トレジャーズ・オブ・ライト

望月 栞

第1話

 今年に入り、北暦一二〇〇年を迎えた。仲間の墓にはすでに花がそえられてあった。おそらく、町の住民が彼の死をおしんで墓参りに来てくれたんだろう。ぼくも花をそえ、手を合わせる。自分と同じ神官の彼が亡くなってもうすぐ一ヶ月が経つ。何かにおそわれたらしく、首元にかまれたあとがあったことしかわからず、おそった者も見つかってはいないままだ。

 墓をあとにし、森の中にある神殿へもどると入り口付近に一人の女性がいるのが見えた。

「あなたがここ、大陸神殿の神官?」

 女性はぼくに気づいてたずねてきた。

「そうですが、あなたは……?」

「私は海底神殿の神官、ミラです」

 ミラの言葉にぼくは目を見開いた。何故なら、彼女は人間と同じ足で今ここに立っている。

「海底神殿の? しかし、それなら……」

「えぇ。海底神殿の神官は人魚。もちろん私もそうなんだけど、ここへ来るため、海底神殿が守護するまが玉の力を借りて、一時的に人間の姿になっているの。話したいことがあって来たわ」

「なるほど。どうりで……。ぼくは大陸神殿の神官レグルスです。ここへ来られたということは何かよほど重要なことなのでしょう。どうぞこちらへ」

 ぼくはミラを大陸神殿の中へ案内した。階段を上ってまっすぐ進むと祭壇があり、その上に鏡が置かれている。その後ろのかべには祭壇画と呼ばれる絵がかざられており、風をイメージした絵だ。

「これが三種の神器の一つ、鏡ね」

 神殿は陸・海・空に存在し、三種の神器と呼ばれる剣・鏡・まが玉をそれぞれの神殿が守護している。空ではつばさをもつ鳥人、海では人魚、陸では人間が治めていて、この大陸神殿では鏡を所有している。そして鏡を守るのが神官であるぼくの務めだ。

「光っている……?」

 祭壇にまつられた鏡がぼんやりと白く光り始めた。

「きっとこれと共鳴しているのよ」

 ミラは首に下げていたペンダントを服の上に出す。そのトップはまが玉だ。それもまたあわく緑色に光っている。

「持ち出してきたのですか?」

「これがないと人間の姿を保てなくて。それに、話したいことっていうのは神器にも関係することだから」

 ミラはまが玉を大切に両手で包んだ。

「このまが玉をねらってきた者に私達、人魚の一族の者がおそわれた」

「えっ……! みなさんはだいじょうぶでしたか?」

 ミラはうなずいた。

「負傷した者はいるけど、どうにか追いはらってまが玉の力で傷をいやしたから問題はないわ」

「犯人は?」

「蛇よ」

「えっ……?」

「何匹もの蛇がおそってきたの。おそらくだれかが使役しているんだと思う。神殿をはなれることにためらいはあったけど、もしかしたら別の神殿にも被害があるかもって思って、様子を見に来たの」

「大陸神殿では今のところ何も……。いや、神殿は問題ないが、一ヶ月前にぼくと同じもう一人の神官が何者かにおそわれて亡くなっています」

「それはすでにこっちの耳にも入ってきているわ。お気の毒なことだけれど……」

「今回の件に関係があるかはわからないが、彼の首にかまれたあとがありました。もしかしたら……」

「えぇ。可能性はありそう。空中神殿に関しては、何か異常や問題は聞いてない?」

「特に聞いてはいませんが、空中神殿の神官に忠告はした方がいいかもしれません」

「そうね。ありがとう。行ってみるわ」

「一人でだいじょうぶですか? 護衛はつけていないんですよね?」

「陸に上がるまでは来てもらっていたけど、その後は一人よ。むしろだれかを連れているとあやしく思われてねらわれるといけないから」

「では、ぼくも同行しましょう。一人でいるところをおそわれてしまっては良くないです」

「でも、今この神殿の神官はあなたひとりでしょ? いいの?」

「鏡の力で結界を張っていきます」

 ぼくは外へ出ると鏡を手にして神殿へ向けてかざす。すると鏡が光り、神殿を囲うように結界が張られた。光がおさまるのを確認するとミラを連れて、すぐ近くにある山のふもとの空中神殿へのゲートに向かう。

「私、まだ空中神殿の神官に会ったことがないんだけど」

「一人だけ知っています。アルビレオという鳥人で面識があります。それから、ぼくもまだ面会したことはないですが、ぼくら神官を束ねる総帥が空中神殿にいます。元々は空中神殿の神官を務めていた方で鳥人です」

「そっか。総帥に伝えれば何か対処の方法がわかるかも」

 話しているうちにゲートが見えてきた。雲や雷をイメージした装飾がほどこされたドアで美しくはあったが、山のふもとには場ちがいかと思うくらい不つり合いだ。ドアに近付こうとした時、ガサガサと何かが草の根をかき分けるような音が聞こえた。

「レグルス、後ろ!」

 ふり返ると蛇がぼくに向かって飛んできた。とっさにはらおうとしたが、ぼくの手首にかみついた。鏡を向けると、放った光で蛇はちりとなって消えた。

「さすがは神器」

 とつぜん、一人の男が木々の間から姿を現した。ぼくはかまれた手首をおさえながらきいた。

「あなたが海底神殿をおそった者ですか」

 男はその問いに返事をする代わりに口角をつり上げた。

「かまれたところから体内に毒がめぐる。長くはもたないな」

 男がそう言うと同時に、再び何匹もの蛇がおそいかかってくる。ぼくは鏡の力を使って結界を張り、近付かせないようにする。しかし、このままだとゲートをくぐることが出来ない。

「あなたは何者? 何のためにこんなことをするの?」

 ミラがきいた。

「敵討ちだ」

 今度は男が自らぼく達に向かって来た。

「ミラ! 君だけでも……!」

 先に行けと告げようとしたとき、ミラはまが玉をにぎりしめた。指のすきまから緑色の光があふれ出る。その手のひらを男に向けると、そこから勢いよく水が放たれた。男は後方にふき飛ばされ、木にたたきつけられた。

「レグルス、だいじょうぶ? 今のうちよ」

 ぼくらはゲートに向かってかけ出した。

「手を当てて下さい!」

 ぼくとミラがドアの表面に手のひらをおし当てると装かざが光り、自動的にドアが左右に開く。ぼくらはその中へ飛びこんだ。

 ドアの向こうは雲の上だった。右手には空中神殿が、左手には家などの建物が並んでいる。空中都市なんだろう。

 ドアをふり返れば固く閉ざされており、ぼくらの後にはだれも来てはいない。

「良かった……」

「レグルス、ひとまず休んだ方がいいわ」

「でも、急いで伝えないと」

 神殿の前の階段を上ろうとしたが、それ以上は進めなくなった。立っていられず、ぼくはその場でたおれてしまった。

「レグルス!」

 その時、神殿のドアが開く音が聞こえた。だれかが階段を下りて近付いてくる。

「どうした!?」

 そこからぼくは視界がぼやけて何も見えず、何も聞こえなくなってしまった。

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