番外編6.やっぱり負けず嫌い (ノベル4巻&コミック3巻発売記念)

 

「ブリジット嬢! 走りましょう!」


 卒業試験を目前に控えた、ある日の放課後である。

 その日も図書館に寄ろうとしていたブリジットは、急にニバルに声をかけられて立ち止まった。


「走る……? 何かあったの?」

「いえ、何かがあったというわけじゃないんですが」


 振り返った先、ニバルの隣には暗い顔のキーラの姿もある。

 不思議そうにするブリジットに、ニバルは堂々とした口調で発言の意図について説明する。


「ブリジット嬢。俺、思うんですよ。卒業試験に向けて、体力も鍛えておいたほうがいいんじゃないかって」


 意外と鋭いニバルの意見に、ブリジットは目を見開く。


(なるほど……! それは盲点だったわ)


 卒業試験といえば、魔法に関する知識ばかりが試される場だと思いがちだが……それは偏った見方だろう。

 たとえば魔石獲りでも、魔石を得るには森の中を生徒自身が歩き回る必要があった。体力のない生徒は、なかなか思い通りに魔石を手に入れることができなかったのだ。


「いいわね。賛成だわ!」

「そんな。ブリジット様も賛成だなんて……」


 身体を動かすのが苦手なキーラは、しゅんと肩を落としている。ブリジットが反対するのを期待していたようだ。それでもサボろうとはしないあたり、生来の真面目さが窺えるが。


「キーラさん、大丈夫よ。一緒にがんばりましょう」

「はい、ブリジット様と一緒なら……わたし、苦手な運動でもがんばれます!」


 そしてブリジットが一声かけるだけで元気を取り戻してしまうところが、実にキーラらしい。


「そうと決まれば、善は急げね。ユーリ様にも声をかけてくるわ」


 断られるかもしれないが、とりあえず誘ってみようと決めるブリジット。

 ユーリからは承諾の返事があり、四人での走り込みが決定したのだった。



 ◇◇◇



 ブリジットたち四人はそれぞれ運動着に着替えて、屋外魔法訓練場に集合していた。

 マジョリーに事情を話し、訓練場を使う許可は得ている。魔法の練習をしている生徒がちらほらいるが、ニバルと同じ発想をした生徒もいたようで、訓練場内を走っている二年生の姿もあった。


 それぞれ準備運動に取り組んでから、いよいよ走り込みを始める。


「ふ、ふっ……はぁっ」


 ブリジットは軽く息を切らせながら、ひとつに結った髪を揺らして軽快に走る。

 もともと身体を動かすのは得意なブリジットである。ジョギング程度であれば、かなりの距離を走り続ける自信があった。


 そんなブリジットがちらりと横目で見るのは、肩で風を切るユーリである。

 青いさらさらの髪を揺らして走るユーリは、表情ひとつ変えていない。運動中とは分からないくらい呼吸も静かだ。


(この人は相変わらず、涼しい顔しちゃって……)


 二人のすぐ後ろにニバル、かなり離れてキーラが続く。


 ブリジットはもう少し本気で走ろうかと、意識的に速度を上げた。

 すると数秒後にはユーリが追いつき、それどころかブリジットをわずかに抜かす。


 ブリジットはむむっ、と眉間に皺を寄せた。


「……なんです、ユーリ様」

「なんのことだ」


(白々しいわ!)


 今のはわざとだろうに、しらばっくれるユーリ。

 ブリジットは再び仕掛ける。カーブを利用してさらに加速。それにもユーリはついてくる。

 そして、ちょっぴりブリジットの前を走る。その繰り返し。


「ちょっとユーリ様!」

「だから、なんだ」

「どうして先ほどから、わたくしのちょっと前を走るのです?」

「気のせいじゃないか」


 しれっと言いながら、次はユーリが速度を上げる。

 ブリジットは負けじと食らいつく。というのも、ここでユーリがギアをかけるのを読んでいたのだ。彼に引き離される前に、逆にその前へと出る。


「ふふん、どうです? 今のは驚いたで――」


 だが、ユーリはその動きまで読んでいたらしい。

 ブリジットが得意げに話しかけるときには、ユーリの姿は後ろになかった。


(なんですってー!)


 ブリジットを華麗に抜き去ったユーリが一瞬だけこちらを振り返り、ふっ、と余裕の笑みを浮かべる。

 一気に頭に血が上ったブリジットは、とうとうジョギングどころではない全力をもってユーリを追い始めた。


「ユーリ様! わたくし、あなたにだけは負けませんから!」

「なんだ? 距離が開きすぎていて、よく聞こえないが」

「そんなに離れてないでしょう!」


 走りながら言い合う二人に、必死に食らいついていくのはニバルである。


「ブリジット嬢はやっぱりすごい人だぜ……! 俺、一生ついていきます!」

「ブ、ブリジット様。オーレアリス様や級長も、速すぎますぅ……」


 そうして白熱する三人の遥か後方で、キーラはふらふらと目を回す。


 ――四人の走り込みの成果が出るかどうかは、神のみぞ知ることである。







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