明日のテレビ・守りたいもの

滝田タイシン

第1話 伝説の男

 球場内の全ての視線が一人の男に注がれている。元々大柄な男だが、この時はオーラを纏っているかのように、更に大きく見えた。この男がこう見える時には必ず結果を残している。そのプレーは伝説となり、人々は今、男の事を「ミスタータイマーズ」と呼んでいた。


 男はタイマーズの縦じまのユニホームに身を包み、右打席に入ってマウンドの投手を睨みつける。


 バッターボックスで仁王立ちし、両手で握ったバットの先でコンコンと確認するかのようにホームベースを叩く。男はそのバットを真っ直ぐに持ち上げ目の前にかざした。


 打席に立つ男、野川徹司(のがわてつじ)がバッティングの構えに入る前に行う一連の儀式だ。


 だが、この打席ではいつもとは手順が違った。


 目の前にかざしたバットは、そのまま構えには入らず前へと伸びて行く。バットは左腕と一体になり、真っ直ぐレフトスタンドを指して止まった。


『ホ、ホームラン予告です! ミスタータイマーズ野川徹司、一発出れば優勝の決まるこの場面でサヨナラホームラン予告です!』


 野川の大胆なホームラン予告に、サンサンTVの実況アナウンサーの片山(かたやま)が絶叫する。同時に、スタンドからはウオオオッと地鳴りのような大歓声が上がり、数多くの黄色い球団旗がはためく。


 勝った方が優勝という、長いプロ野球の歴史でもそう何度も無い世紀の一戦。関西タイマーズは東京シャインズに二対三とリードを許し、九回裏の攻撃もツーアウトランナー一塁。追いつめられた状況だが、タイマーズファンは希望を失ってはいない。これから野川が起こす奇跡を疑いも無く信じていたからだ。


「さあ、来な」


 大歓声を一身に受け、構えに入った野川が不敵に笑う。


 打席に立ち投手を睨みつける野川の体が、また一段と大きく映る。


 異様な雰囲気の中、マウンドの投手は緊張の面持ちで振りかぶり、この日一番の気合を込めた一球を投げ込んだ。


 投手の放ったストレートはその気合通りに、今日一番の球速でホームベースに伸びていく。


 その渾身のストレートを野川のバットが捉えた。


 インパクトの瞬間、球場内の時間が止まる。


 野川のバットが打ち返したボールは綺麗な放物線を描き、遠くへ遠くへと伸びて行く。


 球場内の全ての視線を受けながら、打球は満員の観客が待つレフトスタンドに吸い込まれた。


 野川が右腕を高々と上げた時、球場内の時間が再び動き出す。


 主人公が必ず勝つ物語のように、全ての人が当たり前にその奇跡を受け入れた。


『野川徹司! サヨナラ予告ホームラン達成! タイマーズ優勝です!!』


 片山も一人のファンに戻り絶叫した。観客の九割以上を占めているタイマーズファンの大歓声が、地鳴りとなってスタンドを揺らす。


 興奮で沸き立つスタンドで、タイマーズの野球帽をかぶった一人の少年が頬を紅潮させて感動で震えている。


「すごい!」


 右腕を高々と上げてベースを回る野川の姿が、少年の目には伝説のヒーローのように映る。


「俺はなる! 野川選手みたいな四番打者に絶対なってやる!」


 少年の名は藤王剛(ふじおうつよし)。この日、藤王にとって野川は永遠の憧れであり目標となった。

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