第14話 新しい勇者

 かろん。

「よ」

「ん」

「お姉ちゃん、アカマスの塩焼きね。食うだろ?」

「もちろんだ」


 いつもの遣り取りを終え、ジョッキを掲げて乾杯をすると今日はアルノのターンからだった。

「ふぅ〜、いやしかし、勝利の美酒は最高だな」

「……はいはい、おめっとさん。美酒ったって、いつものビールと変わらないですけどね」

 憮然とした表情でジョッキをカウンターに置くハルの下から、赤い目が覗き込んでくる。

「んー、なんだハル、元気がないぞー。楽しく飲もうじゃないか」

「くっそウゼェ。この脳筋魔族まじウゼェ」

「はははは、まあそう不貞腐れるなよ。勝負は時の運って言うじゃないか」

「おい今日の戦い見てそれ言うのかよ」


 時の運どころではなかった。

 目を覆いたくなるような犠牲の上に勇者召喚を成功させ、最低限の教練を済ませて早速送り込んで来た王室。

 ハルはその知らせを拠点で受け取ってがっくりと項垂れた。同席していたヴェセルも同様で、ハルから回された指令書を流し読むなり頭を抱えて天を仰いだものだ。


「んだよ、ったくよ……大量の勇者召喚に成功したって最初言われたから期待してたのにさ」

「ぷぷぷ、いやいや、報告は合ってるじゃないか。二十七人もいたぞ、勇者様たちが」

「いやお前、勇者だぜ?……勇者だぞ?」

 だん、とジョッキを打ち付ける。

 勝敗の結果は戦略に影響を与える程のものではなかったけれども、戦果どうこう以前に飲まなければやっていられない。

 ヤケクソ気味に追加を頼むハルに、アルノは悪い笑みを浮かべながら、

「うむそうだな、確かに勇者だったじゃないか。いやあ、あれだけの勇者を召喚するのに魔法師がどれだけ犠牲になったやら。人族は物量だけは豊富だな」

「魔法師どころか、相変わらず体の一部だけとか意味不明な物体とか、妙なもんばかり召喚して異界にだいぶ犠牲を払ってもらったらしいけどな」

「さすが人族、異界に対して何の遠慮もないな」

「人族全体みたいに言うな。俺やヴェセルは反対してるっつの」

「それだって異界に遠慮してのことだけではなかろう?」

「そりゃな、だが全く遠慮してない訳じゃないぞ。それより問題は───にしやがったことなんだよなぁ」

「ん?」

「ああ、これはまだ制約かかるんだ」

 首を傾げるアルノを見て、普通に喋ったつもりのハルは察する。

 本当に便利な制約だが、ハルとアルノだから良いものの普通ならその都度会話が止まって面倒だろう。


「まあとにかく面倒だってことだ。それにしてもお前、よく今日は飛び出して来なかったな。あんな大量の餌を前にお預けできたのは偉いぞ」

「犬扱いすんなボケ。いやなに、苦労しているだろうお前を想像して笑い転げてただけだ」

「くっそ、性格悪いやっちゃな……」

 そう、実際に笑い転げていた。

 偵察からの報告を受けて前衛を一当てしたところでその事実を理解し、苦みばしった顔をしているだろうハルが真っ先に思い浮かんだ。前回、人族と魔族の共通宣戦に従って行われた大会戦でエル・ラメラを奪還された鬱憤を大いに晴らすことができたので大満足だ。

「まあ飲め飲め、今日は奢ってやろう。大将、こいつにビールだ!あとジャルナも……いや、今日はヴィー牛の最上級、塩であっさり焼いてくれ」

「うぐぐぐ……悔しい、けど食べちゃう。あ大将、ヴィー牛を塩で焼くなら白酒くれ、合うやつオススメで」

「構わん構わん、大いに食うが良い。ははははは」

 アルノはジョッキを掲げて上機嫌、ハルは頬杖をついて不機嫌。

 今回の戦闘で両軍の受けた損害は軽微であったが、内実は人族の参謀であるハルにとっては大敗どころではなかった。

 つまりアルノに完全に遊ばれた、ということだ。

 そりゃアルノも上機嫌にもなる。




 ところで、制約がかかったことは何だったのかと言えば。

 ハルが「それよりも」と言ったことからわかるように、勇者がどうこうということ以上の問題であった。彼が頭を抱えたのは大量の勇者召喚に成功したということでなく、それに伴う軍制変更である。

 勇者の大量発生に対しては準備をしなかった訳ではない。指令書を見て「またか」とか「勇者を小隊単位で寄越すくらいなら、戦闘力で勇者一人に劣っても歩兵中隊を寄越せ」とがっくりきたのは確かだが、参謀としてそれ相応に準備はしてきた。

 が、実際に到着した勇者たちの戦闘訓練や演習を行い確かめることができなかったのだ。

 それは軍制の変更を伴う指示によるものである。今までは勇者軍、近衛師団という二系統であり勇者軍司令官としては人族連合軍参謀としてハルが兼任し、近衛師団は王室直属であるため指揮権はあるものの近衛にも拒否権があった。それだけでも大問題なのだが、今回は輪をかけてとんでもない指示が来た。


 まず勇者軍と近衛師団だったものを、連合軍と勇者軍に組み替える。勇者を複数召喚できたことから、彼らを小隊長扱いとして近衛を勇者軍に組み込み、近衛の隊長に各小隊の副官をさせることで勇者と近衛の合併を測ったのだ。

 とんでもない暴挙ではあるが所詮は近衛師団、どうせハルの責任範囲ではないのだからどうでも良い。

 いやまあ、成功したら王室の功績、失敗したら指揮を執ったハルの責任にされるからどうでも良くはないのだが。


 それはともかく今回の改編指示が、ハルの指揮下から勇者が抜けることを意味するのは確かだ。

 それでも代わりに近衛の拒否権を剥奪し、完全な指揮命令権が与えられればマシだったのだが、それはそのまま残された。だから単純に勇者を近衛に持って行かれただけの話だ。勇者への指揮権を近衛師団に移譲、近衛師団が勇者軍という名称になっただけ。

 今までハルが直率していた勇者軍は連合軍と名称を変え、名実共に人族各国の寄せ集め集団となる。

 ハルが指揮するのは正確に言えば師団。

 人族の最大版図を持つ王国が、中核となる歩兵の大多数を組織している。その他の兵種については、騎兵なら馬の産地であり騎馬への親しみ深い国が、輜重隊は商業の盛んな国が、工兵は森林を持ち工作技術に強い国が、魔法師は各国が少しずつなどのように、王国ほど力を持たない国がそれぞれの特徴を活かし出せる範囲で兵を拠出している。それらを組み合わせて軍を構成し、二軍を師団として直率している。

 小隊25人、3個小隊75人を中隊、4個中隊300人を連隊として歩兵3個連隊、騎兵2個小隊、工兵3個中隊、弓兵1個中隊で歩兵900、騎兵50、工兵175、弓兵75、加えて魔法師100、輜重150、合計1,500人の軍を二軍で3,000人の師団を状況に応じて小隊・中隊・連隊単位で組み合わせての運用だ。

 それに衛生兵と従軍医師が合わせて30人、文官などもいるので師団全体としては4,000人ほどが軍民合わせて従軍していると考えて良い。


 国民が万単位の国ばかりではないし、いくら魔王軍に対して団結して挑んでいるとは言え温度差もある。自国の防衛や貴族の私兵、治安維持に割く兵力も必要だからこれでも集めた方だと言えるだろう。

 それ以外にハルとヴェセルが個人的に雇用している傭兵団100人弱がいるが、これはこの世界でも一般的に存在する傭兵のイメージとは異なり、本当に信頼できる人物を二人が軍から抽出して一度退役させた後に雇用した部隊だ。戦場での槍働きだけでなく諜報や策戦にも長けた者を選抜しており、彼らの使う諜報部隊とはこれのことでもある。

 師団を構成する二つの軍、右軍と左軍は寄せ集めでしかないから彼らが最後に信頼できるのはこの私設部隊だけ。

 本来ならこの世界では王の軍である近衛師団と貴族の私兵が武力であり、騎兵のみが軍とされる。行軍に必要な工兵や輜重兵、衛生兵などは随時徴集か傭兵で間に合わせられており軍扱いはされていない。それに加えて、騎士が中心であるがために当然ながら騎士道精神に象徴されるような精神性が効率性に優先される。

 だが、力こそ全ての魔王軍に人族が精神性だけで勝てる訳もなく、連戦連敗を重ねてハルに軍権を委ねられた際に彼が改編したのだ。

 必要な兵科をその都度抽出して組み合わせられる編成と活用は、誰がどのような長所と短所を持っているのかを読めるハルの能力と合致しており、そういった効率的な運用ができて始めて魔王軍と一進一退の戦況に持ち込むことができた。


 ところが精神性を重視する王室派は、それを理解できない。

 戦いが長期に渡って停滞していることも、彼らに現実的な戦争の危機感を薄れさせ国の活動のひとつ程度に過ぎないと思い込ませてしまった。

 かと言って、魔王軍の脅威に目を瞑って無視する訳にもいかない。

 実際に戦闘は行われている訳で、どれだけ情報統制をしても伝達手段が未熟であればそれだけ防諜・箝口も未熟だ。戦勝の情報は口伝てで伝播するし、軍の活躍は民衆に受容される。

 となると、彼らに出来ることは優秀な軍が自分たちの駒としても優秀であることが理想だ。

 が、魔王軍に勝つ駒として優秀な人材を彼らは持っていない。


 つまるところ、魔族に対峙する為に必要不可欠ではあるが操り切れない忌々しい存在、というのが王族や貴族の持つハルや勇者軍への認識である。


 たった三千程度の兵力でアルノ率いる魔族軍を押し留めていたハルであったが、それは必要に応じて近衛を使えたからでもある。

 貴族の騎兵ではあるまいし、民間からの徴募である勇者軍に常在戦場などと言えるはずもなければ、高尚な志想で集った訳でもない一般兵に年がら年中命を賭けさせることもできない。

 左右二軍があると言ってもぎりぎりであり、第三軍として近衛師団を想定できたからこそ、綱渡りであっても継戦できたのだ。

 その第三の軍である近衛を、戦場での武力としては突出している勇者ごと引き抜かれ、且つ邪魔にしかならないド素人の彼らを拒否権持たせたまま活躍させろ、というのはいくらなんでも無理がある。

 そもそも今は「部隊としての特性を把握したい」とか「練度の確認」とかで無理やり勇者たちの出陣をもぎ取っているが、たぶん、いや間違いなくそのうち温存に走って勇者たちは前線に立つことすらなくなるだろう。






 そんなウンザリした気分でお猪口をユラユラ揺らし、白酒のうねりを見ていたハルにアルノが真面目な口調で話しかける。

「ハル、お前今楽しいか?」

「ん?」

 死んだ魚のような目を向けるハル。

 さっきまで高笑いしていたアルノは、ちょっと可愛そうかな、と憐憫の色を湧かせた。

「この間旅行に行った時は楽しそうだった。お前もはっちゃけていただろう?」

「あー、まあ確かにな」

「減らず口叩いていても楽しげだった。最近のお前は楽しみを一切忘れているようだ」

「……戦争が楽しいってのも、病気だがな」

 思う所があったのか、それでも認めきれない様子でハルは間をとって話題を逸らそうとする。もちろんアルノはそれもよくわかっていた。

 ことん、とアルノが置いたお猪口の音が決して静かなはずもない店内でハルの耳に鋭く響く。

「お前は異界人だ。人族どころかこの世界に何ら情などなかろう」

 ヴェセルは別かも知れんが、と人の好さそうな爺の顔を思い浮かべる。

 戦争だから当然と言えば当然なのだが、戦場で見かけるハルは無感情な戦争機械にしか見えない。それでもあの旅行で見る限り、ヴェセルと話している時は「夜に鳴く鶏亭」でと同じように屈託のない笑顔を見せていた。


「この世界の人族と同族であるかどうかもわからない。しかも人族の王どもはクズばかりだ。それでも人族のために戦うのはどういった心情からなんだ」

 純粋な疑問。

 二十年、三十年前ならともかく今となっては情を移すほどの知り合いもほとんどいない。確かに、勇者のような優れた身体的能力を持たない彼が、歳を取らない姿で人族の中で生きるのは大変だろう。だからと言って、詳しいことは制約によってわからないけれども、こんな目をしてまで人族のために戦う必要があるのだろうか。

 アルノの疑問にハルはうーんと眉根を寄せると、

「何だろうなぁ……比較の話かな」

「比較?」

「そう、ベストがないからベターを選ぶってところだな」

「ベスト?バター?」

「あー、他に居場所がないからそこにいる、ってことだ。最初に拾ってくれたのが人族で軍人のヴェセルだったからな、妖族や魔族に居場所がある訳ではないしそれはそれでラッキーだったんだろうけど、この世界のこともよくわからんまま仕事を選ぶこともできないし、能力の活かしどころも軍しかなかった。だから居着いたけど、今となっては好き好んで勇者軍にいる訳ではないな」

 一息に話すと串の盛り合わせとワール蛸を頼む。

 淀みなく話すことから、取り繕っているのではなく本心だろう。

 常日頃思っているようなことでなければこれほど流れるようには話さない。


「んで、それがどうしたんだ」

「いや?全力出せないお前では物足りないだろうな、と思っただけだ。全力でかかってこられないと、叩き潰す醍醐味もないからな」

「ざけんな、王城からの横槍があろうと魔王軍ごとき屁でもねぇわ」

「その割に今日は遁走したようだが?」

「……そりゃお前、勇者がよ……」

「あんな惰弱者、どれだけ集めても意味はないだろう、まあ、人族のやることだから知ったことではないがな」

「うぐぐぐ……」

 アルノの高笑いに歯噛みするしかないハルだった。


「くそぅ、くそぅ……次までに叩き直しておかねぇと」

 でも軍制変わってから勇者については口出せないんだよなあ、と暗澹たる気持ちになるハルに、

「おお、やれやれ、頑張れ。あんなのがどれだけ集まっても食後の運動にすらならんからな」

 アルノは心の底から愉快そうに、軽快な笑声をあげた。

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