のような戦闘に役立つ能力を持たない二十七分の一の勇者でしかない。自分がいなくなっても、血眼になって連れ戻そうとはしないだろう。


 そう、霧亜はクラスメイトを自分が生き残るための生贄にしようとしている。

 だがそれが悪いとは欠片も思っていない。

 こんな世界でこうなってしまったのだ、地球の常識や日本の慣習など通用しない事実に順応すべきなのだ。誰も保証してくれないものに縋って、自分たちの世界の常識を当て嵌めようとする方が悪い。そのことにどれだけ早く気づき、自分の身の安全を確保しようと動くかは自己責任の範疇でしかない。


 だが一つだけ、勇者たちの和を乱すようなことでなければ彼らにとって有用な情報は渡しておいた方が良いだろう。

「悪いけど決めたんだ。喜怒哀楽がぼんやり見えるなんて俺の能力じゃみんなの役にも立たないだろうし、どこかで静かに暮らさせてもらうよ」

 神丞は他人を利用して自分を立てる程度だし、委員長も自らの能力で押しきれないとわかった際にゴリ押しするような性格ではない。ここはそれを利用させてもらうことにする。

「けど、魔族の捕虜になっていた時に得た情報は渡しておく。まず、王城の人たちが想定していた四天王みたいな存在はいないらしい。この戦線で対峙してる司令官が魔族の最強戦力だそうだ。だから、司令官を倒せば次に対峙するのは魔王ってことになる。ただし、魔族の使う魔法は俺たちが座学で受けた人族の魔法とはまるで異なるものだから、魔族で魔法に長けた司令官の強さは額面通りのものと考えない方が良い」

 二人が黙って聞いているのは、彼への説得を諦めたからだろう。

 せめて情報だけでも貰っておくという姿勢は正しいと思った。

「それと、魔族に人族の常識は通用しない。当たり前だけどな。当然だが俺たちの常識もだ。だから」

 言っても無駄かも知れない。

 が、餞別代わりに言うだけ言っておこう。

「俺たちの常識はこの世界の人族にだって通用しない。この世界では命の重さも、俺たちの世界とは違うんだから」











 霧亜が去った後すぐにハルが西方へ配置換えとなったが、しばらくの間は魔族からの攻勢も止み小康状態となっていた。

 その理由が何であるのかは神丞や委員長たちにはわからなかったが、この期間を活用しない手はなかった。




「では勇者殿、ありがとうございました」

 去ってゆく近衛師団の騎士たちを見送り、神丞は大きく息を吐いた。

「ありがとうな、委員長。小峰も」

「いや、だいぶ浸透してきたようで何よりだ。他のチームも上手く行っているようだから、このまま戦争を終わらせられるまでは継続だな」

 彼ら三人のチームは近衛師団の隊長クラスを担当していた。それなりに高位貴族もいたから緊張したのだろうか、委員長は肩をぐるぐると回しながら答えた。


「でもさ、本当に魔王が帰還方法を知ってるのかな。もし知らなかったら結局倒さないといけないってことにならない?」

「軍務大臣がボーエン公爵を通じて確認したんだから大丈夫だろう。尚書部ってところが報告書を出したって言ってたし」

「しょうしょぶ?なに、それ」

「歴史書や法令、国王の命令などをまとめてる部署だよ。国中の書類を全部管理している」

「へー。じゃあそこが調べたんだったら信用できるってこと?」

「尚書部以上に歴史資料に詳しい部署はないからね。だけど……」

 考え込む委員長に、小峰が不安げに眉を寄せる。

 都会から已むを得ない事情で入学した法龍院霧亜を除けば、学年随一の成績を誇る彼がこのクラスでは行動方針の基準となっている。


「神丞、この世界に魔女やら魔法使いやらはいると思うか?」

 唐突な質問に神丞は面食らうが、

「いや、魔法師ってのは俺たちが考える魔法使いとは違うから、それを含めないとすれば他に聞いたことはないな」

「ふむ……」

「え、なになに、ちょっと不安になるんだけど」

 小峰が意味もなくきょろきょろと周囲を見渡すのは不安の現れだろう。ある程度弁が立つことと、この国の美醜判断に近いのか近衛師団に人気が高いことから勉強会に参加してもらっているが、残念ながらおつむの方は高校のレベル相応と言ったところだ。

「法龍院が去り際に言っただろう、魔族の魔法は人族のそれとは違うと」

「言ってたな」

「お前達も魔族の魔法は戦闘で見たと思うが」

 言葉を区切って二人を見る。

 神丞が真剣に、小峰が不安げに頷いたのを見ると、

「確かに俺達が想像する魔法とは違うだろ。長谷川たちがまだ諦めきれずに練習しているみたいだが、炎の玉やら水やら風やらを使う魔法は存在しない。だが確かに神経毒に似たものや幻惑など強力な魔法であることは間違いない」


 確かに、未だ数人は諦めきれずに魔法の練習をしている。

 この世界に存在しない故に彼らの唱える詠唱は近衛兵には真新しく映ったようで、彼らが担当する平和のための勉強会は魔法練習と化している。もちろん、成果はまったく出ていないのだが。

「だとすると、人族では計り知れていない魔法使いが魔族にいる可能性もあるんじゃないか」

「え、それって長谷川たちが言ってるみたいな、時間や空間を操れる魔族がいるかもってこと?」

「いや、それはないんじゃないか?あいつらが言っているような魔法があって、魔族の強さでそれを使っているとしたらとっくに人族は負けてるだろ」

「神丞の言う通りだと思う。俺が考えているのは、口伝や口承を残している……語り部や呪術師のような存在がいるんじゃないかってことだ」

「なに、それ」

 次第に飽きてきたような表情になる小峰に、それでも委員長は感情を動かさずに説く。

「人族側の資料に残されていない勇者や召喚について、魔族側で何らかの魔術によって残されている可能性があるということだ。重要機密だろうから、魔族のいち兵士では知らないということもあり得る」

「なるほど、とすると魔族の上の方に接触する必要があるよな。でもさ、あの妖族の街でもそうだったが重要な情報はロックかかるらしいぞ。どうやって聞き出すんだ」

「話そうとするとロックがかかるんだろう。法龍院がどこまで知れたのかわからないが、最後のアドバイスを考えれば司令官の強さについてかなり正確に知ったんじゃないかと思うんだよ。となると、『聞く』分には問題ないということはあり得るんじゃないか?」

「つまり、魔族が魔族同士で話しているのを聞くだけなら、大事なことも聞けるんじゃないかってこと?でもさ、それなら妖族の街でも同じことじゃない?」

「ロックをかけているのが俺たちを召喚した神なのか、それとも他の存在なのか知らないけど人族がそこにいることが前提の状況であるのか、たまたま耳に入ってしまった状況であるのか、その違いは試せていないんだ」

「あー……確かに妖族の街じゃ、あそこに人族がいることは確実だもんね。法龍院君は捕虜として魔族の中に紛れ込んでたまたま知ってしまった、だから状況が違うってことね」

 小峰のまとめに委員長は頷いた。


 一年も立たない付き合いだがクラス内では最も法龍院霧亜を知る神丞は、確かにあいつの性格ならそこまで試して聞き出した上であのアドバイスを残したのではないかと思った。

 だが、問題はどうやってその状況にするかだ。

 その疑問を口にすると、

「法龍院と同じさ。俺たちの誰かが捕虜になってみるというのはどうだ。近衛は勇者を前線に出すことを嫌がってるみたいだが、さすがにそろそろ動かないと情報が偏りすぎている」

「まあ……俺たち自身が強く希望すれば近衛師団も嫌とは言えないか」

「そういうことだ。しっかり身の安全を守れるくらいの人数で出れば、何人かはうまく捕まることができる可能性が高くなるだろ」




 こうして彼らは自滅へと足を踏み出した。

 情報収集の重要性に気づくのも、そのために動き出すのも遅すぎたと言える。

 自分たちの事情を、世界が待ってくれるとは限らないのに。

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