第13話 ツンデレとは
かろん。
「よ」
「ん」
今日もほどほどに混雑する「夜に鳴く鶏亭」で、いつものようにコツンとジョッキを合わせる。
まずは今日の戦闘についてだ。もちろん戦技研究や戦術論などではない。お互いへの文句という舌戦からスタート。
「次にお前を戦場で見かけたら、一言も発する暇なくぶち殺す」
「おー怖い怖い。魔王軍司令官殿は血の気が多いなあ」
「おいそのニヤケ面を今すぐやめろ。この場で胴と首をおさらばしてやってもいいんだぞ」
「まあ落ち着けよ。今日のは正攻法だったろうが。当たり前の準備をしてごく真っ当なやり方で戦った結果じゃねぇか」
「ぐぬぬ……」
ハルの言うことが正しいのでアルノは歯噛みする他なかった。
「大体、俺が兵種と地形を判断して対策してくると思わなかったのか?わかってることだろうに」
「だが今回は正々堂々の通達ありの会戦だったのだぞ、お前こそ卑怯だとは思わないのか」
「いいや、全く思わんね。局所戦で勝っても戦い全体で勝利しなきゃ意味がない。そして戦場で勝てれば良いお前と違って俺は参謀だ、戦略的な勝利へ導くのが役割だからな」
「ぐぬぬぅ……」
まあ正直なところ人族が勝とうが負けようがハルにはどうでも良いのだが、この世界で他に身の置所がないという消極的理由がある以上、人族を勝利に導くのはそれなりの意味はある。故に、局所戦を捨てて大局で勝つ、つまり今回の会戦における戦略目標の確保と維持に成功することを選んだのだ。
もちろん局所戦を捨てたために相応の人的被害は出たが、そこは政治的に解決すべき王族の仕事であって勇者軍参謀であるハルの仕事ではない。
必要最低限には抑えたのだし、そもそも作戦を承認したのは王室なのだから。
「まあいつでもかかってこいや。俺がいるうちはアルメラは絶対に渡さんけどな」
正式にはエル・ラメラ、つまり山麓ラメラから少し行ったところという意味の地方都市なのだが、北部山脈とセーガル河の中間に位置するために規模に比べて戦略的価値は高い場所だ。
発音に慣れていなかったハルがアルメラと呼んでいたので、軍内ではその通称で通っている。
「ふん、一時的に預けただけだ。すぐに取り返してみせる」
「おー、見事に負け犬の遠吠え。負けを認められないやつって、絶対そう言うよな」
「なにおぅ!」
「あ、そういやさ」
いきり立った余勢でジョッキを割りそうになるが、突然声色の変わったハルの言葉に冷静になる。
「なんだ」
「今ので思い出したんだけど、新しい勇者が来るらしい」
言いながらハルは、ああこれは制約にひっかからないんだ、と思った。考えてみれば、勇者は代替わりがあっても存在していたこと自体はただの事実であり、それは魔族だって知っているのだから制約にかからないことは納得だ。
が、次の言葉は無理だったらしい。
「───、だそうだ」
「は?何だって」
「だから、───なんだって」
「あー、そうかお前、制約に引っかかること言ってるな」
「不思議だよな、どうせお前らと対峙したらバレることだろうに。あ、でも事前に対策させないようにって考えれば妥当か」
勇者の存在や出現は伝えられても、その詳細は発言できない。当たり前と言えば当たり前だが、それも制約という不可思議な力があればこそで、元の世界でこれがあったら戦争やその前の諜報戦という概念は大幅に変わったんだろうな、と思いながらハルはマルリードの酢漬けを口に放り込んだ。
こりこりした木の実の感触は残しつつ、オイルとヴィネガーの絶妙な組み合わせで味わいを深くしているつまみは、ビールにもよく合う。
「それで、勇者がどう関係するんだ」
「ん?」
「いやお前、『今ので思い出した』とか言っていたろう。大将、白酒この間の辛めのやつ頼む。それとルオカのたたき。で、何が勇者と繋がったんだ」
「あー……」
「おいまたか、またなのか」
「いやいやちょっと待ってくれ、思い出す。あ、そうだ、前回お前に殺された勇者いたじゃん」
ハルの言葉を聞き流しながらことん、と置かれた白酒に舌舐めずりしながらいそいそとお猪口に注ぐ。
早くたたきこないかな、と飲みたいのを堪えていると、
「ねぇ聞いてる?そのどうでもいいって態度、おじさん傷つくよ」
「何がおじさんだ、ガキの分際で」
「うっせぇ、魔族の基準で人族図るなボケ老人」
「誰がボケだと?そのジョッキにお前の血を満たしてやるぞコラ」
「お?やんのか負け犬。仕事で負けてここでも負けんのは惨めだろうから許してやってるだけだぞ。イキってんじゃねぇよ」
「よし殺す」
「はっ、返り討ちにしてやんよ」
剣呑な雰囲気で青筋を浮かべながら睨み合う二人の間に、大将の嫁がすっとルオカのたたきを割り込ませる。
「きたきた。辛めの白酒に合うんだよな、これ。シヨガの千切りを巻いて塩で食うのが堪らない」
「お、いいな。大将俺にもこいつと同じのちょうだい」
白酒を頼むと、アルノと違って酒が来る前に箸をつける。
薬味のシヨガはしゃきしゃきした歯ごたえと辛味、軽くつけた塩がルオカの身をより引き締める感じがする。
「あーこりゃうまいな」
「だろう」
「で、何だっけ」
「ガキかと思ったらそっちがボケ老人だったか」
「うっせぇ。そりゃお前だろ……あ、そうそう」
白酒が来る前にジョッキを空ける。
やはり魚のたたきには白酒の方が合うな、と銘柄がずらっと書かれた掲示メニューを見るけれども、長くこの世界にいる割に戦場を転々としているだけのハルには見覚えのあるものはなかった。
アルコール度数が低いこともあって、ここで飲む以外にあまり酒に興味を持っていないことも原因だろう。
「いや前の勇者な、撤退する度に負け惜しみ言ってたじゃんか、お前は何もしてないだろってのにさ」
「ああ、あの色狂いハーレム勇者か。確かにお前達が撤退する時には必ずなにかしら叫んでいたな。あいつ何もしてないくせに」
二人して何もしてないを強調するが、確かに何もしなかった。
そして最期にアルノに斬り殺されたのだ。
結局、ハーレム作って毎晩女遊びするだけの勇者だった。
「何かあいつ、俺と同じだったらしい」
「ん?同じ?異界から来たってことか」
「ああそれは知ってたんだけど。完全に同じ世界じゃないけど似てる世界から来たらしくてな」
「ほう……異界から呼ぶのは危険だと聞いていたし、魔族はよそ者の手を借りるほど落ちぶれていないから研究もされていないが。私が速攻で叩っ斬った勇者だけがたまたま成功したのだと思っていたが、人族はいつの間にか方法を確立していたのか」
興味薄そうに、たたきに注意を向けたまま応じる。
アルノら魔族が異界に興味を持っていないことは承知していたハルもまた、シヨガだけをつまんで口内をさっぱりさせ、
「まだ危ないらしいけどな。腕だけだったり化物だったりで、成功率一割切ってるみたいだ。あいつは珍しく成功した例だったから王族も甘やかしちまって、それであんなになったって聖女も謝ってきたわ」
「聖女は関係していないのだろう?律儀なことだな、さすが聖女」
「まあな。何だっけ……ニホン?とかから来たコーコーセーなんだと」
「コーコーセー?なんだそれは」
「さあ?でも確かに微妙に俺と話っていうか単語が似通ってたんだよなあ。ジャルナ揚げもフライドポテトって言ってたし、あの年齢と知識から行くと、コーコーセーってのも多分、俺の世界で言えば二教生のことだと思う」
「おい、そこまで共通項あるなら気づけよ」
「いやだって興味なかったし。右から入って左に抜けてたわ」
「まあいい。だが食事は文化の基本だ、だとしたらお前と同じ異界だったのではないか?」
「いやー、俺の記憶にはニホンって国はないな。似てはいるが、俺の出身は扶桑だし」
「ふぅん」
「あ、興味なさそう」
「他人の過去に興味ないのは確かだな。それがお前ならまあ、考えを推測する役には立つから背景を知っておく必要性は認められるが、勇者はぶっちゃけどうでも良い」
「まあな」
ぽい、と最期のシヨガを口に入れる。しゃくしゃくと音を立てて味わうと、白酒で流し込んだ。
「ただ、国民を徴兵するより効率的だし国民感情に影響が出ないってことで、今回の勇者も異界から呼び出したんだと」
「何人呼び出そうと無駄だ。戦場に出てきた端からぶち殺すからな」
「できるかなー、何つってもお前が言うように今回は───だからな」
「いやだから何言ってるかわからん」
「知っててやってる」
にやり、と笑う。
軍事機密を悟られないように気を張る必要のないこの制約は、非常に便利だ。それ以前に敵と飲み交わしているのはどうなんだ、という気もするがこの世界ではごく当たり前のことだから考えても仕方ない。
「まあ良い、どんな勇者が来ようと叩き潰すのみだ」
「その脳筋が今日の敗戦に繋がったんじゃないですかねぇ」
「何だとコラ」
「お?やんのか、ああん?」
「脆弱な人族の分際で、魔族に立ち向かうか」
「だから俺たちは頭使うんだよ、お強い魔族様にはわからないですかねぇ」
「小賢しい矮小な存在めが」
「神経まで筋肉で出来てる木偶め」
ぐぬぬ、うぐぐ、と額を小突き合わせて唸る二人。
ここで暴れると妖族の大将に放り出されることはわかっているので、ギリギリのところで実力行使には及ばないがどこまでも喧嘩腰だ。だが、二人とも戦場では本気で殺しあうが五十年の付き合いでただの敵同士でなくなっていることも確かだった。
ふ、と突き合わせていた額を離してハルが苦笑する。
「でもまあ、敵がお前でよかったよ」
急に離されたので前のめりになりながらカウンターに手をついて堪えると、アルノも体を戻してハルを見る。
「元の世界の記憶はないけどたぶん充実はしてなかったと思うんだよな。もちろんこっち来てからも軍隊時代は生きるだけで必死だから、余計なこと考えられなかったし。それでも勇者軍率いてお前と対峙するようになってからは、妙に楽しい?いや、生きてる実感が湧いてる気がする。色々見えてる相手と殺しあうのって、元の世界じゃ精神崩壊起こしても仕方ないくらいのことなんだろうけどさ、こうして戦いと息抜きとで完全に切り替えて話せるのってお前だからなんだろうな、と」
急に真面目な話になったのでアルノは面食らったが、
「ま、まあ?お前のために戦ってる訳ではないが?楽しんでいるならいいんじゃないか?うん」
最近は外しているフードを被りなおし、くいっくいっとお猪口を動かす。
ハルの目は、妙な能力のせいもあるのか知らないが神秘的な色をしている。黒い目はありきたりではあるが、深い青にも赤にも見える曖昧な色だ。本人はそれが寒色系の虹彩が多い人族でもなく暖色系の多い魔族でもない、この世界の異物であることを突きつけられているようで苦手だと言っていたけれど、その目でじっと見られると落ち着きがなくなってしまう。
アルノが中立都市であるここでもフードを外さなかったのは、同じ魔族に見られないようにという他に、実はこれが最も大きな理由だった。
いつもカウンターに腰掛ける二人なら、フードを被ってさえいれば正面を向いている限りハルの視線を気にせずに済む。滅多に見ない真面目な雰囲気でこちらを見るハルの目に落ち着きを無くしてしまうアルノだったが、なぜか悪い気分ではなかった。
「別にお前のために飲んでる訳ではないが?私が来たいから来ているだけだが?」
ふわふわした気分になってしまうのは酒のせいだろうか。
いつもと変わらない酒量でしかないはずなのに、真面目なハルの目を向けられていると思うと顔に血液が集まっているような気がしてしまう。
「そこにたまたま毎回お前が来ているだけで、私は一人で飲んでるつもりだが?まあ、隣に座られては相手しないのも何だと思っているだけだが?」
くいっくいっと煽る。
もはや自分でも何を言っているのかわからなくなってきたが、
「いやアルノ、お前……それ入ってないぞ」
「ししし、知ってるし!エア白酒だし!」
「何言ってるんだ?つか、男のツンデレは需要ないと思う」
「何だツンデレというのは」
「ツン─デレ、普通名詞。普段はツンと素っ気ない態度なのに、二人きりになるとデレデレと甘えてくる様」
「んなぁっ?!あああ、甘えてなどない!」
「いや別に甘えてるとは思ってないけどさ、やけに可愛げのある反応だなと思って」
「か、可愛げ?!」
そりゃまあ男同士でツンデレはないわな、とそう思いながらも酒のせいかやけに体温が上がっているのを感じるハルは、どうどうと突っかかってくるアルノをいなしながらもアルノに会えなかったらいつまでも詰まらなかったんだろうな、と感じていた。
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