第90話.図書館前の遭遇
「自習室、空いてっかな?」
「いつもそんなに混んでないから、大丈夫だと思いますけど」
放課後の時間。
仲良くお喋りするニバルとキーラに挟まれて、ブリジットは図書館へと向かっていた。
「精霊学の今回の範囲、
「わたしはブリジット様に教えていただいたら、なんでも覚えられる気がします!」
「いや、ちったぁ授業で覚えろよ」
再来週からの筆記試験に向けて、図書館の自習室を使って勉強会をすることになったのだ。
しかしメンバーは三人だけ。なんとなく、ユーリには声をかけそびれてしまったのだ。
(勝手に私が、気まずくなっただけなんだけど)
でもお昼時。
四阿の前で別れるとき、ユーリのほうもブリジットと目を合わせてくれなかった。
――十一年前のあの日のことを、ブリジットはよく覚えていない。
五歳の誕生日を迎え、契約の儀のために中央神殿に行き、契約精霊は微精霊だと告げられた日。
けれど、どうして本邸の応接間にユーリが居たのだろう。
その理由を知りたかったが、あの様子を見るにユーリは訊かれたくなさそうだった。
(他に、知っていそうな人は……)
シエンナもあの頃はまだ侍女見習いで、ユーリの来訪については知らなかったという。
両親か、あるいは昔から家に仕えてくれている使用人の誰かなら分かるかもしれないが……。
(でも、ユーリ様本人の言葉で聞きたい)
不思議とそう思う。
他の誰かの口からではなく、ユーリから話を聞きたいと。
(さっそく失敗したばかりだけど!)
「そういえばキーラさん。ダンスパーティーは、級長と行かれるの?」
このままではますます凹みそうなので、隣を歩くキーラに小声で訊いてみる。
先日、ニバルを誘うつもりと言っていたキーラは大きく頷いた。返事もばっちりだったようだ。
「ブリジット様は、オーレアリス様とですよね?」
なぜか確認形でキーラからも問われ、ブリジットは躊躇いつつも頷いた。
良かったです、とキーラが微笑む。
「でもそれなら、思いきり触れ回ったほうがいいかもしれませんね」
「触れ回る!?」
あまりにも恥ずかしい提案にぎょっとするブリジット。
しかしキーラはあくまで真剣そのものの表情だ。
「お気づきでなかったかもしれませんが……最近は特に、ブリジット様はおもてになります。パートナーとしてオーレアリス様の名前が広まれば、九割方の男子は諦めると思うんです。だってそこらのへなちょこでは太刀打ちできないですから」
「キーラさんったら。それを言うなら、もてるのはユーリ様よ?」
キーラの言いようがおかしくて、口元に手を当ててブリジットは笑う。
しかしキーラはきょろきょろと周りを見回すと、ブリジットにも視線で右側の方向を示した。
なんだろうと思って目をやれば、花壇の近くでこそこそしていた男子三人が慌てて散っていく。
「ねっ? 今も見られてました!」
「見られてたのはキーラさんよ。すごく可愛いものね」
本心から伝えれば、なぜかキーラは真っ赤になって黙ってしまった。
でも唇が拗ねたように曲がっている。嬉しいのと怒っているのと半々らしい。
「なんだよキーラ。顔赤いぞ」
「……級長。わたし、ブリジット様にまた可愛いと言ってもらいました」
「なっ……俺だっていつか、ブリジット嬢に可愛いと褒めてもらうからな! 調子に乗るなよ!」
わけのわからない言い合いに挟まれたまま、図書館へと到着する。
すると図書館の入り口でばったりと、見知った二人と鉢合わせた。
「……あっ」
ブリジットとロゼの口が、同じ形に動く。
図書館から出てきたのは、ロゼとサナだったのだ。
「こんにちは、ブリジット先輩」
「ごきげんよう」
挨拶してくるロゼに、ブリジットも返す。
お互いに少々ぎこちない笑みを交わしていると、ロゼの隣に立ったサナが鼻を鳴らした。
「ロゼ君とブリジット様って、あまり仲良くないですよね」
触れられたくないところに土足で踏み込まれ、ブリジットは黙り込む。
するとサナは調子づいたのか、早口で続けた。
「まぁ、当然ですよね。ロゼ君は優秀だけど、ブリジット先輩は元々は名無しの――」
「口を慎んでください」
ブリジットはぎょっとした。
サナに向かって厳しい口調で言い放ったのが、キーラだったからだ。
大人しめな外見のキーラに注意されて、サナも驚いたらしい。
きょどきょどしているサナに、窘めるようにロゼも言う。
「サナさん。あ……、ブリジット先輩に、失礼だよ」
サナは唇を噛み締めると、何も言わずにその場を去ってしまった。
ぽつんと残されたロゼは、心底申し訳なさそうに頭を下げる。
「すみません先輩方。彼女も悪気があるわけじゃないんです。ただ、とにかく口が悪くて」
「それは悪気があるって言うんじゃないか?」
冷静にニバルが指摘すれば、ますますロゼは小さくなってしまう。
なんだかいじめているようで、話題を変えようとブリジットは柔らかい声で話しかけた。
「あなたたちは、どうしてここに?」
「自習室を使おうと思ってたんですが、混んでいるので帰ろうと思って。サナさんとは偶然、館内で顔を合わせたんです」
「そうなのね。ならわたくしたちも、他の勉強場所を探そうかしら」
ロゼは微笑んだまま会釈すると、立ち去っていった。
その背中を見送ったブリジットだったが、ニバルはロゼを睨んで口をひん曲げている。
「どうしたのニバル級長。怒った顔をして」
「……あのピンク頭の坊主、さっき"赤い妖精"って言おうとしませんでした?」
言われてみれば、とブリジットは思いだした。
――『オーレアリス先輩は、あ……ブリジット先輩と、仲がいいんですか?』
神殿を訪問した際も、ロゼは同じように言い淀んでいたのだ。
だが、ニバルの言うとおりだとしても致し方ないことだと思う。
ブリジットに姉として好かれる要素はひとつもないし、ロゼにもブリジットが姉という実感はないだろうし。
もっと言うなら、ブリジットにもロゼが弟だという自覚はないのだ。
同じ家で暮らしたこともないのだから、それが当たり前かもしれないが。
「腹立つぜ、あのピンク頭。今度シメてやる」
「ニバル級長。あの子、わたくしの義弟なのよ」
「えっ?……………………えええええ!?」
目を吊り上げているニバルに明かしてみたら、仰天してひっくり返っていた。
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