番外編5.ぴーちゃんとかくれんぼ (ノベル4巻発売決定&電子コミック大賞2024エントリー記念)

 


「いーち、にー、さーん……」


 四阿にしゃがみ込み、両目に手を当てたブリジットは数字を数えていた。

 もはやここを訪れるのは、ブリジットにとって恒例なのだが……今日はユーリと会っているわけではない。今日のブリジットは、自身の契約精霊との真剣勝負に臨んでいるのだった。


 数字を三十まで数え終えたところでブリジットは目を開き、緑豊かな景色に向かって呼びかける。


「ぴーちゃん、もういいー?」


 もちろん、呼びかけてみても返事はない。

 それを確認してから、すっくとブリジットは立ち上がる。


(よし……! 腕が鳴るわね!)


 四阿を出たブリジットは首を動かして、地面や生い茂る植物、四阿の裏や階段の隅など、あらゆるところを細かく見て回る。


 何をしているのかというと――そう。かくれんぼである。


 ブリジットの契約精霊であるフェニックスのぴーちゃんは、人の言葉を使うことができない。しかしその仕草や表情から、なんとなく、ブリジットは彼(彼女?)の言いたいことを読み取ることができる。

 その解釈は、ブリジットが思っているよりも外れているのだが――今回は偶然、当たっていた。お尻を落ち着きなくふりふりさせるぴーちゃんは、かくれんぼを所望していたのだ。


 どうやら数日前、ユーリの契約精霊であるブルーとかくれんぼに挑戦したのが楽しかったらしい。契約精霊からのおねだりを、精霊好きのブリジットが断るはずもなかった。


「さぁて、どこにいるのかしら?」


 あちこちをしらみつぶしに見て回り、ブリジットは顎に手を当てる。

 なんせ、ぴーちゃんは小さい。ちょっとした地面の凹みとかでも、あっさりと隠れてしまうだろう。注意深く確認しないと見逃してしまいそうだ。


(たった三十秒しかないもの、そんなに遠くには行ってないはずだけど)


 そのときだった。ブリジットの耳が異音を拾った。

 振り返れば、四阿近くの茂みががさがさ、と動いているのだ。

 ふふ、とブリジットは思わずほくそ笑む。ぴーちゃんには悪いが、そんなに動いてはバレバレだ。


(間違いなく、ぴーちゃんはあそこにいるわね)


 ご機嫌のブリジットだったが、これはそぅっと近づいて驚かせたい。

 息を潜め、足音を殺して、ゆっくりと茂みに近づいていく。手の届く距離になった瞬間、ブリジットは両手で茂みをがさっと掻き分けた。


「そこね! 見つけたわ、ぴーちゃ――」


 しかしブリジットは、その名前を言い終えることができなかった。

 当たり前である。そこに待ち受けていたのは、ぴーちゃんではなく――。


「ユッッ……」


 ブリジットの唇のすぐ先に、整ったユーリの鼻先があった。

 というのも彼は彼で、なぜだか膝を折り、茂みのなかにしゃがみ込んでいたのである。

 目を見開くユーリの胸元に飛び込みかねないブリジットだったが、そこは片足に力を込めて無理やり後退る。


 なんとか尻餅もつかず、体勢を整えるブリジット。

 はー、と全身で安堵の息を吐くブリジットの眼前では、両手を広げた格好になっていたユーリが、少し慌てたように立ち上がっていた。


 彼はブリジットを一瞥するなり、呆れたようにため息をつく。


「何をやっているんだ、こんなところで」

「そっ、れはこちらのセリフですわ!」


 ブリジットは目を三角につり上げた。

 ぴーちゃんだと思っていたらユーリが出てくるなんて、想定外すぎる。


(も、もう少し勢い余っていたら、大変なことになってたわ!)


 あのままブリジットが倒れ込んでいたら、おそらくユーリの鼻か、あるいは――もっととんでもないところに、触れてしまっていたかもしれない。

 想像するだけで真っ赤になってしまうブリジットに、腕を組んだユーリが言う。


「僕はただ、ぴーが茂みに入っていくのが遠目に見えたから……何かあったのかと思って追いかけてきたんだが」

『ぴー』


 その言葉を裏づけるように、ユーリの頭からひょっこりとぴーちゃんが顔を出す。


「そ、そうだったのですね。ぴーちゃんを心配してくださってありがとうございます」

「…………」


 頭を下げるブリジットだが、ユーリは少し機嫌が悪そうだ。

 ええと、と言い淀んだブリジットは提案してみる。


「せっかくなので……ユーリ様も一緒にやります? かくれんぼ」


 誘ってみてから、はたとブリジットは気がつく。


(さ、さすがに子どもっぽかったかしら?)


 そわそわしていると、ユーリが何か言おうと口を開く。


「僕は――」

『ボクも! ボクもやる、ますたー!』


 そのときだった。空間が歪んだかと思えば、そこからぴょんっと飛びだしてきたのはフェンリルのブルーである。

 ブリジットは少しほっとする。ブルーがユーリの回答をうやむやにしてくれたからだ。


「いいわね、ブルーもやりましょう」

『ふふん、覚悟しろよブリ。こてんぱんにとっちめてやるからな!』


(かくれんぼって、そういう遊びじゃないんだけど……)


 ブルーは何やら勘違いしているようだが、頭数が揃ったほうが楽しいのは事実だ。

 するとブルーが素早く地面に伏せるようにする。そんなブルーの頭に、ぴょんっとぴーちゃんが飛び乗った。


『ぴっぴー』

『うん。ぴーとボクは同じチームだな。そっちはますたーとブリね』

「え? チーム戦なの?」


 初耳である。しかしブルーに譲るつもりはないようだ。

 困惑しながら、ブリジットはユーリのほうを見やる。彼はまだ参加するとは言っていないのだ。


 そんな不安を見透かしたのだろうか。

 薄く微笑んだユーリが、ブリジットに向かって小首を傾げる。


「これは負けられないな?」

「!」


 その言葉に、ブリジットは喜色を浮かべる。

 勝負事となれば、誰より燃えるのがブリジットとユーリである。それがたとえかくれんぼという子どもの遊びだったとしても、やるからには本気で挑むのが二人の流儀だ。


 それにユーリとチームを組む、というのは滅多にない経験で、知らずブリジットの胸は躍っていた。



「ええ! 勝ちますわよ、ユーリ様!」



 四阿へと戻った二人は一緒に目を閉じて、さっそく数字を数えるのだった。






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